第134話 現れる。






 ニールは悔し気に唇を噛みしめた。
















「よく戦ってくれた。後は俺に任せて休んでいろ」









 ニールの耳に声が響いた。そして、忽然と姿を現れたソレを目にしたニールは小さく声を溢す。


「えっ」


 ニールの視線の先には、シュミットと……。


 先ほどまで、この場にはニールとシュミットしか居なかった。


 しかし、シュミットの後方にローブを着こんだ白髪の老人が姿を現したのだ。


「間に合ったのぉ」


 白髪の老人が顔を綻ばせて、地面に突き刺さっていた鈍を拾い上げた。


 ニールは驚きの表情を浮かべるしかなかった。


 いくら戦闘中だったとはいえ、視線の中に入ってくるまで……まったく気づかなかった。


 あの爺さん。


 そう、物乞いをしていた白髪の爺さんと同じ。


 え、なんで、どうしてこんなところに?


 ニールの思考が追い付かい中でシュミットが火の雨が降り注ごうとしていた。それでも、白髪の老人が温和な表情を浮かべていた。


 白髪の老人は鈍の柄を握り締め、目を細める。


「ひょひょ、久しいの鈍……起きてくれるか?」


 白髪の老人の問いに答えるように鈍の刀身が薄く輝きだして……瞬く間に姿を変えていった。


 白髪の老人の周りにぶわっと白い冷気が広がった。


 白髪の老人の手には……白銀の美しく流麗な刀身へと姿を変えた鈍が握られていた。


「さて……まずは【神去(かみさり)】」


 【神去】と口にするや白髪の老人は姿を消した……白髪の老人の姿をニールの目で追うこともできなかったのだ。


 白髪の老人は老人とは思えないほどに高く飛び上がり……流れるような動きで鈍を構えて、スッと斜め上へと数回振るった。


 次の瞬間、シュミットが作り出した上空を埋め尽くすほどの火の球が消え去り……先ほどまで火の玉で熱くなっていたのが嘘のように底冷えするような冷気が辺りを支配する。


 白髪の老人は何食わぬ顔で、もと居た場所に着地した。


 火の玉が唐突に消え去ったところでシュミットも、白髪の老人の存在に気付き……振り返る。


「!? ……おやおや。ご老人、今何をなされたので?」


「ひょひょ、さてなんじゃろうなぁ」


「……しかし、どうしてこの場に? 魔導具が作動しているはず。いや、私に御用ですか?」


「まぁ、そうだのう。最近、ちょっと調子に乗っておらんか? 盗賊ナイトメア……第二星シュミット・ファン・ベネフィア君?」


 白髪の老人の言葉にシュミットの余裕あり気な笑み表情が引っ込んで、険しい表情を浮かべる。


「ご老人、なんで私の本名を知っているんですかね? 私の名前を知っている者は皆殺しているはずなんですが……」


「ひょひょ。その傷」


 シュミットの問いに答える代わりに、白髪の老人はシュミットの左目のところにあったバッテンの傷を指さした。


 白髪の老人が何気なくバッテンの傷を指示した事はシュミットにとっては、かなりの動揺を生むモノであったようだ。


 シュミットは動揺して……右目をきょろきょろと揺らし、一歩後退りする。


「ま、まさか」


「ひょひょ、それよりも戦わないかね? 得意の魔法を撃ってきたまえよ」


「ぐっ【ウォーターニードル】」


 シュミットは再び【ウォーターニードル】を唱えた。ただ今回はシュミットの周囲に百を超える無数の水球が出現する。


 ニールへ向けていた魔法とは比べ物にならない魔法の出量である。


 ただ、白髪の老人は鈍を垂直に立てるように構える。そして、目視できるほどに濃密な半透明な何かが鈍へと纏わりついていく。


「ひょ、その程度の魔法でよいのか? 鈍、後ろに子供が居るので手加減してくれよ? 【氷華(ひょうか)】」


 鈍の白銀の刀身から周囲へと強烈な真っ白な冷気が放たれた。すると、シュミットが放った水の刃が凍り付き……砕け散った。


 おそらく白髪の老人は加減していたのだろうが、放たれた真っ白な冷気は離れていたニールのいた場所にまで達していた。


 寒さに耐えかねたニールが這うようにして、白髪の老人とシュミットとの闘いの場から更に離れる。


 シュミットは張っていた【シールド】によって守られていたものの……【シールド】の周囲が白く凍り付き。


 周囲を埋め尽くしていた真っ白な冷気が晴れると……白髪の老人とシュミットの周りには世にも綺麗な氷の草花が地面に咲き誇っていた。


「一つ、聞いてもいいですか?」


「まぁ良いぞ」


「なんで……こんなところに? クリスト王国からはかなり離れています」


「ひょひょ。儂がどこに居ようと自由じゃよ。なんたって、どこの国に縛られている訳でもない」


「そう……ですか。はぁーではナイトメアは拠点を変えなくてはいけませんね」


「ひょ? お主はここから生き残れる気でおるのか?」


「私もだいぶ腕を上げたんですよ……【ダイヤ・レッドドラゴン】」


 シュミットは【ダイヤ・レッドドラゴン】と魔法を呟き、手を前に突き出すと、火の球……烈火のごとく色濃くなり……まるでマグマのような塊が出現する。


 マグマのような塊を中心に黒い骨格、烈火に輝く肉体、黒い鱗、赤黒い翼が形成されていき……大きく翼を広げた全長十五メートルほどのドラゴンが姿を現した。


 烈火に輝くドラゴンが出現したことで中庭にあった木や草、花から火が付き、ドラゴンの下に敷き詰められていた石畳は赤く輝きドロリと溶けだしていた。


 ニールはドラゴンのあまりの熱量に顔を顰める。


「う、熱い……なんだよ……これ……化け物か」


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