第85話
その後の月城さんの話はただ聞くのですら不快に感じるものだった。
私が何度もダンジョンセンターに行って月城さんの所在を確認していた時、彼女は追い出し部屋に軟禁されていたんだから。
一日に数回ほど黒山はその部屋を訪れ、そして私に対して知る情報の全てその紙に『自主的にラクガキすること』をそれとなく勧めてきたそうだ。
あくまで強要も何もないっといったスタンスのつもりか?
それを無視すれば大きな声で恫喝し、暴言を吐いたらしい、意味ないじゃん。
「もともと君はここで働くだけの能力なんてない」「もう他の仕事でも探した方がいいんじゃないか?」そんな感じの言葉を毎日毎日ネチネチと…。
それらの暴言を怒鳴り散らすように言ってきたそうだ。
私の情報を聞きたいの本音だったろうが、それかこつけて月城さんに対してとにかく彼女を苦しめる言葉を黒山という人間ははき散らす機会を伺っていたのだろう。
そうでなければここまであからさまな真似はしない。
そんな日々を何日も過ごすうちに……彼女の心は折れてしまったのだ。
月城さんは顔を俯けていた。
さっきから私の隣のハルカが完全に無表情になっていながらその背後にどす黒い殺気を放っている。
私? 私はもちろん無表情だよ…。
月城さんは顔を伏せたまま静かに話をしめる。
「全ては私が弱かったからです……本当にすいませんでした」
「………………」
そんな訳ないだろう。
「月城さん、それは違います」
人間というのは、とりわけ心というのはどれだけ頑張ってもそんなに強くなんてなれはしない。
それなのにどうしてこうも人の心を、その弱い部分を平然と踏み躙り、付け入り、壊す。
そんなことが罷り通る世の中なんだろう…。
理由は簡単だ。
暴力を振るい人を殺すよりも人の心を踏み躙り壊す方がこの社会じゃ罪が軽いからだ。
ターゲットを複数人で囲い、その精神を徹底的に追い詰める。
そうするとそのターゲットは孤立し、周りへに助けを自ら求めないようになる。
…或いははそういう人間を狙ってその手の人種はそんな真似をしてくるのだろうかね。
本当にあれだよね。
月城さんがもし工藤さんを通して私に連絡の一つも取ってくれれば……。
いやっそれをさせないように黒山というやつは彼女を追い詰めたのだろう。
人を精神的に追い込むというのは、その人間が本来取れる選択の幅を『削り取り』何も出来なくさせることだからだ。
それは人を暴力で従わせるのと大差ないくらい重い罪だと私は個人的には考える、絶対に許されない大罪だとね。
「月城さん、むしろ貴女はそんな目にあっても私のことを話さないようにと努力をしてくれたのでしょう? 私はそんなことは全く知らず、ここ数日を平然と暮らして来ました、そんな私の方にこそ落ち度はある」
「一河さんに落ち度なんて…結局負けて話してしまった私が悪いんです」
完全に心が疲れちゃってるな月城さん、ここで同じことを繰り返し話しても埒が明かないだろう。
仕方ない…前から少し考えていたことではあるがここで一気に話を進めようか。
「月城さん…実は私はここにビジネスの話をしに来たんですよ」
「……え?」
ここに来て月城が初めて死んだような表情以外の顔を見せてくれた。
混乱したような表情だけどね。
そらそうか、まあ話は続けるよ月城さん。
「月城さんの話を聞いて黒山もそうですが、ダンジョンセンターという組織についても私は今後快く関係を保つことが難しいと感じました、そこで元から付き合いのある貴女と個人的に契約して私のダンジョンで取れる資源をネットなどを利用して必要としてる方に販売してほしいと考えています」
「どっどういうことですか?」
「つまり私のダンジョンの専属バイヤーになって欲しいってことです」
言ってはなんだかダンジョンで手に入る資源というの別にダンジョンセンターに必ず卸す必要はない。
大抵の物は売ろうと思えば買い手が無数にいるからだ。
そしてこの世界にはネットというもの多くの人と繋がれるツールがありダンジョンから売る物を仕入れることが出来るならいくらでもそれをお金に変える手段はあるのだ。
「より簡単に言えば…これは私から月城さんへのプロポーズですね」
「は……え……へ?」
月城さんの表情が青白いオバケみたいな感じから段々赤くなっていく…。
そして最終的に耳まで真っ赤になった。
「ハッハァああっ!?」
月城さんがようやく死にそうなから変化したね。
真っ赤である、まるで爆発寸前の何かみたいだ、隣の椅子にすわるハルカも何かガタガタと音を立てていたけど今は月城に集中する。
「……半分は冗談ですよ?」
「冗談で言わないでくだ! ……半分?」
「だって専属でって言ったでしょう? 私は他の人にこの話をするつもりはありませんからね、ある意味月城さん個人に私の全財産であるダンジョンを任せると言っているんです。こんなのプロポーズと同じですよ? 少なくとも私にとってはね…」
少し茶目っ気を出して私は笑う。
月城さんがあまりにもヤバそうだったので何とか場の空気を吹っ飛ばしたかったからこその渾身のボケだ。
話は本当なのだがプロポーズは言い過ぎたかな?
心臓はバクバクしてる、月城さんが真顔でキメェとか言ってきたらは引き篭もる自信があるね。
「まあ別の言い方だと引き抜きですね。福利厚生などの必要なものについての知識もないのでそのあたりは月城さんに教えて欲しいことが多々あるのですが…」
「プロポ……いっいえ引き抜き、引き抜きですね!? けどっちょっと待ってください、私はあなたの個人情報を圧力に負けて漏らした人間ですよ?」
「いち社会人が組織とか自分より立場が上の人間に対してどうこうするというのはなかなかに難しいですよ、そういう世の中ですからね」
「けど……」
ここは話の方向を少し変えるか。
「……それに月城さんやってしまったことは変えられません、もし貴女がそれを悔いているというのなら。そしてそれで私に迷惑をかけたと思うならそれはこれからすることで返していただければとお願いしたい」
「……一河さん」
はっきり言って少々ずるい言い回しをしている。
だが彼女の言葉のその大半が事実だというのなら、そんな組織に身を置くことが彼女自身の為になるとはどうしても私のような人間には思えなかった。
彼女がまた黒山や黒山の意思で動く腐った組織などに今以上に苦しめられるなんて、そんなの想像したくもなかった。
吐き気がする。
本当に前々からそういう感じにしようか考えてはいたんだ、それがたまたま今回の月城さんを巻き込んだか巻き込まれたかしたトラブルと重なったというだけである。
「月城さんとは個人的に契約をしてもらい私のダンジョンで得られる資源を任せたいと思っています」
「そっそんなことを言われてもですね…」
「元よりダンジョンセンターで働いていた月城さんならダンジョンの資源等の価値もよくわかっていると思っています。私はそういうのにどうしても疎いので、どうか力を貸してくれませんか?」
そう言って私は彼女に頭を下げた。
月城さんは静かに考え込む、きっと内心には様々な感情が渦巻いているのだろう。
「………私は」
そして彼女はその青い瞳で私の黒い目をまっすぐ見て、答えを口にした。
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