第30話 夢をあきらめないで
四十五
多くの想いが重なり合う大都会
人々の行動とともに行き交う想い
渋谷のスクランブル交差点に舞い降りた堕天使たちは、命を繋ぐ使命を遂行していた。
信号待ちの人々が、一斉に動き出した。
人混みに紛れた男が、流れに後押しされて動き出した。横断歩道に描かれた白線に、陽射しが反射される。煌びやかな光が集約されると、男がいきなり倒れた。
男の数人
しゃがみ込み男を
「やっぱり現実になったねっ」
小野ちはる達は、うさぎ赤瞳の解読した夢をお告げという。
「段々と細かなものになった情報も、信頼度百パーセントだからね」
斉藤純子が、紐付きを語った。
「運びましょう」
「運ぶって、どうやって」
「三人で持ち上げるしかないでしょっ」
「何処まで運ぶのよ」
「ストリップ劇場の跡地です」
「それが何処にあるのか判らないのよ」
「井の頭線に沿って坂を上るらしいです」
「行けば分かるんじゃないっ」
「急ぎましょう」
「行くよ。1・2の3」
斉藤のかけ声に併せて、三人が男を持ち上げた。間髪を入れずに動き出したのは、信号機が点滅していたからである。
劇場の跡地は、バリケードに覆われた空き地であった。意味不明に佇む男が、ガリガリ君を頬張り手招きしていた。
「まったく、お気楽にも程がありますね」
「行こっ」
斉藤だけは無言に腹を立てている。
たどり着くなり、いち物が爆発した。
「か弱き女性たちが、肉体労働をしているのに、いい身分だね、伊集院さん」
「姫たちの分は、まるちゃんが買いに行ってるよ」
ヌケヌケと
「新元素は、時間との闘いなんじゃないのっ」
「そうだね」
「そうだねって・・・」
「赤瞳さんは何処? ですか」
「黙って居なくなったから、トイレだと思うよ」
「トイレって、またお腹が痛くなったのかなっ」
小野は役割を終えてキョロキョロと、うさぎを探している。
「人目が少ないとはいえ、道路上で甦りをするつもりなの」
「赤瞳さんが居ないと、見立てができません。せめて準備だけでもしませんか」
石が痺れを切らす中、伊集院は被害者の口の中をのぞき込んでいた。
「六対四で良いか」
「薬は」
「高橋さんが持ってるよ」
「その高橋が、何処に居るのか? 聴いてるんだけど」
「方向音痴のまるちゃんに付き添わせたよ」
「女性陣は、何に目くじらを立てているのですか」
うさぎがひょこりと現れた。
「赤瞳さん・・・」
女性たちが、吐息を漏らした。
「な~んだ。薬はあっくんが持ってるじゃん」
伊集院が
「赤瞳さんは早く、見立てを行って下さい」
「どうなんですか、いっくん」
「隕素だから、六対四だね」
「伊集院さん、見立て出来るんだっ」
「発見者だからね」
「発見者は、赤瞳さんです」
「それでも、元素殺人事件の扉を開けたのは、いっくんです」
「判った・分かった。そういうことでいいから、速く甦らせてくれないかな」
伊集院は掛け合いながら、準備を終えていた。
「いっくよ~」
一同を見回してから、注射器で液体を注入した。
石は確認すると、死人に跨がりマッサージを施し始めた。
「また、一番大事なところを見逃しちゃった」
コンビニ袋を拳下まで通し、斉藤まるが
「それ、私たちの分でしょっ」
小野が手を伸ばし、斉藤まるの持つコンビニ袋を取り上げた。
「まるちゃん、肉体労働を
「ほんと、気が利かないんだよ、まるは」
苛めにも似た嫌みで、斉藤まるが、石と入れ替わった。
小野はガリガリ君を咥えながら、袋内のものを配る。
程なくして、
「ゲホッゲホッ」と、死人が甦った。
「お帰りなさい」
高橋の呼びかけに、男は浦島太郎状態に陥っていた。
「そのまま・そのまま」
「救急車が来ますから、検査だけは受けて下さいね」
女性陣の向ける微笑みに、男が頭を上下に動かして応えていた。
四十六
被害者を救急車に見送った一同は、現地解散になった。
うさぎが高橋を連れて、田園都市線に向かっている。
なにも言わず追いていた高橋が、進行を躊躇った。
「私は校外で待つ方が宜しいのでは」
「私の代理で来ることになるでしょうから、顔合わせをしておきましょう」
うさぎは歩調を緩めたものの、校内に入っていく。後ろめたさを感じながら追いていると、校舎に入り、廊下の角を曲がった
前方にいる男が、生徒たちを掻き分けて、慌ただしく走っていた。
二人を見つけると、
「丁度今、報告をしようとしていたところなんですよ、うさぎさん」
「そろそろだと思い、様子を見に来たところなんです、須黒先生」
高橋が、須黒に向かい、会釈をした。
「私のところに来て頂いた科学者の、高橋博子さんです」
「科学者、ということは、伊集院さんと共に研究されていたのですか」
「私は伊集院さんのいた東大ではありません」
「では、どちらの研究室ですか」
「K塾大学院の益子先生のところです」
「生物研究の御意見番、益子先生? のところですか」
須黒が思いを馳せている。
「精製分離も、やってみれば差ほどのことはなかったでしょう」
「手順が違い違和感はありますが、というのが本音ですよ」
「観せて下さい」
「私は部外者ですので、外でお待ちします」
「何を言ってるんです? 須黒研究室は、
そういうと、高橋の後ろに廻り背中を押した。うさぎは微笑みながら、
「須黒研究室も、うさぎさんチームの一員ですから、感性を重ねましょう」と、語り掛けた。
研究室に近付くと、須黒が先廻りして入り口の扉を開けた。
「皆、高橋さんと付き添いのうさぎさんが来てくれたよ」
うさぎは罰が悪いのか俯きながら中に入った。
「お待ちしていましたよ、高橋さん」
入り口近くにいた女性が言った。
「岡村さんも、あ~言ってますから」
須黒は言うと、高橋の肩を軽く叩いた。
高橋が踏み入るのを確認すると、
「ようこそ須黒研究室へ」と、声を張った。
奥の部屋からぞろぞろと、研究生たちが集まって来て、
「待ってましたよ」
「いらっしゃい」と、歓迎の言葉をかけてくる。その言葉に絆されたのか、高橋の目尻から雫が落ちていた。
歓談テーブルに揃うと、
「高橋博子です。採用された許りの新人ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
謙虚なものいいで、自己紹介をする。
「皆さんと同じ研究者です。私のような、ど素人ではありませんよ」
「研究生より、もの知りな素人さんには手を焼きますが、高橋さんなら気軽に相談出来そうすね」という言葉が聴かれると、
「益子先生のところにいたから、強力な助っ人なんだぞ」と、須黒が気を引き締めた。
「どちらにしても、『精製分離』の無事終了、ご苦労さまでした」と、うさぎが
「
うさぎは言うと、語り始めた。
今回単独分離に成功した液素を牽引する役割を担う元素を、電素といいます。
電素は動きの元になりますが、特色は引き寄せの役割で、対極に磁素というものがあります。
私はまだ、磁素を確認していません。それは磁素という元素が、隠れる特色を持っているからだと考えます。若しかしたら、電素と磁素が一対で、表裏を形成しているかも知れません。そのことを念頭においていて下さい。
「それって、磁石の定義に従え。ってことですよね」
「またですか」
「また、とは」
「液素のときと同じだからです」
「元素が見えないものなのに、更に精製して欲しい。科学的に未開の境地の先を、簡単に云われるからです」
高橋は思い余って、
「それは、言い訳ですか」と、反論していた。
「科学的に解明出来ることは、物理的に可能範囲内です」と、高橋が生唾を呑み込んでから続けた。
「私たちはほんの一時間ほど前に、死人を甦らせてきました」
「えっ?」Χ大勢
「死人が生き返る。それは、ホラーではありません」
「真面・ですか」
「言い訳や泣き言を言っていて、概念や観念を払拭出来ますか」
「そうは言っても、・・・」
「皆・冷静になって。規定通りに行うことは大事だよ。それでも、規定を変えることで、液素の精製分離に成功したじゃないか」
「危険なことをしろ、とは云われてないわ。それは、見方を変えろ、というだけのことよ」
「岡村さん・・・」
「そうだよなぁ。俺たちが当たり前と思っているだけで、別に悪いことをしている訳じゃないもんなぁ」
「そうよ。遣り為れた方法が楽なだけ」
「そうだよ。楽した研究なんて、本質からかけ離れるだけだよ、なぁみんな」
「若者たちの可能性は無限大です。年長者は途を踏み外さない為の標、であるべきなんです」
うさぎは、高橋に語り掛けていた。
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