第58話 トリスタン・ファン・ウィンズ。
ニールは何かを感じ取ったのか言葉を切った。そして、バッと振り返って中庭の通路へと向けた。
「ん? どうしたの?」
「誰か来ますね」
「ここに?」
「ここか分かりませんが……人が近づいてきます。一人?」
「一人で? じゃあ、使用人かしらね」
「そうですかね」
「ふふ」
リリアが口元を抑えて、小さく笑った。突然に笑い出したリリアをニールは怪訝な表情を浮かべて問いかける。
「えっと、どうされたのですか?」
「ふふ、私、ニールに守られているなーって思って」
「それはリリアお嬢様の護衛ですから」
「頼もしいわ。けど……わからないものね。最初、私はニールに護衛してもらうつもりはなかったんだけど」
「そうだったんですか?」
リリアとニールがそんな会話していると、リリアが紅茶を飲んでいた場所に二十代……いやギリギリ十代に見える男性が走り飛び込んできた。
ニールはシャロンから再び借りたナイフの塚頭に手を置いた警戒する。
「おっと、先客がいたねぇ」
「ん? ……トリスタンお兄様?」
振り返ったリリアが走り飛び込んで男性を目にして口を開いた。
「その声はリリアかい?」
「ご無沙汰しております。リリアですよ」
「やあやあ、久しぶりだね。リリアには会いたかったんだよ。いやーそれにしても、見違えたなぁ。俺も年を取ったかな。あの小さかったリリアがこんな大きく……美しくなっているなんて驚いたよ」
走り飛び込んできた男性……トリスタンはテーブルを挟んでリリアの対面の椅子に座った。
「ありがとうございます。っとトリスタンお兄様も紅茶を飲みます?」
「貰おうかな。使用人達と追い駆けっこしていたら喉が渇いちゃったよ」
「ニール、紅茶を入れてくれる? 私の分も」
「はい。かしこまりました」
リリアの指示で、ニールは紅茶を新しく入れる準備を始めた。
ニールが紅茶の準備を始めると、その様子を目にしたトリスタンは目を丸くする。
「……ってその子が紅茶を?」
「そうですよ。美味しいのですよ」
「そうか。それは楽しみだね」
「それより、また使用人から逃げているのですか? けれど、護衛くらいは付けた方がいいですよ?」
「あぁ、ハハ……そうだね。護衛は俺を拘束していくからってリリアも護衛がいないじゃない。大丈夫なの?」
「ん? あぁ、ここにいるじゃないですか」
リリアはニールを指示して言うと、トリスタンはキョトンとした表情を浮かべた後で、驚きの声を上げる。
「ええ? その子、護衛でもあるの?」
「そうですよ。こう見えて、シャロンやミロットが才能を認めるほどなのです。実際にトリスタンお兄様がここに来る前から……ここに来る人の気配を感じ取っていましたから」
「ほう、それはすごいな。俺の使用人になるかい?」
「ふふ、ご冗談を」
リリアは笑顔だった。しかし、リリアの背後から黒く禍々しいオーラ的な奴があふれ出てきていた。
「ハハ……じょ冗談だよ。だから、その禍々しいオーラ的な奴をしまってくれないか?」
「たとえトリスタンお兄様でも許しません。ニールは私のお気に入りなのですから」
「本当に冗談だからね? 怖い笑顔やめて? そんな気配を読めるような使用人を雇い入れたら……俺が逃げられなくなっちゃうだろ?」
「まったくトリスタンお兄様いい年なんです。使用人から逃げたりしないでください。はぁーお兄様がしっかりしてくれたら」
「それは申し訳ないねぇー」
「まったくですよ。本当にまったくです。直近では言うなら……トリスタンお兄様がアーレスパーティーに来てくれていたら、私の気苦労も随分と減ったのに」
「あぁー悪かった。悪かった。ごめんなさい」
「もう終わったことなんでいいですが……まったく」
「お話し中、失礼します。お紅茶です」
会話が切れる頃合いを見計らっていたニールがリリア達に声を掛けて、紅茶が注がれたティーカップをリリアとトリスタンの前にコトリと置いた。
「ありがとう」
「うむ、すまないね」
リリアとトリスタンはニールに礼を言うと一旦会話をやめた。
そして、ほとんど同じ仕草でティーカップを持ち上げて紅茶の香りを楽しみ、紅茶を一口飲んでいった。
トリスタンはもう一口紅茶を飲んだところでニールへと視線を向けて口を開く。
「お世辞抜きにしても紅茶の淹れ方が上手だね。その歳……君……ニールと言ったけ? いくつなんだい?」
「八歳です。秋には九歳になりますが」
「八歳でこれだけ紅茶の淹れ方がうまいのかい。驚きだね」
「ありがとうございます」
「君……本当に八歳? 年齢偽ってない?」
「? 本当に八歳ですが」
「そうか。まぁいいやありがとう」
ニールはトリスタンとの会話を終えると、何食わぬ顔でリリアの後方一メートルのところに戻った。
ただ、この時にニールは動揺からか……外に聞こえてしまうのではと思うくらいにドクドクと心臓が動いていた。
ちょっとヒヤッとしたなぁ。
確かに八歳に見えないか?
もう少し子供っぽく振舞った方がいいだろうか?
俺が転生者であるとバレたら面倒なことになりそうだし。
そう、異端な者が弾かれるのはどこの世界でも一緒だろうからな。
ニールがそんなことを考えていると、リリアはティーカップを机に置いて笑う。
「ふふ、何言っているのです? お兄様。ニールはどう見ても小さい子供じゃないですか? 確かに大人っぽいところはありますけど」
「見た目は八歳に見えるんだけど。会話の仕方が大人ぽいなと思ったんだよ。まぁーそれだけ」
「私のニールはこのままでよいのです。それより、お兄様は? お父様から何かお話があった。だから、私のところに来た? 違いますか?」
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