第19話 欺く

 アルトゥルは監視対象者が宿に入り、部屋に落ち着いたことを確認して、受付に行き、いつまで滞在するのか聞いた。

 その後、近くにある宿に行き、空き部屋を確保した。


 アルトゥルはシャーマで警護団の一員として働いている。

 一昨日の深夜、警護団長のロレンゾから呼び出しがあり、1枚の絵姿を見せて、この対象者を見張ってほしいと言われた。

 その対象者は王城に関わる人間のようで、もし、他の国に行くことがあれば、理由をつけて確保してくれ、と命令が下った。

 アルトゥルは諜報活動を得意としていないが、警護団長の命令ならば従うしかない。


 アルトゥルは昔、馬車に酔ったことがあり、エッコまで無事に行けるか最初は緊張していたが、今のところひどく酔っている感じはしていない。

 そのことに安堵しつつ、これからの予定を組み立てる。

(まず食事してから、近くの店で食料品を買ってから戻ろう)

 アルトゥルはすぐに宿の食堂に行き、食事をしてすぐに外に出た。

 夜の帳がおり始める町の中を購入したパンと飲み物を袋に入れて、監視対象者が泊まっている宿に向かう。


 宿に到着し、監視対象者の部屋を見ると、灯りがついていて、確実に中に人がいるのが分かった。

 と、その時、その部屋の窓から人影が見えたので、慌てて近くの木の陰に隠れる。

 カーテンを閉めたのだろう、その部屋からの灯りが少し薄くなった。

 頃合いを見計らい、また見張りを再開させた。


 手元の時計で、9時近くになった時、その部屋のあかりが消えた。

 随分と早いな、と思ったが、馬車の移動で疲れているから早くに休んだのかもしれない。

 1時間ほど見張り、宿の入口から人の出入りがないことを確認して、アルトゥルは自分の宿へと引き上げた。


 翌朝は5時前に監視対象者が宿泊している宿に到着した。

 何時頃から活動を始めるかわからないので早めに見張りを開始することにしたのだ。

 ところが、監視対象者の部屋を見ると、すでにカーテンが開いていた。

(早起きだな、ずいぶんと)

 と思っていたが、宿の食堂が開く7時を過ぎても部屋の中で人が動く気配がなかった。

(もしかして!?)

 すぐに宿の受付に行って確認すると、昨日の夜に、昔の知り合いと偶然出会い、今からその人の家にむかうと言って宿を出た、とのことだった。

(やられた!)

 その話が本当なら、この町の中を探さないといけない。

 その話が嘘なら、もうこの町を出ているかもしれない。

(ちくしょう!)

 アルトゥルはすぐにエッコの町の警護団施設に駆け込み、身分を明かし、事情を話したところで、馬を借り、すぐにシャーマの町へと戻った。


 少し時間を戻し、夜の9時。

 マレは猫の姿になり、男のいる所よりも少し離れた木の枝の上で香箱座りをして男を見張っていた。

 部屋の灯りはすでに消している。

 この男がいつまで見張るのか確認をしたかったのだ。

 一晩中見張るようなら、今日は行動せずに計画を練り直す。

 部屋の灯りが消えて、ある程度確認したところで消えたのなら、計画実行。

(どっちにしても、厄介な事態に変わりはないな)

 この男が今消えたとしたら、夜の森の中を歩き、密入国。

 一晩中見張っているとしたら、日中にこの男をまき、森の中から密入国。

 男がトゥイーリとマレを見張っているのが、物取り目的でないのなら国境の検閲にも何かしらの情報が寄せられているだろう。

 となると、密入国しか選択肢はなかった。

(引き留めきれなかった自分が悪いんだよな…)

 マレはため息をつきながらも男を見張っている。

(今は冬だけど、ひどい寒さじゃなくて助かった)

 寒さが厳しかったら、人間になり、厚着しないと耐えられない。

(早く動いてくれないかな?)

 マレの思いが通じたのか、男は1時間ほどその場にいたあと、町の中へと消えていった。

 戻ってくるかもしれないので少し待ったが、戻ってくる気配はなさそうだったので、一旦部屋に戻り、もう少し様子を見ることにする。


「見張りがいなくなった」

 猫のまま部屋に戻り、トゥイーリに告げた。

「ただ、戻ってくるかもしれないから、ここから外を見ている。その間に準備を進めてくれ」

 暗闇の中、トゥイーリは頷き、小さく灯りを付けると忘れ物がないかだけを確認する。

「いつでも大丈夫よ」

 トゥイーリの小さな声が聞こえる。その声でマレは人間に変身をした。

「疲れさせて悪いけど、作戦決行だ」

 真夜中の逃避行が始まった。

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