第78話
レファニアが梯子の上まで上り切ったところで、シリルは俺の視界と体を解放した。
そして俺が最初に、続いてサツキ、ミィ、シリルの三人が梯子を上って、木の上の邸宅の前にたどり着いた。
ちなみに上に着いたところで、先の下着が丸見えになるという話をすると、レファニアは、
「ええ、そうだけど……? 別に裸を見られているわけじゃないでしょうに。人間はそんなのを気にするものなの?」
と、むしろ不思議がられてしまった。
その上でサツキが、
「じゃあそのスカート的なのたくし上げるのも恥ずかしくねぇの?」
などと聞くと、
「やる意味が分からないけど……こういうこと?」
と無邪気に実演しそうになったので、サツキとミィが慌ててストップをかけて、シリルが再び俺の視界をふさぐというアクシデントが発生したりもした。
まあそんなことはあったが、それはともあれエルフの集落の住居訪問である。
集落の中でもとりわけ大きな、大木の太い枝の上に作られた住居──この集落の最長老のエルフがいるという家に、レファニアのあとに続いて踏み込んでいった。
木造の住居に入ってしばらく進み、大広間へと案内される。
「おお、あなた方がレファニアたちを救ってくれたという人間の戦士たちか。話に聞いておった通り、
広間に入ると、一番奥にいたエルフの老人が、そう歓迎の言葉を送ってきてくれた。
長い白髭を蓄えた人物で、ありていに言えばよぼよぼのお爺さんといった様子のエルフだった。
この人物がこの集落の最長老エルフだろうか。
その老人エルフのほかにも、広間には十数人ほどのエルフがその場に集まり、大きな車座を作って座っていた。
中にはオークの洞窟で出会ったエルフの戦士たちの姿も見受けられる。
テーブルや椅子らしきものはなく、いずれも草を編んで作られたと思しき敷物の上に座っていた。
なおその車座は、広間の入り口から見て手前側の五席分ほどが空席になっていた。
そこが俺たちのために用意された席ということだろう。
「みんな、紹介するわ。こっちからウィリアム、サツキ、ミィ、シリル。いずれ劣らない優秀な戦士たちよ。──ウィリアムたちにも紹介するわ。一番奥にいるのがこの里の最長老。ほかのみんなもこの里のリーダー格のエルフなの」
レファニアが両者の仲介役になり、互いの人物紹介をする。
それから俺たちは、着席の勧めを受け、空いた席へと座った。
俺は椅子なしで地べたに座る習慣がこれまであまりなかったので、敷物があるとはいえ、少し苦戦する。
体は堅い方であり、胡坐をかくのはあまり得意ではない。
一方隣を見ると、あのガサツさをトレードマークとするようなサツキが、見たことのない恐ろしく綺麗な座り方をしていて驚いた。
両足を平行にまっすぐ折りたたんでその上に座り、背筋をスッと伸ばしている。
「……驚いたな。それはサツキの故郷に伝わる座り方か?」
「ん? ……ああ。これ、『正座』っていうんだ。あたしの故郷では、侍はみんなこの座り方を叩き込まれるんだ」
「なるほど。そうしていると、サツキがいつも以上に美しく見えるな」
俺がそう評価すると、サツキは頬を赤らめ、
「えっ……? ……そ、そう? なんか照れるな……。ウィルってひょっとして、おしとやかな女が好きだったりすんの?」
などともじもじしながら聞いてきた。
「俺の好みか? ……どうだろうな。そこを基準に考えたことはない、というより自分がどんな異性が好みかというのを本気で考えたことがないが。ただサツキに関して言うなら、そうしているほうが綺麗だとは思う」
「あうぅ……そ、そっか。……マジかー、普段のあたしダメかぁ……」
「いや、普段のサツキがダメとは言っていない。明るくて元気で気持ちのいい性格のサツキは、十分に魅力的だと思う。ただ仕草としてはいまのようなほうが綺麗だし魅力的……いや、これも俺の主観なのか。そうだな、俺の好みがそうなのかもしれん」
俺がそう伝えると、サツキはもはや顔全体を真っ赤にして口をパクパクとさせていた。
「うあ……ま、またウィルがあたしを殺しに来るし……。分かってる、分かってるよもう。どうせそんな意識なんてしてなくて、他意はないんだろ?」
「……? いや、俺としてはサツキの魅力的な部分に関して評価したつもりだったんだが」
「ですよねー! それでも嬉しいけどさぁ……あああもうっ、ウィルのバカぁっ! 天然スケコマシ!」
サツキはそう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「…………」
俺は少し考えてしまう。
サツキのいまの言い分から察するに、サツキには俺が彼女に恋愛的アプローチを仕掛けたように聞こえたのだろう。
いままでずっと、同様のことがあっても意識しないようにと流してきたが──
しかし俺はここにきて、先ほどシリルに言われたことを思い出していた。
『あなただってサツキを弄んでいるのだから』
彼女は話の流れとはいえ、確かにそう言った。
俺にはそんなつもりはないのだが、そう映ってしまうのも事実なら、何か考えなければならないと思った。
「サツキ」
「なんだよー」
サツキはまだむくれていた。
俺の隣で綺麗な姿勢で座った彼女は、半ば涙目のままでぷいっとそっぽを向いている。
「あとで話したいことがある。二人きりになりたい。時間を取ってもらえるか」
「……っ!」
サツキの全身に緊張が走ったのが見てとれた。
そして、たっぷりの時間沈黙した後、
「……分かった。あとでな」
サツキはそっぽを向いたまま、そう答えてきたのだった。
俺は一つ、安堵の息をつく。
彼女には一度、俺の考えをきちんと説明しておく必要があるだろう。
そのための機会が得られたのは僥倖だった。
さてそうした一幕もあったが、俺たちはその後、エルフの宴にあずかることになった。
車座の中央のスペースには色とりどりの料理が盛られたいくつもの大皿と果実酒が用意され、俺たちはそれに舌鼓を打った。
エルフの料理は肉が少なめの菜食寄りで、癖のある独特の味わいを持つ料理も多かったが、これまでに食べたことのない味でありながらなかなかに美味なものも多く、酒もうまく食が進んだ。
一方エルフたちは、俺たちの食事ぶりを見てその食事量にかなり驚いているようだった。
俺もエルフは小食であると知識では知っていたが、実際にこうして自分たちの半分ほどの量の食事で満腹になっているのを見ると、何とも感慨深いものがある。
ちなみにサツキは、先ほどの傷心の様子はどこへやら、宴もたけなわになってきた頃にはレファニアの隣に座って肩に腕を回し、
「だからお前らそんなヒョロヒョロなんだよ。もっと肉食え肉」
などと言って、困惑するレファニアの皿に肉ばかりを取り分けて押し付けていた。
そのサツキの発言を聞いていると、肉を食べればオーラの量も増すということだったが、俺が知っている限りそんな研究・観測結果はないので、おそらくは口から出まかせだろう。
レファニアが信じそうになっていたので、俺はサツキの頭にチョップを入れつつ、レファニアにはサツキの言には根拠がないことを伝えておいた。
一方で、ミィやシリルも各々にエルフたちに話しかけられ、歓待ムードの中でそれぞれに楽しい時間を過ごしているようだった。
そんな中、俺がエルフの長老に挨拶に行くと、
「ウィリアムといったか。レファニアから相当な魔法の使い手だと聞いておる。どの程度までの呪文を使うのか、良ければ教えてくれんぬか」
と聞かれたので、自分が使える最も高位の呪文を一つ答えると随分と驚かれた。
「なんと……! それは誠か。名高きエルフの大英雄セフィロトが、ようやくその域にたどり着いたという領域じゃぞ……? お主のような若さの人間で……とても信じられん」
「いえ、私は英雄セフィロトのように剣や弓矢をうまく扱うことはできませんし、彼のようなオーラを使った超人的な身体能力も持ち合わせていません。まだまだ比較にはなりませんよ」
「ほほっ……その口ぶり、まだ上を目指すつもりのようじゃな?」
「はい、当然です。まだ自分の限界を定めるような段階にはないと思っていますし、冒険者を始めてから、新たな成長の兆しも見えています。見込みは十分にあるかと」
「ほっほっほ、これはレファニアのやつ、とんでもない逸材と出会ったものじゃわい」
などと、エルフの最長老は心底愉快そうに笑ったのだった。
そうして俺たちは楽しい時間を過ごし、やがて宴はお開きとなった。
俺たち四人はその日、最長老の家に泊めてもらうことになったのだった。
そして俺は、宴が終わったところで、サツキに声を掛ける。
「先ほどの話だ。──外に出ないか?」
「……っ! ……あ、ああ、分かった」
全身に緊張を走らせた様子のサツキを連れて、俺は長老宅を出た。
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