第17話「再会」

「なんで、ネージュがティタニアと一緒なんだよ!」


 どうしても会いたくて、危険な雪山にまで行った彼との再会のはじまりの第一声がそれだった。興奮し過ぎているのか、息も荒く久しぶりに見た整った顔も真っ赤だ。


 行方知れずだったはずの兄に掴みかからんばかりのスノウは、いつも一緒にいるユージンに羽交い締めにされていた。


 大きな声と怒りの迫力に、ティタニアは、思わず一緒に扉を入ってきたネージュの背中に隠れてしまった。


 それを見てスノウは、どう誤解したものか一層唸り声を上げた。


「どうどう。落ち着けよ。お前とりあえず、風呂でも入って来たら? 血のついた服も汚れたままだし、山から降りて来てそのままだろ。むしろ、冷水浴びて頭冷やしてきたら? くさい男は嫌われるよ」


 呆れたようにそう言うと、ネージュは誰かを探すように、玄関ホールを見回した。あっさりとした兄の態度にもスノウは、ますます興奮したのか大声を出した。


「だから、ネージュは二年も何処で何してたんだよ! 本来のスペアであるネージュがいないからって、俺はここに帰ることになって……こんなことになってるのに!」


 言い切ってはあはあと息をつくスノウは、飄々と自分を見返すネージュを睨みつけた。


「はは。ごめんごめん。僕が悪かったよ。もうわかったから、さっさと風呂に入ったら? そんな無様な姿を見せていたら、かわいい彼女に嫌われるよ。ほら、こんなに怯えてる。お前、いま両思いになってすぐにいなくなったまま連絡もつかない状態だったのに、心配して家まで訪ねて来たら、他の女が居て追い返したことになってて印象最悪だし、もう既に嫌われているかもしれないけどねぇ」


 さらっとそう言ったネージュを見上げて、ティタニアは驚いた。


 スノウは途端にしゅんとして悲しそうな顔になり、ユージンの腕を払い除けると何も言わずに肩を落として足早に去って行った。


「ちょっと! 何の騒ぎよ!」


 廊下の向こうからやってきたアナベルが足早にこちらの方に近づき、玄関ホールの真ん中に立っているネージュの姿を見つけて顔を真っ青にした。


「あれ、アナベル。どうしたの、顔色悪そうだけど、体調は大丈夫? 本当に久しぶりだね。ニクスの次は君が昔から大好きなスノウだと思って喜んでいたのに、その間に居る僕が戻って来ちゃって本当にごめんねー?」


 コツコツとした足音を響かせて、ネージュは両手を握りしめ唇を震わせているアナベルに近づいた。


 数瞬を空けてからキッと彼を睨みつけると、アナベルは口を開いた。首を傾げたネージュは、面白そうにアナベルを見下ろした。


「どうして……ネージュがここに居るの?」


「んー、知らないかもしれないけど、僕ってここの家の息子の一人なんだよねえ。長兄とまだ結婚していない君よりは、ここに居る権利あると思っていたんだけど、違った?」


 あくまで淡々と紡がれるその言葉を聞き顔を真っ赤にしたアナベルを横目に、ネージュは玄関ホール来て事態を見守っていた使用人たちを見回した。


「……何しに帰って来たのよ。二年も行方不明で。その間も私はずっとここで、次期辺境伯夫人として、行儀見習いで居るのよ。今更、戻ってきて後継者面をするつもりなの」


 この事態に開き直ったかのように、アナベルは鼻息荒く言い放った。


「はは、睨まないでよ。こわいなあ。僕もね、ここに来るまでに色々話を聞いて、驚いちゃったよ。後継者の兄は怪我をして動けない。弟は魔物退治の指揮官としてこの場所から身動きが取れない。そんな中で、両親の留守に乗じてこの城を私物化していたことは、きちんと報告させてもらうね?」


「そんなこと!」


「今、この状況で何もしてないって言い訳がまかり通ると思う? いやー、遠方から訪ねてきた客人を部屋に通しもせずに玄関先で追い返すなんて、僕も驚いちゃった。まるで、常識も礼儀も、なっていないと思わない? 行儀見習いが聞いて呆れるね。そして、その客人の来る時間を知っていて待ち伏せしていたこととさっきの弟の様子からして、君は多分弟宛の手紙を勝手に見ていたってことだねえ……荷物まとめて覚悟しておいた方が良いんじゃない? 僕は昔から、ニクスやスノウ程には君に優しくないもんねえ? でも、守るべき女の子に対しては、かなり許容量の大きいはずのあの二人も、こんな所業を聞いたら流石にドン引きかなあ」


 ネージュは麗しい笑みを浮かべているものの、その目は冷たく、まるで死すべき獲物を嬲って追いこむ獣を思い起こさせた。


「ネージュ!」


 高い悲鳴のような声をあげるアナベル。ネージュは突き刺さるような冷たい視線を向けて続ける。


「……さっさと行けば。こんな稚拙な嫌がらせして、誰にも知られないと思っていたバカに慈悲はないよ」


 ぐっと言葉につまり背を向けて走り去っていくアナベルを一瞥して、ネージュは使用人たちに冷静に指示を与えた。


「アナベルから出ている指示は、僕の権限をもって全て無効とする。以前の通り、女主人である母からの指示通り動いてくれ。大事な客人のイグレシアス伯爵令嬢に部屋と食事の用意を。僕はニクスの様子を見に行く」


 様子を伺っていた使用人達はその声を聞いて一斉に動き出した。その瞬間、慌ててユージンは立ち尽くしたままだったティタニアの方向に駆け寄ってきた。


「……ティタニア様! 心配しました。ご無事で良かった。お姿が見えないと言うので、僕たちも探していたんです」


「……え?」


 事態が飲み込めずに呆気に取られた顔をしたティタニアに、ユージンはなんとも辛そうな顔をして言った。


「すみません……今雪山には非常に強い群れが居て、侵攻を食い止めるために少しの戦力も欠く訳にもいかなくて、スノウも僕もこの場所から動けなかったんです。ティタニア様に何度手紙を書いても返事がなかったので、もしかしたら嫌われてしまったのではないかと、スノウはひどく落ち込んでいました。けれど、昨日ティタニア様がここを訪れてそれを追い返した事を、アナベルの所業を見かねた者が今日僕たちに伝えて来たんです。スノウはアナベルが仕出かしたことに激昂して手をつけられなくなるし、とにかく帰ってしまう前にと僕が貴女を探しに出たんですが、宿の方ではイグレシアス家の従者たちが慌てて、貴女を探している。もしかしたら、誰かに攫われたのではないかと、捜索に行こうとしたところで、貴女がネージュと城に帰ってきたんです」


 的確に今までの流れを説明してくれるユージンの言葉に、ティタニアは目を瞬かせた。


「あの、私。手紙何回も送っていました。もしかして、スノウは見ていなかったんですか?」


「……ええ。アナベルがティタニア様から送られていた手紙も……僕たちが書いた手紙も。全部止めていたみたいです。報告してきた者が、そう言っていました」


 その言葉を聞いてティタニアは思わず口を手で覆ってしまった。


(本当に昨日追い出されて、諦めてそのまま帰らなくて、良かった……手紙、無視されているんじゃなくて、彼の元に届いていなくて、見てなかったんだ)


 とにかくこちらへ、と使用人に案内されて、またと手を振ってくれたユージンに微笑んで手を振り、ティタニアは急遽用意された部屋の中へ入った。


 泊まっていた宿に置いたままの荷物も、抜け目のないユージンがきちんと回収してここに置いてくれているようだ。


 もう遅いからと部屋で食べられるようにと簡単に用意された夕食を食べ、湯浴みを済ませて、ベッドへと座り込むと涙が自然と溢れてきてしまった。


 心から溢れるように沸き上がってくる感情をどう説明したものか、わからなかった。


 本当に良かったという安心感。これからスノウに何の衒いもなく会えるその嬉しさ。


 気がつけば、涙が頬を伝っていた。これは、人生で初めての嬉しくて流れてくる涙だ。


 いきなりガチャっと扉が開いて、先程の白い騎士服から紺色シャツへと着替えを済ませたスノウが入ってきた。慌てて走って来てそのままドアを開けてしまったのか、はっとして後ろを振り返った。


「あ……ごめん。ノック!」


 慌てて戻ってから、スノウはコンコンと開いたままのドアを鳴らした。その行為に、何の意味もないのに。


「良いよ。もう」


 ティタニアはベッドに座ったまま、手を広げて彼を待った。少し驚いた顔をしてから、スノウが駆け寄って抱きしめてくれる。


「ティタニア。会いたかった。もう離れたくない」


「……私も」

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