第27話 尋問

「トゥイーリ、起きて」

 遠くで男性の声が聞こえる。

「マレ?……う~んもう少し寝させて……」

「トゥイーリ、到着するぞ」

 男性の声とともに体を揺すられる感覚があったので、はっとして目を覚ます。

「アリーナ、目が覚めましたか?」

 カーラへと移動する馬車の中でうたた寝をしていたらしい。

 緊張感がまったくない自分に苦笑いしつつ、アシュラフに向かい、

「はい、すみません、眠ってしまったようで……」

 とお詫びを伝えると、

「私も少し眠っていたようなので、気にしないでください。間もなく太陽が沈む時間なので、このままここでおりて、ラクダで砂漠に向かうことにします。その前にこれを」

 と白い布をアリーナの頭に掛け、そのまま顔下半分、白い布で顔を覆った。出ているのは目の部分だけだ。

「あの、これは?」

「砂除けです。砂漠の中を歩くときに、風が吹くと砂が舞い上がり顔や体につくことがありますので」

 と言いながら、アシュラフも白い布を自分の頭から巻き付け、アリーナと同じように目だけだして顔を覆っている。

「準備はいいですか?」

「はいっ」

 アシュラフが先に降りて、外から左手を差し出してきたので、右手を乗せ馬車をおりる。

 振り返ってみると、少し先に砂漠が見えていて、夕日が反射し赤く見える。

「わぁ……」

 初めてみる砂漠に、感嘆の声を上げるアリーナ。

 ただ時間がないのだろう、アシュラフが手をひいている。

「少し急ぎたいのですが……」

「あぁ、すみません」

 慌てて謝り、アシュラフに手をひかれてラクダの近くに寄る。

 ラクダは足を折り、座っているのでアシュラフはアリーナを抱え、前に乗せ、アシュラフはその後ろに乗った。

 アシュラフはアリーナを抱きかかえるように手綱を握ると、アリーナの耳元で

「これから動きますので、私の腕につかまってください」

 とささやく。

 アリーナは言われた通りにアシュラフの腕をつかんだ。

 準備ができたことを確認すると、アシュラフは手綱を引き、ラクダを立ち上がらせる。

「では、進みますね」

「はいっ。よろしくお願いします!」

 ラクダは砂漠へとゆっくりと進んでいった。


「あの、そういえば、マレとルゥルアはきていますか?」

 アリーナは砂漠を進み始めているときにふと気づき、体を少しひねり、アシュラフにたずねる。

「いいえ、あの二人は先に今日の泊まるところに行っています」

「そうですか」

 またもアリーナは落ち着かない気持ちになる。

「部屋の準備がありますので、少し遅くいかないとルゥルアに怒られてしまいます」

 げんなりとした声で話したので、少し笑ってしまった。

「ルゥルアに怒られるのですか?」

「ええ。朝起きるのが遅い、とか、早く寝なさいとか、食事は三食きっちりと残さずたべなさい、とか」

 アシュラフの苦笑いが聞こえる。つられてアリーナも小さく笑う。

「アリーナはどういったことで母親に怒られましたか?」

 アリーナは言葉に詰まってしまう。

「……あの、私、母親を覚えていないんです」

「ああ、そうでしたか、気を悪くしたら申し訳ありません」

「いいえ。今お話しを聞いていて、もし母親が生きていれば、私も同じように怒られたのかな、って思いました」

「アリーナは母親がいなくて寂しいと思わなかったのですか?」

「寂しい……?」

 寂しい、という感情はなかったように思う。それは、母親がずっといなくて、それが当たりまえだと思っていたから。

「……そうですね、私の記憶の中に母親はいなくて、ずっと一人だったので、寂しいということはなかったように思います」

「そんな小さな時に?」

「ええ。聞いた話しでは、私を産んですぐに亡くなってしまったようなんです」

「そんなに早くに亡くしていたのですか」

「ええ。いつも部屋に一人でいましたので、それが当たり前のように思っていたので、寂しいという思いはなかったです」

「失礼な質問になりますが……」

 アシュラフが戸惑いながら、

「父親は?」

「……たぶん、どこかにいると思います。でも、顔も名前も知らないんです。誰も教えてくれなくて」

 少し、ためらいがちに答える。

「そうでしたか。今までどうやって生活していたのですか?」

「あの、それは、その」

 アリーナはとっさに嘘が言えずしどろもどろになってしまう。

「ああ、すみません。随分と失礼なことを聞いてしまいましたね」

 アシュラフのその言葉にアリーナはほっとして、

「いえ、すみません」

 と返した。

「アリーナが謝ることではありませんよ。わたしが謝るべきことですから」

 アシュラフは少し声のトーンを上げ、

「ああ、間もなく、地平線に太陽が沈みますね。とっておきの場所まで連れて行きたかったのですが、間に合いませんでした」

 それでも、遮るものがない砂漠でゆっくりと沈んでいく太陽が砂漠を赤く染め上げていく様子は神々しい感じもした。

 

 ラクダの上で太陽が地平線に全て隠れてしまうまで見ているとアシュラフが、

「それでは、そろそろ戻りましょうか?」

 と声をかけてきた。

「はい。アシュラフさん、この景色を見せて頂きありがとうございます」

「いえいえ。喜んで頂けたのならここまできた甲斐がありました」

 アシュラフは小さく笑い、ラクダの手綱を握り、来た道をゆっくりと戻り始めた。

 見渡す限りの砂漠、空を見上げれば満点の星々が輝き始めていた。


 砂漠からラクダに乗ったまま、今夜の泊まるところと聞いた場所でアリーナは建物を見て固まる。


 外壁は白なのだが、その上にいろいろな色のタイルが規則正しく並び、模様を作っている。

 窓をみると、ステンドグラスで彩られており、月に照らされ建物自体が輝いている。


 先にラクダから降りたアシュラフに抱えられるようにして降りたアリーナは、

「すごいですね……」

 と呟いてしまった。

「ここは私の別荘なのですよ。中にどうぞ」

 そのドアも金で縁取りされており、手の込んだ細工であることがわかる。


「おかえりなさいませ、アシュラフさま、アリーナさま」

 ルゥルアの声をひさしぶりに聞いたような気がする。

「ああ、戻った」

「お疲れさまでした。食事の用意ができていますが、どうしますか?」

「そうだな、どうせならみんなで食べるか。場所は用意できるか?」

「ええ。すぐに準備します。アシュラフさま、申し訳ありませんが、アリーナさまをお部屋にご案内していただけますか?」

「隣の部屋でいいんだな?」

「はい、そのお部屋で準備をしました」

 ついでアリーナに向かい、

「アリーナさま、食事の準備のためお部屋までご案内できませんが、用意ができましたら呼びに参りますので、ゆっくりとしていてください」

 そこまで話すと、あっという間に1階の奥のほうへと消えていった。

「ああ、アリーナ、顔の布を取りますね」

 としゅる、と頭から丁寧に外すと、アシュラフも自分の布を取った。

「それでは、部屋に案内しますね」

 と左手を差し出したので、右手を乗せ、階段に向かい一緒に歩き始めた。

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