33.無いモノねだり
凛々果は叶音に挨拶をしながらも、詩音の視線の行く先を辿っていた。スッと凛々果から視線を逸らした詩音の目は不自然に上に行って、下に行って、そして吸い寄せられるように乃慧琉達に向かった。
「おはよう、叶音と乃慧琉ちゃん」
背後から飛びついてきた友達の叶音と、最近知り合った乃慧琉に朝の挨拶をする。凛々果に声を掛けられた乃慧琉は人見知りを炸裂させたような固い顔をして、目も合わさず凛々果に小さくお辞儀をするように頭を下げた。
「おはよう…凛々果ちゃん」
俯きがちな乃慧琉の挨拶はぎこちない。
「お、おはよー、高岡さんと
続く詩音の"おはよう"もぎこちない。またこの雰囲気だと凛々果は心の中で思う。詩音はいつも決まって乃慧琉の姿を前にした途端に変になる。それを見ると心臓の辺りがむず痒くなってムカムカするから、乃慧琉と話す詩音の姿を見るのが嫌いだった。
「いつもりりぃと二人で学校まで来てるの?」
凛々果の腕を取って訝しげな顔をした叶音は不審者を見るみたいな目で詩音を見た。
「いや、いつもじゃないよ」
凛々果にベッタリと引っ付いて離れない叶音から発生する圧は凄まじい。勘違いをされたくない詩音は慌てて首を左右に振る。凛々果が朝練の時とか、どちらかが遅刻した時とか、龍心を入れて三人の時もあると説明すれば「ほぼ毎日じゃない!」と凛々果から離れた叶音が眉を
「週に三回ぐらいかな…」
弱々しくボヤいた詩音だが、相変わらず叶音の勢いに押されて声が小さい。
凛々果は少しだけうんざりとした気持ちで叶音を左側に、気まずい顔をしてる詩音を右側に、ずっと俯いたままの乃慧琉を添えて駐輪場に自転車を置いた。その間にも叶音は、詩音へ矢継ぎ早に質問をぶつけている。
「あんたは乃慧琉を狙ってるの?それかりりぃ?」
「…え?狙ってなんかないよ」
「それなら思わせぶりな事はあんまりしない方がいいんじゃない」
「そんなの御堂さんが決める事じゃないと思うんだけど…」
「は??」
言い返したは良いものの、詰め寄られて困惑している詩音をよそに凛々果は乃慧琉をチラリと見た。地面を眺める乃慧琉は何も言わずに鞄と何か服のようなものが入った紙袋を両手で大事にそうに持って歩いている。
「今日のお昼、一緒に食べようよ」
乃慧琉の肩を叩いてそう誘ってみた。ふっと顔を上げた乃慧琉は驚いてこちらを見たが、その表情は嫌そうではない。
「いつも私のクラスか中庭で叶音と食べてるんだけど、乃慧琉ちゃんもどう?」
「…本当に?いいの?」
「もちろん。今日は晴れてるし中庭で食べると思うから、お昼に乃慧琉ちゃんの教室に迎えに行くね」
「うん、ありがとう」
詩音と叶音が妙な言い合いをしている隣で、凛々果は乃慧琉と可愛らしい約束を取り交わした。
そしてクラスの違う乃慧琉と詩音とは校舎の途中で別れた。二人と別れるなり、叶音は不満そうに詩音の背中を睨む。
「ああいう優柔不断な感じの男って嫌い。ずっとオドオドしてる感じが本当にムカつく」
「詩音どころか、叶音はほとんどの男の子が嫌いでしょ」
「そうでもないよ。
「あぁ、確かに有馬くんはかっこいいね」
気の強い叶音は基本的に男の子に優しくないけれど、自分達と同じクラスの龍心には普通の態度で接する。だけど凛々果から見れば女の子達は皆ほとんどの子が龍心に優しい。性格が良く朗らかで、勉強も出来て運動もそれ以外のこともそつなくこなしおまけに、…いや、おまけどころか龍心はその辺の生徒よりも抜群に顔がかっこいい。文武両道でイケメン、役満みたいな人間がいれば誰だって好きになるんじゃないのかな。
「顔っていうよりも、有馬は人間がかっこいいよ」
叶音はそう言うけど、結局みんな顔なんだと思う………あれ、いつもならそんなこと思ったりしない。だけど今朝は何故だか心が
詩音が乃慧琉に優しいのも乃慧琉がモデルのように可愛くて胸も大きいからだし、頭が良い子なんてそれなりに居るのに、その中で女の子達が龍心を選び持て
でも自分はどうだ。
乃慧琉みたく抜群に整った容姿でもないし、スタイルが良いわけでもない、だからといって要領が良いこともなく、取り柄といえば元気な所と部員でもあるラクロスだけ。
「りりぃ、お昼ご飯一緒に食べようね」
小学校の頃からの幼なじみである叶音は凛々果の腕を取って甘えるように言った。それに対して凛々果は空気の抜けたボールのような空返事を返す。叶音は不思議そうに凛々果に視線をやった。
「凛々果?なんか変だよ、大丈夫?」
みんな、それぞれ主人公みたいなのに自分は違う。みんな強いのに、自分だけ弱い。
「…………」
もし詩音が乃慧琉を好きだったらどうしよう。そう考えるだけで、凛々果は自分の世界が崩れていくような気がしてならなかった。
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