第17話/鬼ごっこエリアの改装?~駅、できました~
「なあ、おばけちゃん。普通のダンジョンを作ったんだよな?」
「? うん」
「あんなの普通のダンジョンとは言わねえよ!」
いままで言えずにいた一言を、バルガスはようやく吐き出した。いや、ほんと、なんなんだあれは。変顔に奇行を強要し、それを拒否すれば先に進ませない。肉体ではなく人間の品性に攻撃を仕掛けるようなダンジョンなど、どこの世界にあるというのか。
だが、おばけちゃんは不思議そうに首をかしげるだけだ。
「? じゃあ、普通のダンジョンって?」
「そりゃ、難解な謎解きに、複雑な構造の迷路、そしてモンスターが大量に襲い掛かる。これが普通のダンジョンじゃねえのか?」
「やだなぁ、バルガスさんや。そんな程度の低いダンジョンの話をされても困るよ」
からからと、おばけちゃんが笑う。
「大量のモンスターにトラップ、冒険者を欺く難解なマップ。でもね、そんなのはいつか突破される。たとえ地上の果てまで続く迷路でも、そこに宝がある限り、人は挑み続ける。挑み続ける限り、ダンジョンは必ず突破される。そうとしか作れないから。難攻不落のダンジョンなんてのはおとぎ話だよ」
「なら、このダンジョンもいずれ突破されると?」
「挑まれるならね? だけど、できるかな?」
ちらりとおばけちゃんはモニターに視線を移す。それにつられて、バルガスもモニターを見やる。そこには、攻略に参加した冒険者たちの、無様な変顔が映し出されていた。
あれはダンジョンに攻め入った者の末路だ。自分もあんな目に合うんだ、と思いながら、ダンジョンに貢献するために働かされる。こんなものを許容できる冒険者はいない。
あの映像は、彼らを笑いものにしながら、ダンジョンに挑めば次は自分が笑われる番だと思い知らしめるためのものだ。それは、相手が生きているからこそできること。
だからこそ、おばけちゃんは冒険者を殺さない。
ダンジョンの恐ろしさを示す生き証人として、一生をさらし者にされるのだ。
バルガスは背筋が寒くなるのを感じた。このダンジョンは、今まで見たどのダンジョンよりも悪辣で残虐だ。
「ダンジョンでの戦いはね、心を摘む戦いなんだよ。どんなダンジョンでも、生き残れるのは挑む意思を挫ける仕掛けがあるダンジョンだけだからね」
「……そうかもな。だが、ひとつ見落としてるぜ」
「おや? なにかな?」
「ダンジョンに挑む意思を挫いたら、どうやって魔力を回収するんだよ?」
確かにこのダンジョンに挑もうとする人間はいなくなるだろう。だがそうすれば、ここに立ち寄る人間もいなくなるのは必然。そうすれば、ダンジョンは魔力を回収できない。数年程度ならともかく、十年単位は持たないだろう。
これを突きつけることで、バルガスはあの鬼ごっこエリアの改修を迫るつもりだった。このままでは、本当にダンジョンを攻略することはできないからだ。しかし――
「甘いね」
「なに?」
「そもそも、今回のダンジョンツアーの目的が何なのか、わかってないみたいだね?」
新エリアのテストとダンジョンが安全であるという信頼を稼ぐため。たしか、おばけちゃんがマルガに、そう話していたはずだ。
「じゃあ、どうしてダンジョンが安全だって信頼を稼ぐ必要があったのかな?」
「?」
「正解はね……」
――――――――――――
鬼ごっこエリアは、駅の構内を模して作ったのに、あるものが欠けている。
それは電車だ。
人や物を乗せるための電車がないのに、どうしてわざわざ駅を参考にして作ったのか。もちろん、将来的に作るからだ。
ダンジョンの近所にある街まで、馬車だとだいたい一日半かかるらしい。
それが1時間ちょっとで済むとなれば、十分な利用客は見込める。さらに北と南の街にも接続すれば、毎日、たくさんの客でにぎわうことになる。
だけどそれには、ダンジョンが安全であるという保証が絶対的に必要だ。
わざわざ冒険者を招き入れたのも、ダンジョン攻略を許容したのも、すべては将来を見越してのこと。
この地は安全であること、そして攻め入っても返り討ちにされること。この2つを突きつけることで、おばけちゃんのダンジョンは信頼できる証明とする。
あとはまあ、運営していけば信用は得られるだろう。
疑う人がいても、駅を利用することがダンジョンの利益になるのだから、その客に危害を加えることはない、と主張できる。事実だし。
バルガスと別れた後、マルガと一緒に駅の構内に来ていた。ここを攻略すると、さらし者にされるので、冒険者はみんなエントランスルームにまで逃げて行った。
そこかしこに冒険者たちがいた痕跡が残されてるけど、そのうちダンジョン機能で吸収できるようになれば綺麗になる。
「さて、マルガさんや。準備はできてる?」
「ええもちろん」
リュックいっぱいに荷物を背負って、マルガは私に向き直る。
「それより、本当に街まで1時間程度で着くの?」
「その予定。多少はずれると思うけどね」
私が秘匿していた勝利の道筋を、ようやくマルガに教えたとき、マルガはあきれたような感心したような、不思議な顔をしていた。
ちなみに、私がマルガに教えなかった理由は単純で早くにばれてしまうと、資金獲得前に冒険者に逃げられるからだ。逆に教えたのは、準備が完了したから。
でもって、初の乗客に、マルガを招待したわけだけど……
「ほんっとうに、安全なのよね?」
念を押すように、マルガが私に確認してくる。
「当然。友達を危険にさらすような真似はしないよ」
「ええ、わかってる。おばけちゃんがそんな子じゃないってことは。でも、どうしても信じられないのよ。だって、馬車でも一日二日はかかる距離なのよ?」
「まあ、こっちは直線距離だからね。スピードも全然違うし」
「……」
「心配なら、やめとく?」
「いいえ、乗るわ。でなきゃ、ほかの商人を説得できないもの」
マルガが覚悟を決めた表情で、電車に乗り込む。電車とは呼んでるけど、電気ではなくてダンジョン機能で動かしている。
構造的にはシンプルで、車輪のついた箱の中に、椅子をいくつか並べてある。
内装はほとんど汽車を模倣した。定員は20名ほど。商人をメインターゲットにしているから、荷物がぶつからないように、椅子と椅子との間隔は広めに作った。
まぁ、最初のうちは2~3人乗ってくれれば、ってとこかなぁ。
今はマルガと二人っきりの、広すぎる車内。私たちはあえて一番前に座る。
着席と同時に、私は電車を発進させる。ごう、と音を立てて、少しずつ加速する。
「全然、揺れないのね」
「まあね。その辺は何度もトライしたから」
今回は最高速度は出さないけど、全速で走っても、コップの水がこぼれない程度の振動に抑えられる。このくらいの速さなら、ほとんど揺れを感じることはない。
「ところで、なんで最前列に?」
「マルガにやってもらいたいことがあってね」
不思議そうに私を見つめるマルガ。その手に、私はコントローラーを渡す。名刺サイズの長方形に、十字キーと赤黒の2色キーという超絶シンプルなものだ。盗難防止もかねて、有線式にしてある。
1時間もあるんだから、なにか遊びが欲しいじゃん? で、ダンジョンの制作過程でできたゲームもどきを、こっちにも取り付けてみたのだ。
複雑なものはまだできないので、某配管工のおじ様のゲームを参考に、横スクロールのゲームを作成した。まだまだ技術的に未成熟なので、白黒のドット絵だけど、遊べなくはない、という出来だ。
まだ試作段階なので、自キャラは丸を描いただけだ。敵キャラも、2種類しかいない。評判が良かったら、もう少し改良しようかな。
車幅ぎりぎりの超巨大モニターなので、室内ならどこでも見えるはずだけど、せっかくなら一番の特等席でやらないとね。
「なんだか、こう、シンプルな感じね。……この丸を動かせばいいのね?」
「うん」
「とりあえず、やってみるわね」
あまり期待していない感じで、マルガはコントローラーを構える。
完全に友達の頼みでしぶしぶプレイしている、って感じだ。まぁ、所詮は素人の手作りだし。
マルガが操作を確認するように、丸い自キャラをぴょんぴょんと跳ねていると、右側から、正方形で描画された敵キャラが、ゆっくりと接近してくる。
「どうすればいいの?」
「飛び越えるか踏みつければ、大丈夫だよ」
私の助言に従って、マルガがコントローラーを操作する。
丸が四角を飛び越えようとして、手前で着地してしまい、衝突。悲しげなメロディーとともに、丸が消える。
「あら、意外と難しいのね……」
「なれたら簡単だよ」
「それじゃあ、もう一度」
せめて、1面くらいはクリアしてほしいなぁ。
~1時間後~
「これすごいわ! 最高よ! 絶対、これお金とれるわ!」
「ハハハ」
「これ作った人、天才よ! こんな素晴らしいものが存在するなんて、もう、信じられない!」
ものすごく興奮した様子のマルガ。結局、あれから一度もコントローラーを手放すことなく、駅に着くまでの1時間、ぶっ通しでプレイした感想である。
まぁ、パクリ元が名作だし。……グラフィック関係を改善したら、ダンジョンに設置してみようかな?
「ところで、もう一回プレイしてもいいかしら?」
「ダメです」
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