第80話

「あたしなんかじゃウィルには釣り合わないかもしれない。正直姫さんとかのほうがあたしよりもよっぽど可愛いし、気立てもいいし、お姫様だし、ウィルにはお似合いだと思う。だけど、でも──でもやっぱり、何もしないでハイ終わりって、それだけは嫌なんだ! だから──お願いします!」


 サツキの必死の叫び。


 ──正直に言って、俺は戸惑っていた。


 そして後悔もしていた。

 聞くのではなかったと思った。

 こんなのを聞いてしまっては、どうしたらいいのか分からない。


 しかしすぐに思い直す。

 聞かなかったとしても、真実が変わったわけではない。

 そこにある想いは変わらず、ただそのほうが俺の気が楽だったというだけにすぎない。


 むしろ、聞けて良かったと考えるべきだ。

 知らずにサツキの想いを踏みにじるよりも、知って自らの意志で傷付けるほうがまだマシだ。


 ただ、なぜここでアイリーンの話が出てくるのかなど、不思議に思う部分もあった。

 彼女とは親密な友人関係にはあるが、恋愛関係にあるわけではない。

 サツキはそのあたりを勘違いしているように感じたが、しかし、それもいまは本題ではない。


 俺は一つ深呼吸をする。


 サツキの想いを踏みにじる覚悟をする。

 彼女を傷つける、そのための心の準備をする。


 いや、傷つくとは限らないだろう。

 彼女そのものを否定するわけではない。

 ただ、いまは俺の都合でその好意は受け取れないと、そういった話をするだけだ。


 だが正しく伝わるか?

 どういった切り出し方をすればいい?


「キミのその想いは受け取れない」とそう切り出してしまえば、その先の言葉が聞いてもらえるとは思えない。


 俺の考えを、彼女に正しく伝える方法を考えなければならない。


 どうすれば正しく伝わるか、考えろ。

 考えろ、考えろ、考えろ──




「──俺は『冒険』というものに、恋をしているのかもしれん」


「へっ……?」


 出てきたのは、そんな言葉だった。

 ずっと最敬礼状態だったサツキが、顔だけを上げて呆けた様子で俺を見上げてくる。


 俺はそんなサツキに向け、続く言葉を重ねてゆく。


「俺は冒険者になるために、これまでずっと努力を重ねてきた。そしてこれからも、冒険者として冒険を続けていきたいと思っている」


「あ、ああ」


「だが同じパーティの仲間と男女関係になれば、パーティ内の人間関係が崩れてパーティ崩壊の原因になりかねない。さらにもしそれ以上に深い仲、すなわち性的な関係を持って女性が子を孕むようなことになれば、もはやその男女ともに冒険者として活動を続けていくことは困難になるだろう」


「え、えっと……」


 サツキは戸惑っているようだった。

 無理もない。


 だがこの先を言わなければ、この話をした意味がない。

 俺は意を決して、その言葉を放つ。


「ゆえにサツキ。気持ちは大変嬉しいし、俺はサツキのことは魅力的な女性だと思っているが、申し訳ないがキミのその好意は、いまの俺には受け取れない。すまん」


 俺はサツキにそう言って、小さく頭を下げた。


「…………。……そ、それってつまり──」


 サツキがおそるおそる、窺うように俺の顔色を見てくる。

 そして彼女はこう言った。


「あたし、姫さんでも、ほかの誰にでもなく──『冒険』に負けたってこと?」


「……まあ、そうか。そうだな。そういうことになるか」


 サツキの表現はなかなかに的を射ており、妙味があると感じた。


「なっ……なっ……なんじゃそりゃあああああっ!」


 サツキのその叫びは、夜のエルフ集落に高々と響き渡ったのだった。



 ***



 そして、エルフの長老の家で一泊を過ごした、その翌朝。


 俺が朝起きて出立の準備をし、サツキたちに与えられた別室へと向かうと、その途中の廊下でサツキ、シリル、ミィの三人と遭遇した。


「……っ!」


 サツキはびくっと跳ね上がるようにして、それから隠れるようにシリルの後ろに逃げた。

 そしてシリルの背後から、半身だけを覗かせるようにして俺のほうを見てくる。


「お、おはよ、ウィル」


「……ああ、おはよう」


 ひとまずサツキと挨拶を交わす。

 どう接したものだか、少し戸惑った。


 するとサツキの隠れ蓑にされたシリルが、ふっと苦笑した。


「聞いたわよ、ウィリアム。あなたらしいっていうか何ていうか」


 シリルのその言葉に、俺は事態を把握する。

 あの話をしたあとサツキは部屋に戻って、シリルと、おそらくミィにも昨日の件について話をしたのだろう。


「そうか。どう伝わっているか分からんが、俺が昨日サツキに話したことは偽らざる俺の考えであり、本心だ」


「でしょうね。そこは誰も疑ってないわ。──ほら、サツキ、言いたいことあるんでしょ?」


「お、おう」


 シリルが促すと、彼女の後ろに隠れていたサツキが、おずおずと前に出てくる。

 そして、


「あ、あのさ、ウィル」


「ああ」


 簡単な受け答え。

 サツキは口を真一文字に結び、真っすぐに俺を見上げて、こう言ってきた。


「あたし、諦めねぇから! いまは無理でも、いつかウィルのこと振り向かせてやるから。覚悟しとけよ」


「あ、ああ……」


 俺はその勢いに気圧されていた。


 正直、予想外の言葉だ。

 そう言われても、こちらとしてはどうしたものか……。


 だがそのサツキの後ろから、さらなる伏兵が襲い掛かってきた。

 ミィがサツキの後ろについて、その空色の着物をくいくいと引っ張る。


「んあ? 何だよミィ。ウィルに迷惑だからやめろってか?」


 振り向いたサツキにそう言われて、ミィはぶんぶんと首を横に振る。


「違います、そうじゃないです。ただ、ミィが言いたいのは──その戦い、サツキだけの戦いじゃないのです。ミィもウィリアムに宣戦布告するです。──ミィもウィリアムのことが、大好きです」


「「「はぁ?」」」


 俺、サツキ、シリルの視線が一斉にミィに集まった。

 ミィは一世一代、言ってやったという顔でふんすと鼻息を荒くしながら、その頬を赤く染めていた。


 更には──


「えっ、ちょっと待って、それじゃあ私も……!」


「「「はあぁ?」」」


 今度はシリルに視線が集まった。

 さっきまで余裕たっぷりだったシリルが、おずおずと挙手をしつつ、恥ずかしそうに頬を染めていた。


「……ちょっと待て、頭が混乱してきた。──何だ、これは。俺の夢か何かか……? だが俺にこんな願望は……いや、ないとも言い切れんのか……?」


「わ、私もつい勢いで言ってしまったけど、ちょっとこれ、どうしたらいいのか分からないわ。ひとまずアレじゃない? 一度解散して、全員外の空気を吸ってくるっていうのは」


「さ、賛成!」


「賛成です!」


 そんなわけで、俺たち四人は一度その場を解散し、思い思いに散ったのだった。

 俺の脳内は、いまだに見事に混乱中であった。


 ……何なんだこれは。

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