第30話
「あなたね……自分が何をしたか分かっているの?」
ホールの隅で、シリルがフィリアを小声で問い詰める。
周囲の警戒はミィがやってくれているので、俺はフィリアのほうへと注意を向けることにした。
「何って、クズどもを殺しただけですよ? あなたたちだってやったじゃないですか」
フィリアはどこか斜に構えた様子で、シリルの問いに答える。
その発言はメンタル的にも問題があるが、内容的にもシリルの意図を理解したものとは言えなかった。
「そんなことを言っているんじゃないわ。あなたの行為は、私たち全員の身を危険にさらす行為だと言っているの」
「ああ……なんだ、そっちか。──気にしすぎじゃないですか? 皆さんお強いですし、どうとでもなると思いますけど」
「……つまり、態度を改めるつもりはないってことかしら」
シリルの怒りが、沸点に近付いているのが分かる。
フィリアがやったのは、俺たち全員が必死に尽力していた「隠密裏に事を進める」という方針を、すべて台無しにする行為だ。
山賊に断末魔の叫び声を躊躇うことなくあげさせ、自らも怒りの声をあげながら憎しみのままに敵を殺す。
それをやられてしまっては、このホールにいる以外の山賊にだって異変に気付かれてしまうかもしれない。
「無能な味方は有能な敵よりもタチが悪い」という言葉を残した冒険者がいるが、いまがまさにその状況であると言えるだろう。
このようなときに取るべき対処法は、それなりに明白だ。
俺はシリルを制して、フィリアの前に立った。
「今度はウィリアムさんですか? さっきからサツキさんがうるさいんですけど、この体にキスの一つでもして黙らせてもらえませんかね?」
フィリアのメンタルは、暗い愉悦に囚われているようだった。
感情が悪い方向に転びやすいのは、強い恨みの感情によって支えられているゴーストというアンデッドの特質なのかもしれない。
酒場での一幕はある種の奇跡だったのかもしれないなと思いつつも、俺はフィリアに向かって言葉を紡ぐ。
「フィリア、改めて確認しておきたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「俺たちはこれまで協調関係にあったし、今後も山賊退治を終えるまで協調関係を続ける余地がある。俺はそう思っているが、キミはどうだ?」
「…………」
フィリアが黙った。
それから少しして、彼女が口を開く。
「……それ、脅しですか?」
「利害関係の再確認だ。キミが俺たちの生命を脅かすなら、俺たちはキミとの協調関係を絶つという選択肢を検討せざるを得ない」
「…………」
フィリアは再び黙り、うつむいた。
いまのフィリアの性質は、一言で言うと「甘え」だ。
自分に与えられる利益は当たり前のものと考え、多少のわがままを言っても許されると思っている。
そうした者に対して理で諭す説教をしても、概ね意味はない。
「自分は悪くない」の一点張りで、自らの殻に閉じこもるであろうことは火を見るより明らかだ。
だがそうした者でも、自分が受ける直接的な危険や不利益に対しては、鋭敏に反応する。
どんな善人も悪人も、自分が不利益を受けることは嫌がり、真剣に対策を検討するものだ。
つまり無能な味方が厄介であるなら、それを味方でなくしてしまえばいいということだ。
「……ごめんなさい、もうしません」
フィリアはたっぷり時間をかけて考えた後に、ぽつりとそう言った。
「ああ、分かった。だが二度目があったら、協調関係の維持はもはや不可能だ。よろしく頼む」
「……はい」
俺の念押しに、力なく小さくうなずくフィリア。
暗く、重苦しい雰囲気になってしまった。
だがこれはやむを得ないことだ。
俺は必要なことを言ったまでのことで、背に腹は代えられない。
こんなときサツキがいれば場を和ませてくれそうだが──などと益体もないことを考えていると、ふとフィリアが俺のローブの裾をつかんできた。
「あの……」
「なんだ」
「サツキさんが、さっきとは違う意味でうるさいんですけど、どうにかなりませんか? 『うぉおおおおっ、ウィルかっけぇえええ! あの状態のフィリアを改心させるとかマジすげぇえええっ!』とか、私の中でお祭り状態なんですけど」
「…………。……ひとまず言っておくと、キスはせんぞ」
「ダメですか」
「ダメだ」
「ちょっと残念です」
そう言うと侍姿の少女は背を向け、その先にあった壁に向かって手をあてて寄りかかり、もう片方の手を自分の胸に当てた。
そして、
「……いいじゃないですか。っていうかこれ多分サツキさんのせいですよ。体が好き好きって言いすぎてるんです。それが私に移っちゃってるんですから、ちょっとは自重してください」
フィリアは胸の奥のサツキと話しているのか、何やらぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
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