文化祭開催

 神波高校の生徒たちは体育館に集められていた。ステージの壇上に我が校の生徒会長が立っている。体育館はライブ会場の如く熱気に包まれ、まだかまだかと会長の言葉を皆が待っていた。


「これより神校祭を始めます!」

『うおおぉッー!』


 生徒たちの熱狂のあと、文化祭開催を告げる生徒会とダンス部のパフォーマンスが始まった。生徒たちの合いの手、熱狂をBGMに彼らは華麗なダンスを魅せる。俺はそれを一人、心の底から楽しむことをできないでいた。


 ◇ ◇ ◇


『いらっしゃいませー!』


 一年二組のコスプレ喫茶店は定刻通り、午前九時からスタートした。俺の店番は午後一時からとなっている。

 ならどうして今教室にいるかって? ふっふっふっ、それはな! 一緒に回る相手がいないからだ!

 ……いや、ここで一応弁明をしておこう。俺は友達がいないのではない。実際かなり話しかけられるし、ボッチって訳でもないだろう。(ないよね?)

 ただまあ、あれだ。俺は広く浅くだから……。みんなそれぞれ親友と呼べる人と一緒に回っているのだろう。ちなみにだが俺も白井と回る予定がある。だが運の悪いことに白井は初っ端から店番なのだ。

 ということで行き場のない俺は冷やかしも兼ねて自分のクラスにいるのだが……三十分経った現在、予想以上の盛況ぶりを見せていた。昼食時でもないのに、驚きだ。

 店内を見回していると男女の隔てなく和気藹々としている様子が覗える。

 と、そこに白井が現れた。


「お客様〜? ご注文はまだですかね? 客足が多くなったので早く決めてもらいたいのですが」

「おー、白井。わりいわりい。いやーそれにしてもその格好……クッ! 結構似合ってるぞ。……ふふッ!」

「……おい、まじでキレるぞ」


 そう言って白井は青筋を立てるが、その姿のせいもあって迫力がなく滑稽だ。

 白井は黒のワンピースの上に真っ白なエプロン。そして頭には白いフリルのついたカチューシャを載っけていた。つまるところメイドさんである。


「メイド、メイドって、ハハッ! あ、まあでも冗談抜きでクオリティ高いから安心しろ」

「なんの慰めにもなってねえよ……」


 心なしかお客の視線を集めているが、それは冷ややかなものではない。というか、かなり好意的なものだ。

 実際、白井のその姿はあまり違和感ない。白井はもともと筋肉がなく痩せ型で、メガネを外して髪をセットすればそれなりに美男子なのだ。そこにプラス、クラスの女子に(強制的に)メイクを施されていた。

 もしかしたら白井が本当に女の子だと勘違いしている人もいるかもしれない。


「そう卑屈になりなさんな。お前は立派なメイドだぜ!」

「クッ! 辱めは受けない! いっそ私を殺して!」

「くっ、ハッハッハ!」

「……フフッ!」


 そんなやり取りをしてお互い笑い合っていると、ニコニコと笑った姫矢さんと目があった。

 ……なんか急に居心地悪くなってきたぞ。あとなぜか寒気もした。

 前にも着ていた可愛らしくもセクシーな犬のコスプレをした姫矢さんが俺たちに近づいてくる。気に入ったのかな、その服。……ハハッ、怖え。


「二人共、仲が良くてとても微笑ましいけど今は本当に忙しいからあとにしてね?」

「「す、すんません」」


 とりあえずチャーハンを頼んだ。


 ◇ ◇ ◇


「いやー、恥かいたわ」

「よく似合ってたぞ?」

「やめろやめろ」


 白井の店番が終わり、俺たちは二人で廊下を歩いている。

 昼食にはまだ早いから展示を見て回ったり、アトラクションを体験しようと思いたって適当にぶらつくことにしたのだ。


「それにしてもあれだな。分かってたことではあるが、チャーハンあんましうまくねえ……」

「あ、そうなん? 俺まだ食べてないんだよね」

「え、そうなの?」

「まあ俺ホールだし」


 俺は味見をしたんだが全員がしたわけではないらしい。単純に俺がキッチンも担当するからかな。

 そんな風に結論づけると突如白井が叫びだした。


「あっー! それにしてもなんでメイドなんだよ! 他になんかあったろ!」

「元はと言えば白井がメイド喫茶がいいって言ったせいだろ」

「でもよぉ! 男のメイド姿とか誰得だっての! 俺が恥ずいだけだわ!」


 ……男女問わず意外と好評だったことは言ったほうがいいのだろうか。

 まあメイド喫茶なんていう己の欲望ダダ漏れの提案をしたのだし自業自得だろう。本人が感じた恥ずかしさは到底計り知れないが。


「でも……メイドって……メイドはな」

「いい加減うるさいぞ。終わったことをうじうじ言うな」

「酷い!」


 俺は長ったらしい愚痴を聞いてやるほどの器を持っていないから許せ。


「あー、しゃあねえから話題変えるか。なあ、葉月さんて誰と回ってんだろうね?」


 何を言い出すかと思えば葉月のことか。


「友達って言ってたけど」

「まさか男だったりして!」

「はあ? んなわきゃねえだろ。葉月は俺らしか絡んでる男いねえよ」

「本当にそうか? 考えてみろ。葉月さんはとても可愛らしい。狙われるのもおかしくないのではないか?」

「つーか、葉月が誰と回っていようが俺たちには……あーいや、うん」

「なんだ?」


 関係ないだろ、そう言おうとしたが言葉が出なかった。クソ、白井のせいで気になってきちまったな。

 それにしても男、ねえ。葉月には彼氏だったり好きな男だったりいるのだろうか? ……まあ俺たちと絡んでる時点でそれはないか。

 ふと、夏祭りの日を思い出した。あの日からかれこれ一ヶ月以上経っているが、葉月とは特段変わった様子はなく今まで通りに接してはいる。接してはいるのだが……やはりたまに気になるときはある。

 あのとき、葉月はなんて言おうとしたんだ?


「おーい、御行みゆきー? どうかしたかー?」

「……いや、別に。ただまあ白井のメイド姿は可愛かったなって」

「おい! 忘れてたことを思い出させんなよ!」





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