第22話 金剛
その鹿目が振るった太刀の一撃を、黒いスカジャンを着た
痺れを
「あああ、もう! 阿形! 今ので仕留めろよ!」
「……五月蝿い」
文句を言われた阿形はすまし顔だ。
吽形は、一瞬で勝負を決めるつもりだったのか怒り心頭で、近くの車のボンネットを殴り、苛立ちを隠さない。
殴られたのは、鹿目の愛車のシエンタだった。酷い音がした。
可哀そうに、自損事故でも起こしたように、巨大な
「オイコラ!! お前ら! 物に当たるのは止めなさい!」
手にした太刀を放り出しそうになって、鹿目は懇願する。
何故に俺の車に執着するのか?
俺への精神攻撃なのだろうか?
だったらとても効いている。今すぐ止めてもらいたい。
さっきから殴るは蹴るは、鹿目の車はボコボコになっていく。せっかくピカピカになる段取りが出来ていたのに、振り出しに戻ってしまいそうだった。
――きっちり落とし前をつけさせてやる。
鹿目は雲の上にいる神様に誓った。
「ああ? ボロボロじゃん、殴ったらダメなのかよ?」
吽形が言った。
阿形に比べて態度がデカイ。
明るいストレートの髪が鬱陶しいのか、やたらと気にしている。神経質なのかも知れない。横に居る阿形は、対照的な黒髪のオールバックだ。いや、リーゼントといったほうがよい。鋭い目つきで鹿目にガンをくれていた。
第一印象通り、二人は間違いなく田舎のヤンキーだ。奈良のヤンキーは、皆こんなんだと推測できる。農道ですれ違うとしたら、下を向いて、肩がぶつからないように注意しなくてはいけない。
しかし鹿目は、自分の方から絡んでいった。
命知らずである。
「法隆寺といい、お前らといい、俺の車に八つ当たりしやがって! 駄目に決まっているだろうが! 物に当たるんじゃねえ!」
「……よく喋る神使だ」
と言って阿形が、数メートルの距離を何の予備動作もなく滑った。まるで、瞬間移動をしたような錯覚がする。
懐に入られてしまった鹿目は、慌てるが遅かった。脇腹に強力な一撃を貰ってしまう。たまらずよろめいた。
そこに隙ありとばかりに、二擊目、三撃目が襲ってくる。しまいには、吽形もやって来て、拳の雨を降らせた。鹿目は太刀を、もう一本レインコートから取り出して、必死で防戦する。
金属と金属がぶつかり合う、激しい音が響いた。
「
吽形がそう叫ぶと、拳の周辺が眩しく光を放った。ストロボを連続でたいたように、短い時間で明滅を繰り返す。
その輝く拳で鹿目に殴りかかった。
まともに見ることも出来ないような強い光だ。三人の影が、何度も何度も交差した。
太刀を合わせようとして、鹿目はしくじる。左の頬に衝撃を感じると、そのまま身体が宙を転がって、捻れるようにして地面に倒れた。
――ヤバイ!
鹿目の意識は飛びそうになるが、身体に電気が流れたような感覚がした。そのせいで、気を失う事はなかった。だが、痺れてしまって自由に身体が動かせない。仰向けで、上半身を起こそうとすると、阿形が来て鹿目の腹を強く踏んだ。
――うげ! こ、こいつはヤバイぞ!
鹿目は、左手に持った太刀の腹を、阿形の足裏に咄嗟に挟み込んで防御したが、次の攻撃が躱せそうにないと思った。それに重い。阿形の足が信じられない位に重かった。
そこに、ふらっと菜月が現れた。
手に紙を持っている。
何かを思い出して、鹿目を追い掛けて来たのに違いない。
踏まれている鹿目を見て、短い悲鳴を上げた。
菜月のラーメン屋は、そこそこ交通量のある道路に面しているが、裏側は、砂利が敷き詰められた青空駐車場と田んぼしかなかった。田んぼの向こうに家々が見えているが、そこまでは菜月の声は届かない。
鹿目の身体が軽くなったと思ったら、阿形が菜月に向かって走り出していた。
走りながら阿形の手が眩しく輝き出す。
無理矢理身体を起こした鹿目は、這いずるように追い掛けるが、とても間に合いそうになかった。
阿形が菜月の横を駆け抜けると、風圧に負けたように菜月の身体が後ろに飛んで倒れた。それから、ピクリとも動かない。
――鹿目征十郎はブチ切れた。
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