第138話 裏話。

 ナイトメアによるアイカシア王国の王族襲撃から数時間後。


 ここはニールの自室。


「う……」


 ニールが苦し気な表情を浮かべて、ベッドの上で眠っていた。


「まったく、命の危険がある時は逃げなさいとアレだけ釘を刺しておいたというのに。私の言うことを聞けないの?」


 椅子に座って不満げな表情を浮かべていたリリアがニールを見ていた。その後ろにはミロットが立っていて……口を開く。


「相手は格上でした。おそらく……逃げられなかったのだと察します」


「そいつはどこの誰なの? 教えなさい。ファイヤーボールをぶち込みに行くから」


「……言えません」


「ニールが軽度の切り傷は至る所に……右手の凍傷に左手のナイフ傷、両足の太もも、脇腹に深い刺し傷、全身の筋肉がはれ上がって、毒による高熱となって、何がどうなったらこんなひどい怪我を負えるのよ。ニールの主人である私が黙って入れる訳がないでしょう!」


「申し訳ありません」


「お父様に聞いても、言えないの一点張りだし!」


「……」


「はぁ、まったく!」


 リリアはニールの額に乗っていたタオルを水に浸けて絞り、再び乗せた。


 結局、アイカシア王国の王族襲撃の一件はリリアにすら教えられることはなかった。




 ナイトメアによるアイカシア王国の王族襲撃の翌日。


 ここはトーザラニア帝国の街道の一つ。


 十を超える馬車の一団が、進んでいた。隊列の馬車の中の一つ、一際大きく煌びやかな作りの馬車があった。


 その馬車の中には茶色いマントを羽織った顎髭を蓄えた男性と緑色の鎧を身に纏った屈強そうな男性が対面する形で馬車に備え付けられているソファに座っていた。


 本を読んでいた顎髭の男性が視線を上げて、ポツリと呟く。


「金で関所も問題なく抜け……亡命もなったな」


「ええ、ここはトーザラニア帝国です」


 顎髭の男性の呟きに対して、腕を組んでいた緑鎧の男性が……掠れ声で答えた。


「アイカシア王国の要人の命を狙う作戦もうまく行っただろうか」


「どうでしょうか、数日後に早馬で知らせが来る予定です」


「くく、まぁ……あのナイトメアの第二星シュミットが居るんだ。問題ないだろうな。それよりも、そろそろローベルギン侯爵の出迎えと合流するランバレー峠だな」


「ランバレー峠は一刻も走らない距離ですね。おそらく、外に出たら見えるでしょう」


「そうか。そうか」


 顎髭の男性が頷き答えたところで……カンカンっと甲高い鐘の音が響いた。


 その鐘の音を耳にした瞬間、弾かれるように緑鎧の男性が立ちあがった。そしてソファに立てかけられていた剣を手にする。


「これは敵襲の鐘っ!」


「なっ! こんなところで……」


「お館様は……念のためにソファの中に隠れていてください」


「わ、分かった」


 馬車のソファを上げると、人一人が入れるスペースがあった。


 顎髭の男性がそのスペースに入ろうとしたところで……馬車の隣に近付いてくる馬の足音が聞こえてきた。


 馬の足音を耳にした緑鎧の男性が剣を引き抜き、構えた。


「お館様!」


「シャルべか」


 聞き覚えのある声だったのだろう、警戒を解いて緑鎧の男性は馬車の扉を開き、声を掛けた。


「はい」


「何が起こっている」


「はい。それが……唐突にランバレー峠より現れた盗賊数百騎が先頭の馬車を襲っています」


「なんだと。盗賊数百騎……だと」


 彼ら、馬車の一団は突如……偶然……現れた盗賊によって、全滅する運命を辿ったのであった。






 ナイトメアによるアイカシア王国の王族襲撃から、数日後。


 ここは薄暗い地下室。


 その地下室では女性と男性の声だけが反響し……聞こえてきた。


「お、お父様!?」


「皆の言う通り、私はお前を甘やかし過ぎた」


「お父様、お願い。お願いします。私、反省しますから、お助けてください」


「……すまない」


「私、借金を帳消しにすると……ただ、もし従わなければ命はないと脅されて」


「すまない」


「そう、無理矢理。無理矢理、手を貸すように言われて」


「すまない。メリッサ……せめて苦しまないように殺してあげるからな」


「お父様! お願いします! どうか! どうか! 命だけはお助けください!」


「すまない」


「いやーああああああああああああ! 誰か! 誰か! お母様! 助けてぇ!!」


 そう……王族襲撃の一件に関与した者すべてを衛兵へと引き渡されることなく、闇の中に葬られることになったのだ。

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