第20話 果実(ハク)
多脚型戦闘車両〈ウェンディゴ〉の屋根に乗っていた白蜘蛛のハクは、〈ジャンクタウン〉の周囲に広がる鬱蒼とした森をじっと眺めていた。今日はレイラとミスズ、それにジュリと一緒にジャンクタウンまで来ていたが、レイラたちが買い物する間、暇になるので森を散策する予定だった。
ハクは車体をトントンと軽く叩いて、家政婦ドロイドからウェンディゴに意識を移動させていたウミに声を掛けると、近くの樹木に向かって一気に跳躍する。
この森でしか手に入らない甘い果実を食べることを散策の目的にしていたが、森の状況は刻々と変化するので、興味を惹くモノを見つけたら調べようと考えていた。
樹木の幹に絡みつく色とりどりの植物を見ながら、トコトコ移動していると、あちこちから鳥の囀りと風に揺れる草木の音が聞こえてくる。まるで熱帯雨林に迷い込んだみたいだ。
辺りは樹木が密集していて、廃墟の街を移動するときのように糸を使って建物の間を素早く移動することはできない。けれど、植物や土の匂いを嗅ぎながら地上を散歩するのも好きだったので、ハクは移動の不自由さを少しも気にしていなかった。
人間が近づかない森の深い場所まで来ると、大昔に墜落したと思われる航空機の残骸に覆いかぶさるように、立派な大樹が立っているのが見えてくる。目的の果実は複雑に伸びた枝に実っていた。ハクは航空機の残骸に飛び乗ると、触肢を使ってリンゴに似た真っ赤な果実をもぎ取っていく。
ビワのような柔らかな果肉をムシャムシャと咀嚼して、果実の甘さを楽しむ。大樹の幹には旧文明期の装置や、人間の骨が埋まっているのが見えたが、それがハクの関心を引くことはなかった。
と、見知った気配を感じ取ると、ハクはいくつか余分に果実をもぎ取って、大樹の側を離れて鬱蒼とした森に入っていく。
森で暮らす野生動物が怖がって混乱しないように、ハクは気配を消して移動していた。しかしそれでも周辺一帯の動物は白蜘蛛の存在を察知すると、慌てて逃げていくので、ハクが森の中で生物に出会うことはなかった。
もちろん、敵対的な変異体とは遭遇することはあったが、ハクが散策する場所に出没していた昆虫型の危険な変異体はすでに処理していたので、襲われる心配はしていなかった。
しばらく移動すると、武装が施された無骨なヴィードルが停車しているのが見えてくる。錆びついた深緑色の装甲を持つ軍用多脚型車両は、ジャンクタウンの警備隊を率いているヤンとリーが搭乗する車両だった。その
コクピットには迷彩柄の戦闘服に飴色の首巻をしたヤンとリーが座っていて、ヤンは草陰から現れたハクの姿を見つけると、操縦席から立ち上がりながら言う。
「よう、ハク。今日はレイたちと一緒じゃないのか?」
『ん』
ハクは果実を咀嚼しながら言う。
『レイ、かいもの』
真っ白な体毛を果汁でベトベトに汚していたハクを見ながらリーは言う。
「ハクはいつものように森の散歩を楽しんでいたのか?」
『おいしい、みつけた。たべる?』
ハクが真っ赤な果実を差し出すと、リーは笑顔を見せる。
「気持ちは嬉しいけど、その果実には恐ろしい毒があるんだ。だから俺たち人間は食べることができないんだ」
『ざんねん』
ハクはそう言うと、果実を口に放り込んでムシャムシャと食べる。
「ところで」と、ヤンが言う。
「この辺りで怪しい奴らを見なかったか?」
『あやしい……?』
「ああ。俺たちはここで、鳥籠にやって来る行商人を襲っているレイダーギャングの一味を探していたんだ」
『あやしい……れいだー?』
ハクは周辺一帯に不自然な気配がないか慎重に探って、それから言った。
『いっしょ、さがす』
白蜘蛛が樹々の間に分け入ると、ヤンとリーは顔を見合わせて、それからハクのあとについていくことに決めた。
「ハクの姿を見たら驚くだろうから、残りの隊員には別の場所を捜索させるよ」
リーの言葉にヤンはうなずいた。
「そうだな……捜索隊の半分は鳥籠の警備に戻ってもらってもいいかもしれない」
森を知り尽くしていたハクは、怪しい気配がした場所に向かって迷うことなく移動していた。先程から感じている気配は、人擬きのモノでも昆虫型変異体のモノでもなく、明らかに人間のそれだったが、普段は人間が絶対に立ち入らない場所から気配がしていた。
「標的は廃墟の街での縄張り争いに負けた弱小集団だ」ハクのとなりに多脚車両を移動させたヤンが言う。「ハクの脅威になるような武器は持っていないはずだけど、何があるか分からない。レイダーを見つけたら、まず俺たちに報告してくれないか?」
『ん。もうすぐ』
「もうすぐ?」リーは首をかしげる。「もう奴らを見つけたのか?」
『あそこ』
ハクが長い脚で示した場所には、落葉樹の巨大な葉とつる植物に覆われた廃墟が建っていた。人間の手によって意図的に擬装された痕跡が確認できたが、人間が潜んでいるようには見えなかった。
「あそこに何があるんだ?」
ヤンの問いに、ハクはベシベシと地面を叩く。
『あやしい』
「ここがレイダーたちの隠れ家なのかもしれないな」と、リーは言う。
「偵察してくるから、ヤンとハクはここで待機していてくれ」
かれは旧式のアサルトライフルを肩に提げると、ヴィードルを降りて、顔の高さまで伸びた草むらの中に入っていった。泥でぬかるんでいた地面に足を取られないように慎重に歩いて、やっと建物の側に到着すると、廃墟の壁に張り付いているハクの姿が見えた。
もしもそこにいたのがハクじゃなくて、危険な大蜘蛛だったら、あまりの恐怖にリーは声を上げていたかもしれない。しかし不思議なことに、突然現れたハクの姿を見ても驚くことはなかった。
『てき、みつけた』
ハクの声を聞きながら、リーはガラスのない窓枠から薄暗い室内を確認する。人の姿は確認できなかったが、廊下の先にある部屋から明かりが漏れているのが見えた。略奪者たちはそこにいるのだろう。
まともな護衛を雇うことのできない行商人だけを標的にしているような集団なので、ハクの手助けがあれば簡単に制圧できるかもしれないが、油断することなく対処することにした。
リーから連絡を受けたヤンは、ヴィードルを建物の反対側まで静かに移動させて、廃墟の裏口に陣取る。これで逃げてきた集団を一網打尽にできるはずだ。
ハクは植物が絡みつく建物の屋上に向かうと、崩れた天井から建物内に侵入して、暗闇に潜んでリーからの攻撃の合図を待った。
リーが窓枠を跳び越えて薄暗い建物に入ると、略奪者たちが談笑する声が聞こえてくる。まさか襲撃されるとは考えてもいないのか、見張りの人間も用意されていなかった。
扉のない部屋の前まで来ると、リーは音を立てないように部屋の様子を確認して、略奪者たちの正確な数を確認していく。それが終わると、手榴弾のピンを抜いて、部屋の中に放り投げる。
炸裂音のあと、攻撃を生き延びた略奪者たちが部屋の中から出てくる。状況を理解していないのか、彼らはひどく混乱していたが、数人は武器を手にしていて危険な状態だった。
リーは裏口に逃げていった略奪者たちを無視して、武器を所持していた人間を優先的に攻撃していった。危険な場面もあったが、途中から戦いに参加してくれたハクのおかげで、あっという間に敵を殲滅することができた。
「助かったよ、ハク。大活躍だったな」ヤンは笑顔を見せた。「今は何もしてあげられないけど、次にハクがジャンクタウンに遊びに来くるときまでに、何か特別な贈り物を用意しておくよ」
『おくりもの?』ハクは身体を斜めにかたむける。
「たとえば、ハクの好きな果物をたくさん用意するとか、どうだ?」
リーの言葉を聞いて、ハクは興奮して地面をベシベシと叩いた。
そうしてレイラのあずかり知らないところで、ハクはおやつの果実をたくさん手に入れることができるようになった。ジャンクタウンの警備隊は、森の巡回警備をする際には、果実を収穫することになっていたが、それがハクのためだと知る人間は少なかった。
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