第176話
氷の魔神が、王国軍へと向かって中央通りを突進してくる。
そこに最初に攻撃を放ったのは、十人ほどの宮廷魔術師たちだった。
「「「──
呪文の発動とともに、彼らの脇に配置されていた台車から、
次いで、それらが弩から射出される
目標は当然、豪速で迫りくる氷の魔神だ。
驚いた氷の魔神はとっさにブレーキをかけ、同時に左手を前方へと掲げてくる。
その指に輝くのは「
それを見て、宮廷魔術師たちは、してやったりとほくそ笑む。
使う価値があるとすれば特定の敵をピンポイントで狙いたいときぐらいだが、それならばより消費魔素の少ない初級呪文、
ゆえに、通常は戦場で使われることなどない欠陥攻撃呪文として見向きもされないのだが──今回ばかりは話が別だ。
消魔の指輪による魔法消去空間は、装備者の周囲五メートルほど。
だが、失われるのは魔力のみで、すでに与えられたベクトルは失われないのだ。
大きな重量を持った武器類が、慣性のままに氷の魔神に殺到する。
「──っ!?」
──ドゴガガガガガァンッ!
氷の魔神は、それでもさすがの反射神経で横っ飛びして回避をしたが、完全には間に合わない。
片腕を大剣の刃がえぐって血を噴き出させ、片脚には岩石が直撃して大打撃を与えた。
強固な氷の鎧のせいで、四肢を再起不能にするほどのダメージはないようだったが、その一時、よろけた氷の魔神は地面に片膝をつく。
そこに──
「「「──オォオオオオオオオッ!」」」
軍馬にまたがった王国の精鋭騎士たち数十騎が突進した。
馬の突進力を利用した馬上槍による一撃や、魔力によって攻撃力が増した魔法の武器による攻撃は、強固な氷の鎧をも貫き、あるいは断ち切り、氷の魔神にどうにかダメージを与えていく。
だが氷の魔神も、やられる一方ではない。
体勢を崩しているにもかかわらず、歴戦の精鋭たちの攻撃をさばき、いなし、わずかな隙でもあれば反撃を叩き込む。
向かっていった騎士たちのうち、何騎かは氷の魔神の拳を受けて吹き飛ばされ、周囲の住居の壁に激突して動かなくなっていた。
あるいは、馬を攻撃されて落馬し、地面に転げた者もいる。
氷の魔神と交差し、反対側へと駆け抜けた騎士たちが、倒れた仲間たちの姿を見てわずかな動揺を見せたが──
「怯むな! ダメージは与えている! この戦い勝てるぞ!」
国王アンドリューが騎士たちに檄を飛ばす。
その声で再び奮い立つ騎士たち。
彼らはいま一度、突進しようとするが──そのとき。
「なっ……!」
「何だ、あれは……!?」
──ずりゅっ、ずりゅりゅっ。
騎士たちが与えた、あるいは
その傷口から生えた肉塊は、太めの鞭のように伸びていって、ゆらゆらと蠢き始める。
植物型モンスターの蔦のようにゆらめくそれは、「触手」と呼ぶのが適切な形状だった。
国王アンドリューと騎士団長ディランが、それを見て苦笑する。
「化け物め。ああ次々と進化をするのは、こっちの心を折りにきているのか」
「だとするなら、先方の思い通りに折られてやるわけにはいきませんよねぇ。ダメージを受けての苦し紛れの何かだと思いましょうか」
「ディラン、お前いいこと言うな。それ採用。──見ろ! やつは苦しみのあまり触手をお漏らししたようだぞ! やつにおしめを替える間を与えるな!」
「「「──オォオオオオッ!」」」
騎士たちは再び突撃する。
その直前に
そして、突撃していった騎士たちも──
「うわああああっ!」
「ぐぁあああっ!」
氷の魔神の傷口から生えた何本かの触手は、騎士たちが近付いてくるとその先端を鋭利な刃のようにして、板金鎧を身にまとった騎士たちをたやすく切り裂き、貫いた。
先の交差時に倍する数の騎士たちが、ゴミのように地面に放り捨てられる。
それでも、アンドリューやディランを含めた最精鋭の騎士たちは、触手をどうにかかいくぐって武器を振るい、氷の魔神のもとを駆け抜ける。
振るわれた武器のいくつかは、氷の魔神にさらなるダメージを与えていたが──
──ずりゅりゅりゅっ。
その傷口から、さらなる触手が生えてくる。
それを見た騎士団長ディランが、ついに険しい表情で言う。
「残念。やはり強くなっているようで……」
「ダメージを与えていると思いたいのだが、そう見えんのが嫌なところだな。──ジェームズ、あれをどう見る」
アンドリューが、宮廷魔術師団長に声を向ける。
すると武器類を積んだ台車のそばにいたローブ姿のうちの一人が、前に出て返事をする。
「あの個体に関しては未知数ですが、魔族の中にはあのようにダメージを受けることにより形態を変える種もおります。それと同様であれば、あのような形態変化は確かに生命力を消耗している証で、あとはダメージが再生能力を上回っているかどうかということになるかと」
「そうか。それは朗報だが、あれの再生能力は配下の魔族を食う前の段階でも相当だった気がするな。何より、削り切る前にこっちの戦力が尽きそうだ。──まだ息のある者は回収して、従軍司祭たちに治癒させたいところだが、さて」
アンドリューが見るのは、氷の魔神の拳や刃に撃たれ倒れていった騎士たちの姿だ。
騎士団長ディランも細い目を薄く開き、戦況を見すえる。
「……まいりましたねぇ。私たちが負けるというのは、この国の滅亡とほぼ同義なんですけど」
「確かにまいったな。少数精鋭で来たのは間違いだったか?」
「いやぁ、頭数だけ揃えたところで、場が混乱する上に死体の数が百倍に増えただけでしょうに。あれは一定以上の力を持った者でないと、傷ひとつ与えられないでしょう」
「だよなぁ」
「ま、この戦力でやってみせるよりほかはないでしょうよ」
「そういうことだな。──ジェームズ、俺に何かあったら、あとの指示出しは任せる」
「……分かりました。ですが、そうならないよう最善を尽くしましょう」
国王から命を受けた宮廷魔術師団長ジェームズは、そう言って自らの持ち場へと戻る。
国王アンドリュー、騎士団長ディランはともに魔法の剣を携え、軍馬の手綱をしっかりと引いた。
そこに向かってくるは、刃のような触手を何本もゆらめかせた、一体の魔神。
ずしゃ、ずしゃと大地を踏みしめ、ゆっくりと近付いてくる。
三度目の
それにも構わず、アンドリューは街全体に響くような声で号令をかける。
「勇者たちよ、俺に続け! あの最悪の魔王を倒すのは、俺たちをおいてほかにないぞ!」
「「「──オォオオオオオッ!」」」
王国軍の精鋭騎士たちが三度目の突撃を仕掛けようとする。
そして、氷の魔神が悠然と迎え撃つ構えを取った、そのとき──
「──お父さん、どいて!」
どこかから、ボーイッシュながらも可憐な少女の声が聞えてきた。
「アイリーンか!」
アンドリューが見上げれば、曇天の空には急速に迫りくる巨大な赤い影。
それは竜──レッドドラゴン。
竜が方向転換のために斜めになって飛べば、その背には三つの小さな人影が跨っているのが見える。
巨大な赤い飛翔体は、みるみるうちに戦場へと近付いてくる。
その上から、再び少女の声。
「お願い、イルドーラさん!」
『任せい!』
火竜は氷の魔神に向かって口を開く。
その奥には煌々とした灼熱色のエネルギーが渦巻き──
──ゴォオオオオオオオッ!
竜の口から、まるで光線のような劫火が放たれた。
それが中央通りの石畳を舐めれば、一瞬にして溶岩へと変え、そのままに氷の魔神へと迫り──
一瞬の後、
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