第38話 未来に向けて

 エリアスは国王の執務室に向かう廊下を歩きだしたあと、

「あっ、そうだ。近いうちにトゥイーリの部屋、別の場所になるから」

 とトゥイーリに伝えた。

「えっ?」

 かなり驚いた声で返答があったので、不思議に思い、

「どうしたの?」

 と聞いてみた。

「あっ、あの……」

 エリアスはまた立ち止まるとトゥイーリの顔を覗き込む。

 トゥイーリはマレを見ている。

 何か意を決したように、頷くと、

「あの部屋で大丈夫です!」

 と言ってきた。

「その理由を聞いても?」

「あの、えっと…外に行けなくなるからです」

 だんだんと声が小さくなり、最後はごにょ、としか聞こえなくて、何か含みのありそうな感じだったけど、

「?外に行くの?」

「はい、あの、城下町で占い師としてまた働ければと思いまして……」

 エリアスはトゥイーリを探しに行ったテオが聞いてきた情報を思い出した。

「あれは、トゥイーリだったの?」

「えっと?」

「ああ、ごめん。トゥイーリがここを出て、テオに城下町まで探しに行かせた時に、トゥイーリに似ている人が市場近くの店で占いをしていると聞いてきたんだ」

「あっ」

 トゥイーリは青ざめてしまった。

「そうか、占いをして、お金を貯めていたんだね」

 マレからお金をためて城を出たと聞いていたが、冷静に考えた時にどうやってお金を得ていたのか不思議だったのだ。

 その答えが聞けてすっきりとしたところで、トゥイーリを促し、歩き始める。


 城を出た後のことを聞きながら執務室に向かって歩いていき、見慣れた執務室に到着すると、近衛が何も言わずにドアを開けた。

 執務室には父上とアシュラフが部屋のソファーに座っていた。

 父上は執務中のため、国王としての正装をしていた。

 対するアシュラフは長い髪を後ろで一つにまとめ、上下ともに真っ白なシャツとパンツをはいてリラックスしているようだった。

「陛下、アシュラフ殿下、遅くなり申し訳ありませんでした」

 エリアスは一声かけて、中に入った。

 たが、少し雰囲気が異様な気がする。

 父上が眉間にしわを寄せて、目の前の書類を見ていた。

「エリアス、ひさしいな。このところ、我が国は領土争いに巻き込まれ処理が追い付かず、こちらになかなかこれなかった」

 と言ったあとにトゥイーリの左手にあるゆりかごを見て、

「マレもきたのか?こんにちは」

「にゃ〜」

 アシュラフがマレの返事に目を細めた。

「アシュラフ、こちらもいろいろとあり、なかなか連絡できずにいて申し訳ない。トゥイーリを保護してくれて助かった。感謝する」


 国の第一王子という同じ立場で年齢が2歳上のアシュラフは小さな頃から度々ルアールに来ていた。僕もまた、ザラールに行くことがあった。

 妙に話が合うので、仕事とは別に私的な訪問であってもお互い予定を合わせ行動している。


「トゥイーリも落ち着いたか?」

 横にいたトゥイーリは膝を折り、スカートをつまむとかるく頭を下げた。

「はい。アシュラフさまには貴国滞在中にお世話になりましたこと、御礼申し上げます」

「トゥイーリ、顔をあげよ。それにその堅苦しい挨拶はいらないと言っていただろう?」

 その言葉で、トゥイーリは頭をあげ、姿勢を正す。

 すっかりと淑女の仕草が身についているトゥイーリを見つめてしまった。

「それで、エリアス、いつまでそこに立っているのだ?」

 アシュラフの言葉にはっとして、急いでソファーの前にくる。

 本当はトゥイーリの横に座りたいのだが、二人掛けのソファー2客には向かい合うように父上とアシュラフが座っているので、トゥイーリをアシュラフの横に座らせ、僕は一人掛けのソファーに座り、マレが丸まっているゆりかごを膝の上に置いた。

 そして、父上に声を掛ける。

「陛下?何が難しい問題でもありましたか?」

「ああ、エリアス、きていたのか……アシュラフ殿がシャラフ国王経由で送ってきた親書とトゥイーリの署名入りの書類なのだが……」

 父上はテーブルにある2つの書類を一つにまとめるとエリアスに手渡す。

 書類を受け取り、読み進めていくと戸惑ってしまった。書類から顔を上げ、アシュラフに向かって、

「どういうことなのだ、これは?」

「どうもこうもない。書いてあることがすべてだ」

 ちらと、トゥイーリを見ると、首を傾げてこちらを見ている。

「トゥイーリ、この親書にはザラール国に密入国したこと、その懲罰としてヤリス家の専属として仕えるようにと書いてあり、すでに専属契約は交わしているので、ルアール国での用事が終わり次第、すぐに戻るようにと書いてある」

 トゥイーリは顔を青くし、

「待ってください!密入国は認めますが、専属契約の署名は私の名前を書いていないはずです!」

「密入国は認めるのか……」

 エリアスのそのつぶやきにトゥイーリは小さくあっ、と言った。

「確かにシャーマから尾行していた人間はまかれてしまったと話しを聞いていたな」

 エリアスはそのことを思い出し、半目になってしまった。

「でも、専属契約の署名は別の名前のはずです」

 トゥイーリは顔を青くしたまま、アシュラフを見ている。

「ちゃんと確認しろ、と言ったはずだ」

 アシュラフはエリアスから専属契約の書類を取り上げ署名の部分をトゥイーリに見せる。

「え、なぜ?」

 トゥイーリが確認したところ、確かにトゥイーリの名前で署名してあった。

「あの時、アリーナで署名したと思っていたのに……」

 トゥイーリは脱力してそのままソファーに沈み込んでしまった。

 アシュラフは署名入りの書類をエリアスに戻すと、

「ということで、当初の目的である、トゥイーリの用件が終わり次第、一緒に帰国させてもらう」

 アシュラフのその言葉は部屋にいるルアール国関係者を落胆させた。

 エリアスも回避方法がないか頭を回転させているが、見つからない。

「アシュラフ、トゥイーリは我が国の姫であり、私の婚約者となる人だ」

「まて、エリアス。どういうことだ?」

「トゥイーリが戻ってきてからわかったことなのだが……」

 アシュラフにトゥイーリとは母親が違う義妹だと説明する。

 その言葉にアシュラフは考え込み、

「いや、それなら婚姻はやめたほうがいいのではないか?」

「うん、僕もそれは何度も考えたんだ。だけど、トゥイーリが他の男性と婚姻する将来を考えた時に、それは許せない、と思ったんだ。それに幼い頃から交流し、話していくうちにトゥイーリの知識があれば、この国がもっとよくなる、と確信したんだ」

 それと、とエリアスは少し顔を赤らめて、

「普段は環境のせいか、とても澄ましているのに、時折見せる、無邪気な笑顔が可愛くて、この笑顔を僕だけに向けてほしいな、と……」

 アシュラフは半目でその告白を聞いていたが、顎に手をやり、少し考えたあと、

「エリアス、その気持ちは生涯変わることはないのか?」

 アシュラフに尋ねられ、即答する。

「もちろんだ」

 アシュラフはエリアスの顔をまじまじとみて、マテウス陛下の顔を見たあとトゥイーリの顔を見た。

 だた、トゥイーリは状況が把握できていないのか、きょとんとしてエリアスの顔を見ていた。

 アシュラフは再び考えこむ。

「それなら、トゥイーリの偽の立場が必要なんじゃないか?」

「どういうことだ?」

「通常、王家でも、いとこという関係なら婚姻関係を結ぶこともあり得るとは思っているが、さすがに義妹となると王家への風当たりは強くなるだろう」

「ああ……そうだな……」

 エリアスがはっとした顔で頷いたのを見たアシュラフは、

「そこは考えていなかったのか?」

 と少し呆れた声が出たが、まあ、いい、と呟くと、

「それなら、トゥイーリをヤリス家の人間として迎え、婚姻が許される年齢になったら、ヤリス家から輿入れさせればいいのではないか?」

「ヤリス家に迎えいれる?」

「具体的に言えば、ヤリス家がトゥイーリの後見になる、ということだ。どうだろうか?」

 アシュラフはマテウス陛下とエリアスに問いかける。

「アシュラフ、いい考えだと思うが、少し考える時間をくれないか?」

「わかった。そうだな、期限は明後日までで大丈夫か?」

「かまわない。提案してくれてありがとう」

「いい返事を期待している」

 そう言ってアシュラフは一人立ち上がり、そばに控えていたディヤーと一緒に執務室を出て行った。


 執務室に残ったのは3人とマレだけになった。

 エリアスはゆりかごを抱えるとトゥイーリの横に移動した。

「そういえば、トゥイーリがこの国に戻ってきた理由は?」

 エリアスに質問されたトゥイーリはソファーの上で姿勢を正すと、

「あの、前に占いをした相談者が2月の12日に結婚をすることになりまして……その顔を出そうかと思いまして……」

「ああ、そうなんだ。どこで式を挙げるとか聞いてるの?」

「いいえ。なので、少し落ち着いたらガエウの店に行って確認しようかと……」

「そうか……」

 エリアスは少し考えて、

「父上、これからトゥイーリと出かけたいのですが、許可を頂けますか?」

「急に言うな」

 と慌てて、テオと父上の側近のウゴがスケジュールを確認している。

 しばらくの話し合いの結果、そんなに長い時間でなければ大丈夫だろうとなった。

「じゃあ、すぐに外出します」

 とゆりかごを抱え、トゥイーリの手を引きソファーから立ち上がらせた。

「それでは、失礼します」

 と急ぎ、執務室を後にする。残ったマテウスは苦笑いしながらウゴに

「近衛に急ぎ警護を頼むと伝えてくれ」

 と告げた。


「テオ」

「はい」

「急ぎ馬車を準備してくれ。できれば王家の紋章が入っていないのがいいのだが」

「確認して手配します。城の裏手でお待ちください」

「頼んだ」

 テオはその言葉を聞いて、すぐに馬車の手配に向けて別行動をとる。

「あの!」

「ああ、ごめん、トゥイーリ」

 手を必要以上に強く握っていたようで、少し力を緩める。

「ではなくて、その、ガエウのお店なら、私とマレだけで行きます!」

 その言葉に一旦足を止め、トゥイーリを見て、

「あのね、トゥイーリ。機会があれば二人だけで外出したいんだ。今までは城の中でしか一緒に行動できなかったし、もし、またザラール国に戻るなら当面会えなくなるから、トゥイーリと思い出を作りたいんだ」

「思い出……」

 とトゥイーリは呟く。エリアスは頷くと、

「だから、一緒に外出しよう?」

 トゥイーリはためらいながらも、頷いた。

「ありがとう!じゃあ、早く城の裏手に行こう!」

 そのまま、トゥイーリの手を引っ張り城の裏手へと回った。

 ゆりかごのマレがやれやれ、とため息をついたことにエリアスは気づいていなかった。

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