リミテーション1(3)
人の流れの中、対峙する俺とりゅうちゃん。突然の邂逅に俺は立ち尽くす。とめどなく、記憶が流れてくる。……嫌な記憶しかない。それなのに、俺はりゅうちゃんと再会できて心の内ではこれ以上ないほど喜んでいる。
「久しぶりだね! えーと、なんか、雰囲気凄い変わってる!」
「あ、あぁそうだな。久しぶり」
りゅうちゃんが俺の元へ駆け寄る。お互い、距離感が掴めないままだ。友達、なんだがな。
「あー、みゆ君はさ、」
「そのみゆ君ってやつ、辞めないか? なんつーか高校生にもなって恥ずいだろ」
「え、そう? ていうかそれならさ、みゆ君も僕のことりゅうちゃんって呼ぶの辞めてよ」
「ま、確かにそうだな」
俺もりゅうちゃんって呼ぶの、何か恥ずかしいわ。昔のまま呼んじゃったけどさ。
「んじゃ、何がいいかな」
「うーん、みゆ、とか? 僕のことはりゅうか隆盛?」
「みゆとか女みてぇだな……」
「それが嫌なら御行?」
「……みゆでいいよ。りゅう」
俺がそう言うと、りゅうは無上の笑顔を作った。中性的な顔立ちだ。柔らかな表情にはどことなく可愛さがあり、しかし芯のある男である。
……俺はりゅうに憧れいる。優しく、誰にでも好かれ、何者にも染まらない自我がある。こんな人間になりたいと思っていた。
「あ、そう! みゆってさ、この夏祭り誰かと来てるの? それ聞こうと思ってて」
「ん? あぁ、友達とな」
「あー、そっかぁ。せっかくならみゆとも花火見よっかなて思ったんだけど」
「……りゅうは誰かと来てるのか?」
俺は勇気を出してそう問う。……想像してる人だったら嬉しい。だけど、もし本当に想像通りなら俺は一刻も早くこの場からいなくなりたい。
りゅうは顔を赤くし、恥じらいながら頬を掻いた。
「えっと、雨宮さんと、ね」
「まだ、付き合ってるのか?」
「まあ、うん」
「……そうか」
……初めてだった。あんなにも人を好きになったのは。自分の人生に絶望しかなかった。そんな俺に、笑いかけてくれた。話しかけてくれた。それだけで俺は救われたんだ。でも。
「今日はデートか! いやぁ良かったよ。俺、二人にはさ、幸せになって欲しいから」
「え!? いや、まぁそうなんだけどさぁ」
「デートなのに他の男を誘うなよな。んじゃ俺、人待たせてるから行くわ」
「え? ちょっと!」
俺は、りゅうの元を去る。それと同時に過去のことを思い出す。
俺は取り返しのつかないことをした。雨宮さんは俺にたくさん与えてくれたのに。俺は何もあげられなかった。……俺は中学生の頃、人間不信になったときがある。それで、雨宮さんに冷たい態度を取って。俺は段々と、雨宮さんが俺に話しかけようとしてきたら避けるようになったのだ。いつも俺を心配してくれてたのに……。
結局、中学卒業を期に合わなくなった。
俺は後悔している。言いたいことがたくさんあるのだ。謝りたいし感謝もしたい。好きだったって伝えたい。だけどさ、今更遅いだろ。雨宮さんを無視してきた俺に、そんな権利あるのか? 今はりゅうというこれ以上ないほどの彼氏がいるのだし。
……いや、それも全部、俺が勇気を出せないからだ。今までのは全部言い訳だ。
例えば高田隆盛。彼は、俺が人間不信になってからも話しかけて来てくれた。俺はそれを拒まなかった。
例えば葉月花梨。彼女は小三の頃の件依頼、あまり話さなくなったが、前も今のような、なんとなく話をする関係性だった。
それ以外の友達も、話しかけてくれた人はいた。そして、そいつらともなんとかして会話をしていた。上辺だけを取り繕ってでも。
では雨宮涼風はどうだ? 俺は人間不信なりに、人との関係を壊さないように努力してきた。相手も俺のことを理解し、優しく接して来てくれた。けれど俺は雨宮さんだけは避けてたのだ。なぜ?
それは多分――
「待ってよ! みゆ!」
「え?」
振り向くと、りゅうが追いかけてきていた。息を切らし、膝に手をついている。
屋台の灯りが視界に淡く映る。周囲の人々が物珍しそうに俺達を見て、何事もなかったように去っていく。……正直、もうここにいたくない。
「……なんだよ。雨宮さんを一人にさせんなよ」
「あ、雨宮さんはトイレに行ってて僕は待ってたんだよ。……あのさ、このまま別れるの、嫌だから。その、連絡先とか交換しない?」
「連絡先……まあ、いいけど」
りゅうが俺に近づき、スマホを出す。
「よし、じゃあこれで。あ、いつでも連絡くれていいからね。僕もみゆと話したくなったらメールするから」
「あぁじゃ、ばいばい」
りゅうは大きく手を振る。俺はそれに軽く手を上げて応えた。今度こそ、りゅうと別れた。
連絡先を交換したのだ。これで前とは違う。いつでも話せるようになったし会いたいときに会えるようになった。だから、雨宮さんにも会おうと思えば会えるのだ。
もしも、だ。もしも俺が雨宮さんを無視していなければ今でも話をする関係性だったのではないのか。もしも、雨宮さんに、りゅうよりも先に俺が好きだって伝えていたら、もしかしたら……。
そう考えてしまう自分が俺は嫌いだ。いつだって自分の選択で悔いて、ifに縋る。なんて愚かな人間なんだ。こんな男のどこがいい。どうして俺を好きになる人がいる。
大勢の人が歩いている。家族であったり、カップルであったり、友達であったり。手を繋いだり、和やかに話している。
俺は途方も無いくらい、孤独を感じた。……二人の元へ早く戻ろう。花火がもうすぐ打ち上がるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は今でも考えてしまうことがある。
御行は私のことが好きだったのだ。だから、もしかしたら私が自分の気持ちに正直になって、御行にこの気持ちを打ち明けたら、恋人になれたのではないか。小学生のカップルなんて馬鹿らしい。長続きしないでしょ。そう思っても、どうしても後悔が切なさを生む。
今、私達はデートで来れたのかもしれない。友達じゃなくて、恋人として。
過去を悔いても何も変わらない。だから私が変わらなきゃいけないんだ。
「焼きそば、買ってきたぞ。……あれ? 白井は?」
御行が三人分の焼きそばを持って、戻ってきた。
「白井君なら、トイレに行ってる」
「そうか」
御行は靴を脱ぎ、レジャーシートに座った。持っていた焼きそばを置く。
「随分遅かったけどどうしたの?」
「ん? あーいや、結構人が混んでたんだよ」
「ふーん」
それからしばらく無言になった。お互い一言も喋らない。御行が何か隠してる、それには気づいたけど詮索してほしくなさそうだから私は何も言わない。
そしてアナウンスが流れた。花火がもうすぐ打ち上がる。そのカウントダウンだ。
十、九、八、と進んでいく。周囲の人達は楽しみだ、と言葉を溢したりアナウンスと一緒にカウントダウンをしている人もいる。
私は御行の方を見た。どこか寂しげで、瞳は宙に向いている。
言わなきゃ。あのときとは違う。ちゃんと自分の気持ちを私自身の言葉で!
「あのさ、みゆ――」
瞬間、ドンッ、と闇に染まった空に色彩豊かな大輪の花が咲く。
おー! と歓声が沸き起こった。それからも花火は轟かせながら宙に打ち上がる。空一面をキャンバスにして、美しく染めていく。
「何?」
御行が私の言ったその先を問う。
胸が痛い。締め付けられる。ドキドキする。だけど、言わなきゃいけないんだ。
「えっと……あの! 私は御行のこと、嫌いとかじゃなくて……私は!」
「うあぁ! 遅れたー! もう花火打ち上がってんじゃん」
白井君がそう言いながら、戻ってきた。花火に向けていた目を私達に戻す。
「え? あー、えっと、どしたの?」
「いや、ちょっと葉月が……」
……タイミングが悪すぎる。
私は今にも泣きたいけれど、涙を見せたくないから視線を空にやった。結局、こうなのか。私があのとき嘘をついた罰なのか。どうしたらいい、この状況を。もう、最悪だ……。
「……あの、さ」
「ん?」
「……そう。約束、しよう」
「約束?」
「うん。約束」
ヒュー、と花火玉が上がっていく。少ししたら消えてなくなり、そう思った突如、爆発音と共に光り輝く。そして花火の残滓が雫のように落ちて、消える。
「また一緒に、花火を観よう」
涙をグッと堪えて言葉を紡いだ。
花火は、儚かった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
ここまで恋愛リミテーションをお読みくださり、ありがとございます。これにてリミテーション1は終了となります。
次回は番外編を投稿します。時系列的には夏祭りの前日となります。これからも続いていく恋愛リミテーションをお楽しみ頂けたら幸いです。
最後になりますがよければ、この作品が面白かったと思って頂きましたら応援、コメント、星、レビューの程をお願いします。
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