第33話
五十三
伊集院は中里との打ち合わせ通り、渋谷に来ていた。事件のあった日より遅い時間であることから、
「まるちゃん、警察出身なんだから、事件の有無を確認してみてよ」と、いつも通りを装い言い放った。
緊急通報センターで確認した斉藤まるが、
「日付が変わってから、渋谷区・世田谷区・目黒区での緊急通報はないそうです」と、報告した。
「やっぱり」
「やっぱり、とは」
「魂胆が見え透いているからです」
高橋に教えられた結衣はまじまじと、伊集院を見詰めた。
「三文芝居を打ったの、何で」
「多分だけど、経験が糧になってない。と感じたんじゃないかな」
「ビンゴ」
「ビンゴじゃないでしょう」
「当たり前にして欲しくないんだよね」
「概念を変える為でしょうか」
「僕は立ち合ってないんだけど、須黒さん曰く、『用心が足りない風潮が定着して、芯が感じられない』らしいよ」
「感性が磨かれない。赤瞳さんがK大学からの帰り
「おざなりの発想が、変化に対応できなくした。あっくんが言い切ったよ」
「ということは、歌舞伎町へ向かった皆さんは、説教を受けているんですか」
「説教は受けないよ。けど、目から鱗が落ちてるんじゃないかな」
「歌舞伎町だけに、観て
「はるちゃん。それどういうこと」
「そう見えるメイクでしょっ」
小嶋が両の手を広げ、片脚挙げてピョンピョンと跳ねて魅せた。
「じゃあそろそろ、合流に向かおうか」
伊集院が前を見据えて歩き出した。
斉藤まるが、その凛々しさを目の当たりにして、縋るように追う。
小嶋がわざと前に躍り出ては抜き返される、と繰り返していた。
新宿駅を出た一期生たちは、人混みを掻き分けるのに苦労していた。
現実に起きた非日常の再現に、好奇心で集まった民衆が多かったからである。
歌舞伎町の信号を過ぎると流れは淀み、初詣で経験するカニ進みを余儀なくされた。
辛抱して一昨日の現場付近が確認できるところまで来た。重なるように屯すその先は、野次馬たちの井戸端会議と想像していた。
隙間から見えたのは、再現された人垣であった。思考回路が混線して、夢か
「あっ、石さんが来てくれた」
研究生のひとりが気付き手招きしていた。
人垣が割れて、中が見通せる。
デジャヴの錯覚に捕らわれ、頬をパンパンと叩き、意識はリンクされた。
『蘇生マッサージをしなくては』
想いが急いている。
「薬は誰が打ったの」
石の悲痛は、条件反射であった。
「御免なさい」
言って躰を起こしたのは、岡村である。
もう一人は、須黒であった。
「どういうこと」
石に続いていた斉藤は、状況を把握できないでいる。
「シミュレーションをしながら、反省会をしていたところです」
須黒の説明で、
「客観的に診ないと、良否の判断を下せないからな」
中里の意見が、石たちの胸を削った。
須黒と岡村が昨日訪った理由は、身につまされた当たり前を情報化して皆に共有して欲しい。というお願いの相談であった。
しつこく食い下がったおかげで、情報化出来ない理由を知ることが出来た。そればかりか、民衆の理解と共有の礎も可能になっている。
今回の検証を使って身近な出来事と蔓延させれば、今後の展開は民衆の後押しに繋げられる。時間差で行われる総理の会見も、好感度を上げる期待に繋げられた。政治離れした若者たちでさえも、上昇志向に導くのである。
「後日集約したものをお届けします」
「役割分担して、少しづつ肩の荷を下ろして下さいね」
立ちはだかる困難 (境界線)も、共有することで、馴染んでいく。繰り返される歴史を踏まえ苦悩を減らすことで、未来の彩りを豊かにする。可能性が花開くのも愉しみのひとつになったのであった。
渋谷に向かったメンバーが合流して、検証は正確に再現された。
「質問。不審者の行動で、鼻を触った。と聴きましたが、何故でしょうか」
「それは、大気中に流れる電磁波で化学反応を起こし、帰化するからです」
答えたのは、うさぎであった。
のほほんと現れたが、笑みがこぼれていた。
「何故、電磁波と断定したのでしょう。光の乱反射、体温による熱分解もあり得ると思います」
「それは過去の事件と照らし合わせれば、導けるわ」
「僕たちは、過去を知りません」
「雲の日もあれば、雨の日にも事件は起きていますからね」
「そうなると、不審死の中にも、元素殺人事件が起きている可能性があります」
「幸か不幸か判りませんが、天の御告げで動く私たちは、百パーセント導かれています」
「御告げ。科学者に、非科学を信じろというのですか」
「日本全国の警察が関与した不審死は、僕のところに上がるんだ。精査した結果、東日本大震災以降は無いんだよね」
「それ以前は、調べようが無いのですか」
「そもそもが、ソ連邦の崩壊が、地下組織を作った原因です」
「地下組織」
「冷戦時代に、科学者たちが派閥を作ったみたいだね」
「表と裏の対立が、崩壊の引き金となりました」
「戦争という権力闘争が生み出した、天使と悪魔、なんだね。因みに罪と罰は、旧約聖書で教えているからね」
「だから、宗教戦争が起きた。ともいえます」
「分かりました。次の質問です。特効薬は、何を根拠に定めたのですか」
「東大の生物学の教授が研究しました」
「その様な論文がありません」
「HIV・マラリア熱など、発祥の元が論文で解明されているかな」
「原子・分子の見極めに、全てが括られていますか」
「悪道に踏み入れた輩は、毒を造ることはあっても、薬を造ることをしません」
「だから、兵器なんだよ」
ゼミ生たちは、後を濁すしかできなくなった。
「質問を変えましょう」
須黒の言葉が、ゼミ生たちの掬いになった。
「被害者に投与可能な時間は、研究済みでしょうか」
岡村が切り出した。
「M工科大学で測定した時は、二時間がリミットでした」
「それは、兵器を吸引した時点からで宜しいでしょうか」
「二時間を六時間にする為に、電素が必要なんです」
「そ~だったんですか」
「今回皆さんが液化した電素は、二時間の上乗せを証明したのですよ」
「そうだったんですか」
「その成果が知りたい米国の科学者たちが、今回の茶番を工作しました」
「アメリカより進んでいるのですか」
「今のところ、だよ」
「えっ」
「一昨日の不審者は、接収した血液をパクリ、行方を眩ましました」
「何故、血液なんですか」
「抗体から、電素を取り出すつもり? じゃないかな」
「そんな技術があるんですか」
「腐ってもタイなんだよね、米国は」
「私の性分は既に、分析済み。ということです」
「総理曰く、うさぎさんが、米国の科学者たちを苛めてしまったようですからね」
「主任は知っていたんですか」
「昨日知りました」
岡村の笑顔で、ゼミ生たちも納得していた。
五十四
次の日
岡村から送られて来たメールには、
元素殺人事件を共有する為の必要条件。
一、元素を識別する為の形跡
一、元素の解毒に必要な量 (投与割合)
一、投与に必要な条件 (接収の仕方)
一、経過観察に必要なもの
疑問を文書回答、お願い致します。
取り急ぎの疑問です。
パソコン入力後、ゼミ生たちが助手を務めるための必要事項です。
御理解の上、早急に返信して頂きたく、お願い致します。
というものであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます