第7話 ステータスオープン
「だ、だいじょ……ぎゃあああああ。うぶです……ぎゃあああ」
「ちょっと大丈夫おじいちゃん?」
「ぎゃあああああ。強く抑えすぎじゃ」
叫び声を聞きつけてやってきたウールがおじいさんの腰を支える。しかし、本物の羊のようなふわふわした毛を頭に生やしたおじいさんには逆効果で……。俺はそのやり取りに苦笑いするしかなかった。
「……だ、大丈夫じゃ。本当に」
「無理しないで」
「こんなもの気合いで……フンっ…………ほら元通りじゃ」
「わあ!すごいおじいちゃん!」
おじいさんは腰が曲がったのと逆方向に体を曲げると、いくらか腰を叩いたりひねったりして調整した。そしてそれが終わると真っ直ぐに戻った体で胸を張る。
「すみません、安眠様。お待たせしました。どうぞこちらへ」
「お、お邪魔します……」
いや、本当に大丈夫なのかよ……。俺はそう思いながらも手の差し出された方向へ、家の中を奥に進む――。
廊下を真っ直ぐに歩いて…………見えた部屋からは暖かい感じがした。客間ではなく、ただのリビング。そこには突然の来訪だったからか脱いだ服や飲みかけのお茶なんかが多少散らかっていて、奥からは何かおいしそうな料理の匂いがした。
生活感が見えるから暖かい。そんな部屋の中には村の中で見た街灯と同じく、おそらくは寝ている間にできた魔法アイテムだろうというものがあって、何に使うのか分からない物がちらほら。
「ささ、お座りください安眠様。汚い部屋ですみませんが、すぐにお茶を入れ直しますので――」
その中の1つ、ヘンテコな形をした大きなコップをおじいさんが手に取って、回すように軽く振る……。すると、そこから湯気が立ってきて、中から出てくる液体は茶色い色になっていた。コーヒーの匂いが漂ってくる。
まるで魔法。いやおそらく本当に魔法。1000年前には無かった魔法だ。
俺も子供の頃から魔法の可能性は無限大と言われて育ってきたけれど、今はこんな魔法まで開発されているのか……。
「いただきます」
出されたコーヒーをよく観察しながら飲む。見た目通りただのコーヒーだった。
「それで……安眠様。実は私、いずれは安眠様が目を覚ますことは分かっていました」
「え?」
「先程はついにこの時が来てしまったかと驚きましたが、覚悟はしていたんです……」
対面する形で座ったおじいさんは改まって話し出した。
「んー何から話せばよいのやらですが……えーまずは私、村の長を務めているメリエスと申します。大昔から我々の村は安眠様のお力に守られてきました。大変感謝しております」
「いえいえ。寝てただけですので」
「安眠様が平和に眠っていることが私たちにとっての平和なのです。平和な眠りは人に心の落ち着き、安心を与えます。日々、安眠様の眠りが私たちに力を与えてくれていました」
「そうなんですか……あ、じゃあ一応感謝を受け取っておきます」
メリエスと一緒のタイミングで頭を下げる。
「はい。それでですね。安眠様の眠りが平和であることとは反対に、もし安眠様が目覚めてしまった場合、それは私たちの村にとって不吉の予兆だと先祖代々伝えられてきました……そして、いつかは目を覚ましてしまうことも……」
「ウールちゃんもそんな風なことを言ってましたね。俺が目覚めたらまずいって……でもたぶんそれって……」
「農作物が不作になるとか、強力な魔物が近辺に現れるとか、不吉の詳細は諸説あるのですが、それはそれは恐ろしいことが起こると……」
「いやそれは俺とは関係ない気が……」
メリエスの隣に座ったウールのほうもちらりと見ながらハッキリ言い出して良いか迷う。
「ですので……もしかしたら安眠様はそれを望んでおられないかもしれませんが、安眠様にはもう1度眠って頂く必要があります」
「え!?」
突然の思わぬ発言に逸らしていた視線が瞬時にメリエスのほうへ戻る。メリエスはよぼよぼした目を力強く開いてさらに語る。
「安眠様の寝汗がひどく寝苦しそうだったので、先週風呂場で入念に洗わせてみたのですが、あれが良くなかった。今後はそんなことは致しませんので今一度、布団の中へ戻ってください」
「ちょっと待ってください。まず僕の話を聞いてもらえますか」
「最近は安眠様の睡眠の質が良くないようで、何度も寝返りを打たれたり寝言を言われたり……不吉の予兆の予兆とでも言いましょうか、目覚めてしまいそうな気はしていたのです。ですから、いつ目覚められても良いようにより優れた寝具の準備はしていました。あれで安眠様が寝てくださればもう再び起きることは無い」
「だからちょっと待って。俺はもう寝ませんよ」
「え?」
「いや、寝るけど。この村でまた永い眠りにつくとかは無いです」
思わず立ち上がって否定してしまった。自分が寝ているうちに風呂に入れられたという話もスルーして。
けれど、そんな俺に向けられたのはまた思わぬ言葉で――。
「冗談です」
「は?」
「安眠様。冗談です……眠ってもらうというのは……」
「………………冗談?」
真剣な顔を崩さずに言うメリエスを見て、「こいつ……」と思いながらまた腰を下ろす。
まだ会ってばかりの間柄なので何かツッコんだりはせず、咳払いと飲んだコーヒーのカップを強く置くことで対応した。
「寝れば何でも平和って訳じゃない。さすがに私たちもそこは心得ております。安眠様が目覚めることは不吉の予兆と伝えられてきましたが、その話には続きがあって、起こる厄災を安眠様が祓ってくれると……そうなんですよね安眠様?」
「それがね……おじいちゃん。安眠様は……」
「そんな村の守り神みたいなのじゃなくてただの人間なんですよね」
話の間に入って来たウールの、さらに間に入ってぶっちゃける。
「普通の人間?安眠様が?じゃあなぜあんなにも眠れるのですか?」
「うーん。俺もどこから話せば良いのやらなんですけど……この際全部聞いてもらっていいですか。僕という人間が何者なのか。あなた達が安眠様と崇める神様が本当はどういう存在なのか」
「はい。お願いします」
目の前の2人の為に誤解を解きたいというよりは、自分の為に話したかった。知り合いが誰もいなくなった世界に、自分の境遇をちゃんと知っている人が少しでもいて欲しい……。
「えっと……まず俺の名前はソラト=リミックス。勇者です。いや、元勇者って言ったほうがいいのかな。1000年前に魔王を倒した……知ってます?」
反応を伺うために話を止めて、2人を見る。2人は真顔になって少し口を開く。そのまま数秒の沈黙。そして……。
「えええええ!?」
タイミングを合わせたように一緒のタイミングで大声を出した。
「ソラトという名前とその強さから、もしやとは思っていたのですが……まさか本当に……なるほどそれであのお力……」
「あの大昔の伝説の勇者ソラト様ですかっ。疑惑の勇者とも言われている……」
「はい。たぶん。同一人物です」
「な、何故1000年前の勇者様がこの時代に?何故あんなところで眠っていて、何故今起きたのですか?」
「それは正直、僕にも詳しくは分かってないんですよね。1000年前にある人物から眠りの呪いを受けたのは分かってます。けれど起きれた理由はまだ推測でしかなくて……さっき起きたばっかりなので……まだ自分でも何がなんだか……」
2人は驚くあまりこれ以上何も言えないような感じで、何度もまばたきをして、顔を見合わせてみたりしている。
「ちょっと今確認してみてもいいですか。自分の今を」
そう言うと、俺は胸に手を当ててから、そこを2回叩く。そして、空中へ大きく四角形を描き出した。
「ウール。隣の部屋へ行こう――」
「あ、いいですよ。そこにいて。身分証明も兼ねて一緒に見てほしいです」
魔法の可能性は無限大……その力は人を傷つけることもできるし、癒すこともできる。魔力の操作次第で水にも炎にもなる、電気にも土にも、どんな形にだって変化する。
破壊も創造も、やろうと思えば想像できること全てが可能と言われる。
これも大昔の誰かが作った魔法。手順通りの動きと魔力操作をすれば、自分の数値化された能力と、職業や生年月日なんかを指定した範囲に表示する。
「ステータスオープン――」
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