第8話 魔王の笑顔、笑顔の勇者


 予約してあったテーブル個室に私とユーナは案内される。


 店内のBGMは極限まで絞られていて、かすかに聞こえるジャズが心地いい。高級な雰囲気を漂わせる〝竜牛城〟の演出は素晴らしいの一言だ。


 魔王軍の食堂もこれくらいおしゃれであってもらいたい。


 何も魔族だからといって、昼食にデスメタルを流すことなくないか? 魔王軍て、ほんとデリカシーない。


 それに最近じゃ、兵士たちの間で『マキシマムザカルビ』とかいう謎バンドを結成、ランチの時間に狂ったように演奏したりと……ほんと、魔王軍の者たちは残念でならない。


 それに比べて人族の飲食店は、見ているだけでも幸せを感じさせてくれたりと、オシャンティーさがある。


 従業員の方々も洗練され、丁寧な人たちばかり。魔王軍の者たちにも見習ってもらいたい。


 私が店内の雰囲気に満足をしていると、タキシードをピシッと決めた男性スタッフが私たちのテーブルへと注文を取りに来る。


 ところで、焼き肉の注文は基本的にコースというのがモアベターと思われがち。


 しかし、どうせなら好きな物を好きなタイミングで食べたいもの。


 高級感のある店だからといって、カッコつける必要などない。


 女性を前にして、メッキでいくら自分をコーティングしようと、それはいつか剥がれてしまうものだからだ。


 男ならば潔ぎよく、カッコよくいこうじゃないか。


「とりあえず生ビアー二つ、先にお願いします。肉はメニューの上から順に二人分ずつ持って来てください」


 私がそう言うと、「かしこまりました、それでは少々お待ち下さいませ」と、丁寧に頭を下げて、男性スタッフが去って行く。


 ほんと、この丁寧さは魔王軍食堂のおばちゃんらに小一時間ほど教えてやりたい。


 このスタッフさんの爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。


 だってさ?


『オラッ! 注文まだなんかい!? 煮え切らん男はアタイは嫌いだよッッ』


 とか、魔王である私にもタメ口だぞ?


 おばちゃんだから大目に見るが、これが四天王や魔王軍兵士なら、私は間違いなくぬっころすだろう。


 と、そんなことを考えていると、ほどなくして順々に肉が運ばれてくる。


「さ、ユーナ。遠慮なくモリモリ食べてくれ。おっと、その前に……私とユーナの再会を祝して……」


「「カンパーイ!!」」


 ジョッキとジョッキがぶつかり、ガキン! と重たい音を立てる。


 私はゴクンゴクン、と大きく生ビアーをふた口飲み。


 ジョッキを置いて、銀製のトングで肉をつまみ、手際よく肉を焼いていく。


「あ、あの……ユーナ?」


「なぁに? どしたのヨルケス」


「なんでユーナが勇者なんかになってしまったんだい? あんなに泣き虫で寂しがりだった君がいったいどうして?」


「えっ? そんなのわかんないよ。あんな? ユーナな? ヨルケスと離れ離れになった後……騎士団に助けられて、孤児院に連れてかれたん。んでな? ある日突然、大教皇様から勇者として選ばれてしまったん。……というか、そんなん言うなら、なんでヨルケスも魔王やっとるの? なんでなん? って、そんなことよりほらほらヨルケス、肉焦げよるよ? とりあえず食べよ?」


 早口でいろいろな情報をペラペラと並べたユーナは、ささっと焼けた肉をお皿に乗せ、私の前に出してくる。


 女神かな?


 なんて優しいんだ。


 もうダメです、心から愛してます。


 ……ユーナは昔からそうだ。


 小さかった頃、川で焼いた魚を焼けた順に、私の前に差し出してくれたユーナの姿を思い出す。


 やがて、ユーナもはむはむと焼けた肉を美味しそうに食べ始めていた。


 嬉しそうにニコニコと笑った顔を見ると、私はそれだけでお腹がいっぱいになりそうだった。


「美味しいねヨルケス! ねぇねぇ、焼き肉食べてると思い出さん? 小さい頃にヨルケスが作ってくれたミノタウロスのカレーとかさ!」


「あぁ、そんなことあったね」


「あはは、あまりの不味さに、一緒に泣きながら食べよったよ? なつかしいねー」


「うっ! でもでもだんだんと料理の腕前は上がったのを記憶しているッ」


「うんうん、おぼえとるよ? でもヨルケスが初めて作ってくれたカレーは、不味かったけど嬉しかったなぁ」


 ユーナはもぐもぐしながら、かつての話を並べ出していた。


 一方で、ゲロマズモンスターカレーを食べた過去の記憶が蘇った私は、ちょっと焼き肉を食べるのに躊躇していた。


 めっちゃ箸が進んだのは、それからしばらくしてからだった。


 すると。


「で、いきなり勇者を食事に誘うなんて、あんたいったいどんな悪巧みをしよるん?」


「ぶっ……! な、なんでそんなことを!? な、何も悪巧みなんて考えてないよ!」


「え、そーなん? でもヨルケスは昔からウソがへたっぴやろ? あんな? あんたウソつく時鼻の穴広がっとるよ? 知ってた?」


「そ、そんな! は、恥ずかしいッ! 私を見ないでくれッッ」


「そんなんいいから、理由はなあに? 話して?」


 ちゃっちゃと肉を焼きながら、ユーナは言う。


 さすが勇者だ。


 何もかも全てお見通しってことか……?


 だが、私も魔王軍の頂点にして魔王。


 嘘は言わない、真実のみでユーナをごまかしてみせる! と思い、私はあらましを説明する。

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