第160話 噂話。



 結局、フェンリー達はニールの存在に気付くことなくその場を離れて行った。


 フェンリー達を見送ったニールはふーっと胸を撫でおろす。


 行った。行った。


 この女装したメイド姿で見つかるのは本当に勘弁だったんだ。


 ストリクスとマルタナは一緒に冒険者パーティーを組んでいるんだな。よくよく考えたら、一部利害は一致していたもんな。


 まぁ、まとめ役が居なくて喧嘩はしているみたいだが。


 フェンリーは兵士か……。


 確か前にもそんなことを言っていたっけ? アーレスパーティーで武功を上げるとかなんとか。


 兵士か……俺なら絶対にやりたくないな。


 兵士の人達ってなんのために戦っているのかな? 国のため? 領のため? 家族のため? 大切な人のため? その他?


 いや、人間が戦う理由なんて星の数ほどあるか。考えるだけ無駄だな。


 いつの間にか気持ち悪いのも収まったし。


 まだ、ワカサギ釣り大会の大会説明をしている最中だし……リリアお嬢様が居る場所にまで戻るか?


 いや、それではまた気持ち悪くなるだけか? んーどうしようかな?


「……っとまた人が」


 ニールが小屋と小屋の狭い隙間から出ようとしていると、また誰かが来たので……再び隠れた。




「ぶひ、リリア姉様を僕の物。僕が誰よりも愛しているんだ。僕が誰よりも早くから好きでいるんだ。リリア姉様は騎士学校に居た糞共とは違って、僕を理解してちゃんと見てくれる。ただ、リリア姉様は心が綺麗だから皆にやさしくしてしまう。美しいリリア姉様のいいところのなんだけど、皆勘違いしちゃって。リリア姉様は僕だけが……あぁ、僕だけの物なのに……。リリア姉様の優しさを利用して近づこうとする糞虫が多いんだ。今回は見かけないが執事の糞虫は……身分違いの分際で気に入られていっしょにいて、リリア姉様に触れていた。ゆ、許せない。リリア姉様に触れていいのは僕だけなのに……あぁ両腕両足を引き裂いて殺してやりたい。いや、そんな雑魚よりも……メイド達が噂していたどっかの王子……糞虫に求愛されたとか。あぁ王子とか、僕達の愛の力をもってしても無理だよ。リリア姉様がどんなに僕を愛していても、僕がどれだけリリア姉様を愛していても絶対に奪い取られちゃうよ。リリア姉様が可哀想だぁ。ど、どうにかしないと……リリア姉様としっかり話したいのにお父様が……邪魔なんだ。最近、僕とお姉様をわざと遠ざけようとしているんだ。王都に行く機会を奪われる。糞、糞、糞、人の恋愛を邪魔するなんて……許せない。許せない。許せない」



 ……なんか、早口ですごい独り言が聞こえてきたんだが?


 リリア姉様って出てきたと思うが……リリア姉様ということは年下?


 ウィンズ子爵家でリリアの年下と言うと四男のディレック様かな?


 よく分からないが、以前に噂で聞いた通り……リリアお嬢様が好きなんだろう。


 ところで一つ気になるのは、リリアお嬢様の近くにいた執事の糞虫って誰だろうか?


 リリアお嬢様の近くで執事服……いや執事見習いの服を着ていたのは俺だが。もしかして、俺のことだろうか?


 両手両足を引き裂くなんて物騒な。そもそも、リリアお嬢様は俺のことは弟のように思ってくれているだけで、恋愛感情などないだろうに……って。


 ディレック様は俺がリリア様と触れ合っているのも許せないみたいのか。ディレック様の前ではいろいろ気を付けた方がいいかも知れないな。


 ここを離れたいところだがまた人が来た……。




「噂の所在をどうだったんだ」


「マーシャル様……ここでは」


「ふん、聞かれたところで」


「……どうやら、事実のようです。お館様は本当にトリスタン様を推しているようです」


「そうか。あのバカ……ビルヘルムを見限ったのはいいのだが。更に私をも見限って……領主に対してまったくやる気を見せていなかったトリスタンなのか?」


「トリスタン様ご自身も今までの怠惰が嘘のように動き回っていますので。更には……リリア嬢も動きだしていると耳にしました」


「っ! そう言えば、昔から仲が良かったな! あの小娘が出しゃばりやがって……いや……それよりも、何事にもやる気がなく、下級貴族の母親。ただ私が領主となって領地運営を考えた時に野心なく動く人材と考えて見逃していたが、どうだ殺せるか?」


「……」


「どうした?」


「私が忍ばせていた、部下との連絡が途絶えました。おそらくは殺されて、こちらに気付いている可能性が高いです。それは、こちらに気付くことのできる目があると思って間違いないでしょう」


「では、どうする。こうなってしまったら……もう」


「っ! 待ってください。人が来ました……ここは離れましょう。とりあえず、人では揃っています。何か手を考えてみましょう」




 うわー物騒なお話。


 これはリリアお嬢様の護衛をしっかりとしないと……シャロンさんに後で相談した方がいいか。


 ミロットさんからは報告、連絡、相談を徹底しろと言われたばかりだから。


 とと、ようやく周りから人が居なくなったか……どうやらいつの間にか。ワカサギ釣り大会の予選も始まってしまっているようだ。


 ニールが小屋と小屋の隙間から抜け出ると、服に着いた埃をパンパンとはたいた。そして、きょろきょろと一度見回す。


「んーシャロンさんの気配は……こっちかな」


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