第147話
ロックワーム退治を終えて街に戻った俺たちは、市長の屋敷まで報告をしに行って、事実確認の後に報酬を受け取った。
報告の場にはグレン、セシリアの二人組もいた。
そして報酬受け取りが終わった後、俺はグレンから酒場に誘われた。
何が悲しくてこの男と一緒に飲まなければならないのかとも思ったが、後学のために異なる価値観を持つ人間の話を聞いてみるのも悪くないと考え、俺は誘いに乗った。
それから酒場で、彼と談義をした。
グレンの希望で、セシリアを含めた女性陣とは一度別れ、男二人での酒飲み談義だ。
なおグレンに誘われた酒場は、鉱山都市ノーバンの酒場の中でも一等高級な店で、さらにグレンはその店のメニューの中でも高級な料理や酒を驚くほどの量で注文した。
二人だというのに四人用のテーブルが料理で埋まるほどの注文量だ。
一方俺はというと、普通にそこそこの酒と軽いつまみを注文した程度。
グレンはそれを見て、「お前ほどの男が、そういう小ささを見せるところが気に入らねぇ」とつぶやきつつ、自分はむしゃむしゃがぶがぶと料理や酒に取りかかった。
そんな中で、俺とグレンは対話をした。
話の内容は多岐に渡った。
そのうちの一つをあげるなら、例えばこんなものだ。
「ウィリアム、お前はあの三人の女、まだ一人も食ってねぇのか?」
グレンがステーキ肉を食いちぎりながら聞いてくる。
あの三人、というのはサツキ、ミィ、シリルのことだろう。
俺は少し不快な気分になりつつ返事をする。
「言いたいことは分かるが、まずその『食う』という表現をやめろ。女性に失礼だ」
「どうでもいいことに一々細けぇな。で、どうなんだよ。誰も抱いていないのか」
「ああ、その通りだ。今後そうするつもりもない」
「ってことはお前、
「違う。異性に対する欲求も願望もあるが、目的と一致しないだけだ。俺はまだまだ冒険者を続けたい」
「抱いた上で続けりゃいいだろ。何が問題だ」
そう言えばこの男はセシリアと男女の関係にあるようだが……その辺りは深く突っ込むとさらに不快な話を聞くことになりそうだ。
俺はそちらへ話を誘導することを避け、別方向に話を進める。
「キミは魅力的な異性を見たら肉体的交流を求めて当たり前だと考えているようだが、俺はそうは考えていない。同じ人間同士、互いを尊重し合う関係が第一だ」
「男がいい女を抱きたいと思うのは自然の摂理だろ。力ある男が美しい女を抱く。女だって強い種を求めて抱かれたがる。何が問題だ」
「主語を拡大しているのが問題だ。キミの感じ方に文句をつけるつもりはないし、キミを好いた女性がいるならそれも一概には否定できん。だがキミがいかに力ある存在であろうとも、キミのことを不快に思う者は多数いる。他者の尊厳を土足で踏みにじるな」
「尊重だの尊厳だの
「いや、それなら結構だ。それが本当なら、確かに俺は少しキミのことを誤解していたかもしれん。だがその過去に交流をしたという女性たちはどうした」
「あー……好きじゃなくなったから、十分な金渡して別れた。しつこいやつもその辺の壁でもぶん殴って脅せば引き下がったな」
「……前言撤回だ。どうやら俺はキミを許容することはできそうにない」
「待て待て、そう睨むな。仕方ねぇだろ。最初から愛してなかったわけじゃねぇ。でも気持ちってのは移ろうもんだろうが」
「……そうか。その点に関しては、俺もキミを非難できる立場にはないな」
「お、何だ、面白そうな話だな。聞かせろよ」
グレンが身を乗り出してくる。
俺はつい周囲を見渡し、サツキたち三人の姿がそこにないことを確認してしまう。
「……いや、別に面白い話でもない。ただサツキやシリルや、あるいはミィもだが、彼女らの魅力にときおり心を動かされることがあってな。一人の異性を一途に愛し続けるというのは、男にとってはなかなか難しいことなのかもしれん」
「ハハッ、『男にとっては』か。テメェだって主語をでかくしてんじゃねぇか」
「むっ……まぁな。その通りだ。今のは失言だった」
「くくくっ……だが少し気分がいい。テメェみたいな綺麗事が服を着て歩いているようなやつでも、やはり人間だってことだ」
「その綺麗事が服を着てというのは、セシリアも似たようなことを言っていたな。だが俺はそんなものではないぞ。もっと自分勝手な人間だ。……それでも、キミと比べると百倍程度はマシだと思っているが」
「自分勝手って言うがな。自分がやりたいようにやらないで人生何が楽しいんだよ。俺はお前らみたいな自分を倫理だの道徳だので雁字搦めに縛って生きているような人間が理解できん」
「一理はある。だがキミのように度が過ぎるのは問題だ。そしてそのような存在は社会から排除される。今だから言うが、歯車がいくつか食い違っていれば、俺はキミの存在をこの世から消し去ろうとしていたぞ」
「ほぉう、そりゃ怖い。テメェ頭の中お花畑かと思っていたが、意外と現実主義者か。見直した」
「ああ。理想主義だけですべての問題をクリアできると考えるほど愚かではないつもりだ。だがそうならずにホッとしてもいる。できる限り手は汚したくないというのが本音だからな」
「なるほど。面白ぇなお前。俺が見込んだだけのことはある」
「そうか」
──と、対話は概ねこのような調子で進んだ。
価値観が大きく異なる相手との対話は、新鮮な発見もいくつかあった。
だが互いに理解し合えるものではないなという認識も、改めて確認することとなった。
そうして二時間ほど語らった後、会はお開きとなり、グレンとは別れることになった。
特にお互い何か感慨があるでもなく、酒場の外で「じゃあな」と言って去っていくグレンに、俺が「ああ」と答えただけだった。
それから俺は、サツキたち三人との合流場所に向かう。
すると合流場所の噴水前広場には、心配そうな顔をした三人がいた。
「──ウィル、大丈夫だった!?」
サツキが駆け寄ってきて、そう言ってくる。
だが俺としては、首を傾げるばかりだ。
「……大丈夫とは、何がだ?」
「ううん、その……何だか、ウィリアムがあのケダモノと二人きりで飲んでいるんだって思ったら、色々と心配になってきてしまって……」
「ミィたちが最初に止めればよかったですけど。まぁ無事みたいで何よりです」
シリルとミィの話を聞いても要領を得なかった。
まあ気にするべきことでもないだろう。
それよりも──
「じゃ、ウィル。今度はあたしたちの番だぜ」
そう言って、サツキが俺の手を取って引っ張っていく。
シリルとミィも、前を歩いて俺をある方向へと誘導していく。
「待て、キミたちの番とは、どういう──」
そう言いながらも、俺は彼女らが誘導するままに、何となくふらふらとついていってしまう。
グレンに付き合って飲んでいたため、俺も多少酔ってはいた。
すると、前を歩いていたミィがくるりと振り返り、ニッと笑いかけてくる。
「もう忘れたですかウィリアム? ミィは言ったですよ。『この冒険が終わったら、ミィたちも勝負をかける』って」
「ああ……」
そういえば、そんな話があったような気もする。
だが勝負とは一体……。
しかしサツキに引っ張られて進む俺には、特にそれに抵抗する動機も意思もなく、彼女らが誘うままにノーバンの街の夕焼け空の下を歩いていくのだった。
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