ほんの少しの物語

 とある夜。【桜華楼】楼主の稲葉諒は身体を休める為に妻の楓に身体を解して貰っていた。

 布団にうつ伏せで横たわり腕枕をしてマッサージを受ける諒。

 着流しは上半身裸にはだかれており、その身体には一切の贅肉の無い引き締まった身体だった。

 すると、彼らがくつろぐ部屋に若い衆の男達が入ってきた。

 一体、何の用なのか?  

 くつろぎつつ聞いた。


「こんな姿ですまないね。外の世界は女の世界で、ここでしかくつろげないのでね」

「旦那さま。女衒の市川殿がこちらに参っております。いかがしましょう?」

「通してくれ」


 そうして彼らの私室に入った市川文左衛門は身体の凝りを解す諒に会った。


「文左衛門。どうした?」

「諒。お前、今は人に困っているか?」

「即戦力となる若い女は欲しいね」

「子供は?」

「相当な安い金でなら嫌嫌でも受け入れるが基本お断りだな」

「あんたにとっては女子供は「タダ飯を食べるお荷物」か」

「冷たい言い方すればそんなものだろう」


 腕枕をして顔を市川に向けた。

 妖しい茶色の瞳がきらりと輝く。

 灰銀色の髪の毛も若干乱れている。それが何だか艶やかなのは何故か?

 思わず市川は言ったものだ。


「本当にお前、色っぽいな。この姿を見た陰間(男娼)はあまりの色っぽさに感じてしまうだろうよ」

「お前もやった事があったか? 陰間の仕事は?」

「まぁ……ほんの数ヶ月だが」

「みんなして俺を色っぽいと言うが本当かな? 俺は色気を振り撒いているつもりはないけどね」

「その無防備な姿を観て色気を感じるなと言うのは無理な話だ、諒」

「そうかな? 楓はどうなんだ?」


 諒の身体を解す楓は背中を手のひらで押しながら質問に答えた。

 力を少し入れながら、手のひらに体重を乗せる。


「諒が色っぽいと言われるのは避けられない運命じゃない? 色気を振り撒いているつもりはないと言うけどね、常日頃から色気はあるわよ」

「そんなものかな?」


 うつ伏せで煙管を手にして咥えた。 

 煙管にはまだ中身があって吸える。


「それで人材の話があってきた事は誰かを買い取る予定だな」

「そうだ。名前は千里。産まれは神奈川県だ」

「お前から見てどうなんだ?」

「神奈川産まれだから訛は少しある。まぁまぁの上玉だな。病気もないし、何より陰部は上物と見たね」

「何歳だ?」

「7歳。今年の3月で8歳になる。親は阿呆みたいな博打打ちで首が回らないそうだ」

「上物…ね。なら受け入れていいかな」

「あんたならそう言うと思っていたぜ」 


 諒は不敵な微笑みを浮かべ褐色に近い茶色の目を妖しくきらめかした。

 整えられた髭も灰銀色だった。 

 こんな無防備な姿を見たら遊女でなくても抱かれたくなる。

 そんな想いを浮かべる市川に諒は事も無げに言った。


「このくらいの色気に耐えられないなら陰間の仕事は辞めて正解だったな」


 千里が来る前の彼らのほんの少しの物語。

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