第21話

 四発目の火球ファイアボールを放つ。

 それが的確にゾンビの群れを吹き飛ばしたのを確認すると、俺の仕事はひとまず終了だ。


 残ったゾンビの数は、当初の目論見通り、三十に満たないほどだ。

 その三倍ほどの数のゾンビの骸が、あちこちの地面に折り重なりつつ転がっていた。


「よし、あとは任せる」


 俺はそう言って下がり、サツキとシリルの二人にバトンタッチをする。

 下がり際に俺が手を差し出すと、まずはサツキが、次にシリルが手を合わせてきた。


「おう、任せて」


「サツキと二人掛かりでこの数が処理できなかったら、さすがに名折れよね」


 着物姿の少女と神官衣の少女が、炎に照らされた闇夜の中、ゾンビたちに向かって進んでゆく。

 その向こうからは、蠢く亡者たちが、少女たち向かって迫ってきていた。


 俺は二人の背中を見送りながら、ミィの隣に立って見物の列に混ざった。

 獣人の少女は、特に動くつもりはなさそうだった。


「ミィが行っても足手まといです。首を切っても心臓を突いても死なない相手とか、やってられないです」


 特に何かを聞いたわけでもないのだが、ミィはそんなことをつぶやく。

 シリルもわりと理知的だが、この娘もなかなかに合理的な考え方をする。


「シリルの実力はどうなんだ? サツキの腕は、ゴブリン退治のときに見せてもらったが」


「戦士としての腕は、最低限の訓練を積んでいる程度で、ミィと大差ないです。アンデッドと戦うところはミィも見たことないです。でもああやって向かっていくなら多分大丈夫です。シリルはサツキと違って、無謀なことはしないです」


 そんなことを話しているうちに、二人の少女とゾンビたちとが臨戦距離に入っていた。


 サツキが前に立って刀を構える。

 その後ろでシリルが、祈りを捧げるような姿勢で呪文を唱え始めていた。


 あれは神聖語ホーリーワードだろう。

 魔術師が魔術語ルーンワードで魔法を発動させるのと同じように、神官も神聖語で奇跡を発動する。


「──亡者退散ターンアンデッド!」


 シリルが鎚鉾を天に掲げ、凛とした声を放った。


 同時に、彼女の周囲に光の輪が現れたかと思うと、それが一気に外へと拡大してゆく。


 すると、その光になでられた亡者たちのうち、六割か七割ほどの数が、バタバタと倒れて動かなくなった。


 残ったゾンビの数は、およそ十ほど。

 そこにサツキが、疾風のような速さで駆け込んでゆく。


 その後ろのシリルは、奇跡の行使を終えると、あとはサツキとゾンビたちの動きとを注意深く観察していた。

 万一サツキに危機が訪れたら、助けに入るつもりなのだろう。


「……大したものだな」


「どっちがですか?」


「シリルだ。亡者退散ターンアンデッドの奇跡は、術者の力量と対象の力量との差が相当に大きくないと、なかなか効力がないと聞く。あれだけの数をまとめて葬れるというのは、それなりの実力者なのだろう」


「ほえ、そうなのですか」


「ああ、そのはずだ。対象がゾンビという最下級のアンデッドであることを差し引いても、司祭プリースト級とは言わないまでも、侍祭アコライト級の実力は持っていると推測できる」


 司祭が神殿長であるとすれば、侍祭は副神殿長にあたる実力者で、十分に優秀な人材であると言える。

 また、シリルの強みはそればかりではない。


「判断も的確だ。あの程度の数まで減らせば、あとはサツキに任せたほうがリスクが低いというのをよく分かっている」


「ですね」


 事実サツキは、俺とミィがこうして話している間にも、目にも止まらぬ動きでゾンビたちを次々と両断して回っている。

 縦横無尽というのは、ああいったことを指すのだろう。


 しかしそんな最中、俺の隣にいた獣人の少女が、ひょんなことを言いだした。


「けど、ミィはちょっと嫉妬しているです」


「ほう」


 何を言いだすのかと興味を持って聞いていると、ミィの口から出たのは、こんな言葉だった。


「サツキとシリルは、ウィリアムに認められたです。でもミィの仕事は地味なので、認められることはないです。いまだって、何だかんだ理由をつけて、サボってるように見えるです」


 ……ふむ、なるほど。

 この淡白でサバサバしたように見える少女が、そのようなことを気にしているとは思わなかった。


 そもそも俺は、このミィという少女の盗賊としての仕事ぶりには真っ先に感心をしていたのだが……そうか、口に出して言わないと伝わらないこともあるものだな。

 俺はそう思い、その評価をミィに告げることにした。


「それは誤解だ。俺はミィの仕事を高く評価している。ゴブリン退治での洞窟探索時の目端の利かせ方には脱帽したし、聞き耳のスキルや、落とし穴を発見した観察眼など、技量においてもかなりの水準と見ている」


 俺が自分が感じたことをそのまま口に出していくと、ミィは俺のほうをまじまじと見て、目をまん丸くした。

 俺は物はついでと、彼女に関して思っているところをさらに口にしてゆく。


「それにシリルもだが、眠ったゴブリンを殺して回るなどといった汚れ仕事を率先して行い、それに文句一つ言わないというのは、高い人間性の為せる業だ。また雑用も率先してこなしている。物事を円滑に進めるための潤滑油の役割を自らこなしてくれているミィには、常々感謝をしている」


「あ、あうあう……」


 ミィは俺の話を聞くにつれ、感極まったという表情になって、口をパクパクとさせる。

 大げさな、とも思ったが、彼女の先の口ぶりからするに、自分の仕事を認めてもらったことがあまりないのかもしれない。


「……にゃ、にゃるほど。これがサツキやシリルの色惚けの原因なのですね。にゃああっ……これは破壊力高いです……」


 ミィは頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうにしていた。

 そうこうしていると──


「うっし、終わったぞー」


 サツキとシリルが、ゾンビたちを倒し終えて戻ってきた。

 少なくとも見える範囲のゾンビは、すべて完全に動かなくなっていた。


「さすがだな。二人とも、大した手際だ」


「まぁねー♪ もっと褒めて褒めて」


「あなたに言われると、嫌味を通り越して本心に聞こえてくるから不思議だわ」


「そ、それじゃあ、討伐証明部位をさっさと回収して、こんな陰気な場所からはおさらばするです」


 戻ってきた二人と入れ替わるように、ミィがそそくさと倒れたゾンビたちのほうへと向かう。

 ああいった雑用も、ミィが率先して手際よく行ってくれている。


 だが今回は、あまりにも数が多い。

 一人では大変だろうと、俺も手伝うことにした。

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