第27話 企み(姉妹たち)
青色の艶々した体表を持つ三十センチほどのカエルの変異体を追いかけていたハクは、見知った気配を感じ取ると、カエルを追いかけるのを止めて建物の壁面に張り付いたままじっと廃墟の街を見下ろした。
銃声が建物に反響して聞こえてくると、ハクは向かいの建物に糸を吐き出して足場をつくり、逆さの状態で移動する。その間も騒がしい銃声は聞こえ続けていた。
地上では、鳥籠〈姉妹たちのゆりかご〉の警備隊に所属するユイナとユウナが、鳥籠の襲撃を企てていたレイダーギャングの戦闘部隊を追い詰めていた。が、ある地点までやってくると、大小様々な瓦礫が転がる道路で敵の姿を見失ってしまう。
「ユウナ!」ヒスイ色の瞳を持つユイナが銃声に声を掻き消されないように叫んだ。「私は部隊の半分を連れて他の道を探す! それまでユウナはここで敵の注意を引きつけておいて!」
「了解!」
菜の花色の瞳を持つ女性は返事をすると、遮蔽物の向こうに潜んでいた略奪者たちに向かってフルオートで弾丸をバラ撒いた。
射撃のあと、ユウナは遮蔽物の向こうから機関銃の掃射を浴びて身動きが取れなくなる。彼女と一緒に行動していた姉妹たちも瓦礫の陰に身を隠しながら、攻撃の機会を窺っていたが、敵は断続的に射撃を続けていてどうすることもできなくなっていた。
銃弾を雨あられと撃ち出している重機関銃が立てる嫌な射撃音が鳴りやむのを待ってから、ユウナは瓦礫の隙間から敵の状況を確認する。
略奪者たちは元々この場所まで逃げてくる計画を立てていたのか、あちこちに伏兵を潜ませていたようだ。
姉妹たちの動きが止まったことを確認すると、略奪者たちは部隊を横に広げて、瓦礫や地面にできた溝を利用しながら姉妹たちを包囲するために移動を始めた。
ユウナが敵の進行方向に向かって手榴弾を投げ込むと、炸裂音と共に略奪者たちの怒鳴り声が聞こえてきた。が、そんなことはお構いなしに姉妹たちは砂煙が立ち込める溝に向かってアサルトライフルを乱射する。
と、数人の略奪者が飛び出してきたかと思うと、肩に担いでいたロケットランチャーを彼女たちに向けた。数秒も経たないうちにユウナたちが隠れていた遮蔽物に向かってロケット弾が飛んできて、あちこちで爆発しながら砂煙を立てていった。
そのなかには、まるで水面を跳ねる小石のように、路面を滑りながら飛んでくるロケット弾も確認できた。
騒がしい破裂音が聞こえなくなったかと思うと、今度は機関銃による掃射が始まる。
「このままここに留まっているのは危険だ!」
姉妹のひとりがユウナに向かって叫ぶが、そんなことは言われなくても分かっていた。攻撃が激しさを増している最中、ユウナは負傷した仲間を引き摺って放置車両の陰に隠れた。
そこに手榴弾が飛んできた。彼女は仲間を抱いたまま地面に伏せる。けれどその手榴弾は不発だった。安心したのも束の間、さらにもう一発飛んできた。ユウナは地面を這うように素早く移動して手榴弾を掴むと、敵に向かって投げ返した。
破裂音と共に無数の金属片が敵に降りかかり、略奪者たちの攻撃が一瞬止まる。
「ここは危険だ!」
姉妹のひとりがユウナの身体を引っ張るように持ち上げると、彼女は負傷していた仲間に手を伸ばした。
「諦めろ! 彼女はもう死んでる!」
姉妹のひとりは側頭部を撃たれていたのか、すでに息をしていなかった。
「クソ!」
ユウナは立ち上がるとライフルを肩付けして、怒りに任せて銃弾を撃ち込もうとする。そこに無数の銃弾が唸りながら飛んできて、ユウナたちを包囲しようとしていた敵に直撃していく。それは敵の側面に移動したユイナたちからの掩護射撃だった。
ユイナたちが一斉射撃を浴びせるたびに、略奪者たちは散り散りになって後退する。が、まだ諦めていないのか、後方の部隊と合流して攻撃の機会を窺っていた。
鳥籠にいる姉妹たちに支援を要請しようと考えていたときだった。高層建築物の上階から真っ白な蜘蛛がふわりと飛んできて、略奪者たちのど真ん中に着地する。
錆びついた鉄板を加工して鎧のように身につけていた男は、ハクが目の前に現れると恐怖で身体が動かなくなってしまう。それがなんなのかは分からなかった。けれど死に対する恐怖で眩暈がして吐き気を催すと、思わず口元を押さえた。
白蜘蛛が脚を振り抜くと、男の胴体は鉄板もろとも両断される。口元を押さえていた男は遠のく意識のなか、どうして地面が接近しているのか理解できずにいた。
「化け物だ!」
恐慌状態になった略奪者たちのひとりが機関銃を出鱈目に乱射する。
ハクはすぐに飛び上がって銃弾から逃れたが、その場に集まっていた略奪者たちは、仲間が撃ち込んだ銃弾を受けてバタバタと地面に倒れた。ショック状態で身体の力が抜けて立ち上がれない者もいたが、数人はハクに銃口を向けて攻撃を継続しようとしていた。
ハクは音もなく着地すると、手頃な瓦礫に向かって細い糸を貼り付ける。そして触肢で器用に糸を操ると、倒れていた略奪者に瓦礫を叩きつけた。ぐしゃりと頭部が潰れて体液が飛び散ると、ハクは糸を引っ張って瓦礫を持ち上げ、別の略奪者に向かって瓦礫を投げつけた。
ハクの登場で通りは凄惨な殺戮現場に変わる。略奪者たちの悲鳴と銃声が木霊していたが、ハクは退屈な作業を早く終わらせようと、次々と略奪者たちを手に掛けていった。
双子のユイナとユウナがまとう気配と匂いは覚えていたし、姉妹たちはみんな同じような気配だから、間違えて攻撃するようなこともなかった。ハクはユウナたちが何をしていたのか早く訊ねたくて、片手間で作業をこなすように略奪者を殲滅する。
敵対的な生物がいなくなると、ハクは倒壊していた建物の瓦礫に飛び乗って周囲を見渡す。何者かに監視されているような、そんな嫌な気配がしていたが、それもすぐに消えてなくなった。
「ハク、支援に感謝します」
ユイナが警戒しながらやってきて丁寧なお辞儀をすると、ハクは道路に飛び降りて、ユイナの側にトコトコと向かう。
『てき、いないよ』
「ええ。ハクが倒してくれましたから」と、彼女は綺麗な顔で微笑んだ。
「ハクぅ!」ユウナが駆け寄ってくる。
「久しぶりだな!」
『けが、した?』
ユウナはハクの触肢にペタペタと触られながら頭を横に振った。
「これは姉妹の血だ。私のじゃない」彼女は戦闘服についた染みを見ながら言った。
『たいへん?』
ハクは遠くからこちらを見つめていた姉妹たちの姿を確認する。
「そうだな。大変だ」ユウナはうなずいて、それから訊ねた。
「ところで、ミスズたちとは一緒じゃないのか?」
『ん。ハク、さんぽ』
「散歩してたのか……」
「ずいぶん遠くまで来たのね」
ユイナがそう言うと、ハクは地面をベシベシと叩く。
『たからもの、さがす』
「遺物のことかな……? 残念だけど、ここにはゴミしかないわ」
ハクはその場でトコトコと身体を回転させると、パッチリした眼で周囲を見渡す。道路に沿って建ち並ぶ高層建築物からは、多数の生物の気配は感じられたが、ハクが気に入りそうなモノが置いてある店はなさそうだった。
『なに、してた?』
ハクの質問にユイナが答える。
「教団にそそのかされたレイダーギャングを始末していたの」
『しまつ』
なぜかハクは興奮して腹部を震わせる。
「想定していたよりも数が多くて、被害を出してしまったけど……」
「これからレイダーたちの拠点を叩きに行くんだ」と、ユウナが言う。
「よかったら手伝ってくれないか?」
ハクは暇だったが、少し考えるフリをして、それから言った。
『……ん。てつだう』
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