第345話 最後の議題。



 会議が始まり二時間。


「最後の議題です」


 オズワルドがそういうと、部下に指示して分厚い紙の束を配っていった。紙の束を受け取ったニールは『そういえばあったな。はぁ、何が最後だ……最後にくそ重たい議題を残しやがって』と内心悪態をつきながら額を押さえる。


 オズワルドは分厚い紙の束……資料を片手に。


「今後施行する法改正の草案です。以前、回したかと思いますが、ご意見があればお聞かせ願いたい」


 思うところがあったのだろう、ジンを含めた首脳陣である小人達が意見していく。


 ニールは周りの声を聞きつつ、資料をペラペラと見ていった。


 今回の法改正にはいろいろな思惑がてんこ盛りだ。


 メインとなるのはアリータ聖王国がこれまで王国で言うところの貴族にあたる神官の投票によって教皇が選出されていた。ただ、そのやり方には他国からの干渉が色濃く出たため、法改正で教皇を世襲させると言うもの。


 政治体制を変える法改正だけでも、お腹いっぱいなのに……。他にもいろいろ……特に気になるのは……聖騎士団……つまり軍部にも法改正で体制の変更を強いるつもりらしい。


 こんな軍部が反発しそうな法改正を押し進めるのは……。


 軍部が弱っているからか。


 俺とボルト……例え軍部が暴走しても、押さえ付けられる人間が味方に居るからか。


 英雄譚の広がりとともに上がったソフィアの支持率なら押さえ付けられると考えているからか。


 いや、それらすべてか……。


 ニールは小さくため息を吐いて、コンコンとテーブルを叩く。


「一ついいですか?」


「ええ。どうぞ」


 オズワルドがニールへと視線を向けた。


「教皇を神官の投票で選出する神官投票制から、教皇の一族で教皇を継ぐ世襲制に変えることには特に異論はないですよ。まぁ、いろいろ意見を聞いて議論を重ねた方がいいとは思うけど。どんな政治体制でも一長一短があるし。結局はその政治を行う人の能力に依存するだけですし」


 ニールが言葉を切って、ソフィアへと視線を送った。


 ナイフのように鋭い言葉と視線で、ソフィアは自身の肩に乗るであろう重圧を想像し、体を震わせる。


 それでも、すぐに姿勢を正して、強い意思……覚悟ある目をニールへと向けていた。


 ニールは再びオズワルドへと視線を向けて、続ける。


「ただ、この法改正の草案を読むに他も詰め込み過ぎじゃないですか? 特に軍部の体制にも及んでいる」


「それは分かっています。ただ、今しかないのです。こういった必要だがなかなか通らない法案を通すにはソフィア教皇様に支持が集まっている……今しか」


「オズワルド様の思惑は分かりますよ? 大まかに言ったら二つ、反乱分子と成りえる軍部を管理下において監視することと軍事費の圧縮することでしょう?」


 オズワルドは黙った。ニールの言っていた思惑が当たっていたのだろう。


「もし法案が通ったとしても、そううまく行かないでしょうね。むしろ状況が悪化する未来が見える」


「……その理由を聞かせてもらっても?」


 オズワルドの問いに対して、ニールは指を一本立てる。


「まず一つ目の思惑、反乱分子と成りえる軍部を管理下において監視することだけど。監視者を軍部に送るんですか?」


「ええ。軍部の監視する役目を帯びた神官を軍部の上役として置こうと考えています」


「軍の監視する役目を帯びた神官って誰です? どういう神官がやるんですか?」


「それはソフィア教皇様が信の置ける神官を」


「その神官って従軍経験ありとか、軍務系の神官出身者とか査定方法は決まっているんですか?」


「いえ……。むしろ、軍の関りのないところからと考えています」


「え。軍のこともまったく知らないまま軍の上役をさせる? それこそ危険じゃないですか?」


「……」


「まぁ。軍務に口出しする権利はない。あくまで監視としているならいいかもですが」


 ニールは指を二本立てて。


「二つ目の思惑、軍事費の圧縮すること。軍が金食い虫であるのは分かるんだけど、国を守っているのは彼等……軍人なんです」


 ニールがため息を吐いた。


 人差し指で資料をトントンと叩いて。


「厳しいことを言いますが、こういうのって安全地帯で座っているヤツらが……勝手に決められることじゃないと思いますよ?」


 ここでパラパラとだがドライゼル、ジンを含めた軍部について知る者達から拍手が聞こえてくる。


 オズワルドは少しの間の後で息を吐く。


「……再検討します」


「その再検討には軍部に詳しい者……ドライゼルにでも話を聞いた方がいいです。そう……頑張り屋さんのドライゼルならオズワルド様達と軍部との間で板挟みになっても頑張ってくれますよ」


 この時、ニールの後方で待機していたドライゼルは慌てた様子で「まっ」と手を伸ばして言っていた。


 彼女が何か口にする前にオズワルドは頭を下げる。


「分かりました。ドライゼルをお借りします」


「どうぞ。どうぞ。ただ、私が押し付……いや、任せた仕事もあるのでほどほどでお願いしますね」


 ニールがにこやかにそう言った。次にそーっと後ろを振り返ると……涙目で睨み付けてくるドライゼルが居た。


 ◆

 ストックがー。ストックがやばいなぁ。



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