episode15 虹の橋計画

 世界が歪む。

 次元の裂け目の中は奇々怪々。この場所には上下の概念はなく浮遊している身体は勝手にトンネルを駆け巡る。

 詳しい理由も説明されず戸惑うばかりの僕を傍で見守り一緒に移動していたヒノミは不意に手を握ってきた。


「大丈夫、安心して彼らは味方です」

「味方って一体…」

「この場で喋ってると舌噛むわよ」

「経験者は語ると」

「橋本さんっ!!」

「おっと失言、失言」


 トンネルの先より光が差す。

 いよいよ出口が見える。

 出口の向こう側まだ見ぬ景色が待つのか……。事態を呑み込み切れない僕は流れに身を任し進むしかなかった。

 ただ正直、何が正しくて何が間違っているのか現実リアルと空想の境目を僕に判断はつかない。

 それでもヒノミが握ってくれた温もりは間違いなく暖かく人の優しさを感じた。

 

「出口が見えてきたぞ」


 先頭を征く神村の一言が後方の僕にも聞こえてくる。

 そしてトンネルを今抜けた。


「本当にやりやがった」

「ひのみねぇ、私との約束守ったね」


 出た先は何処かの鐘乳洞。

 設備は旧世代の代物と呼べる程、古く見窄らしいモノばかり。

 だけどその景色とは裏腹に人々は活気溢れ盛大な拍手で僕らを出迎えた。

 絶望。この言葉は彼らには似つかわしくないものだ。

 率先して出迎えてくれた二人。

 一人には全く見覚えはなかったが、片方はよ〜く知ってる。

 なんならさっき会話したばかりだ。

 瞳の先に映るのは紛れもなく妹の柚子。

 僕と目が合う。

 

「馬鹿なあにぃがやっと帰ってきた……」

「えっとぉ〜ただいまって言えばいいのかな?」


 涙で顔はくしゃくしゃになりながらも、いつものように明るい笑みを必死になって取り繕おうとする柚子にどう言葉を話すか迷い、一言自分でも戸惑い気味に「ただいま」と戻ってきたことを告げる挨拶を交わす。

 その言葉をどれだけ待ち望んでいたのか全く推察は出来ずとも、妹の次の行動は彼女が僕に対しどんな感情を持っていたのか推し量るには充分過ぎたハグだった。


「ちょ、苦しい……」

「間違いなくおにぃ〜だ」


 締め付ける力はあまりにも強く気を緩めれば、一気に意識を持っていかれてしまいそうなほどの威力だが僕は妹の行為を拒絶するつもりは毛頭なかった。

 長いようで短いひと時。

 状況をイマイチ呑み込めず正直場の雰囲気に溶け込めずに居た僕だったが、一つ分かることがある。

 僕の帰還を皆が喜び祝福していることだ。

 何故平凡な僕に彼らは期待の眼差しを浮かべ出迎えたのだろうか?

 その時先程次元の穴をくぐり抜ける直前。

 霜山さんとの電話で一方的に告げられた話がフラッシュバックした。

「ごめんなさい詳しい説明をしている時間はないわ。けど貴方が今居るその場所は主人公ヒーローを囚えるために悪魔ウォンデッドが形成した監獄。それが貴方の現在地」

 分からなかった言葉の意味が反芻する記憶を前に蘇り一つの答えへと至った。


「霜山さんもしかしてだけど僕が、さっき話の中で言っていた主人公なんて馬鹿げた話はないよね?」


 バカバカしい妄想は飛躍した結論を生み出し、頭では否定しつつもどうしても完全に拭いきれず愚かにもぶつけずにはいられなかった。

 静まり返る空間。

 あっちもこっちも僕を見る全ての人間が、キョトンとした表情に変わる。

 やっぱり僕は騙されたのかと納得した。

 平凡な人生を歩んできたモブ。

 誰かの為のになるでもなく、ただ漠然と好きな娯楽ゲームに邁進し誰のためでもない自分が楽しむ為だけに生きてきた十七年間。

 そんな僕を歓迎する筈がないと頭が理解していた。

 なのにどうして……。

 ここの人は。


「まだ分からないのですかヤマト」


 隣に立つヒノミは笑っていた。

 諭すためではない。

 穏やかに、状況を呑み込めずにいた僕に気づきを与える一言を語る。

 それだけで許容を超える感情の波が心の中を駆けずり回った。

 この感情に言葉を当て嵌めるのならば何が該当するだろうか。

 数少ない言葉の引き出しから選んだ単語は郷愁。

 どこか懐かしく自分の知らない大勢の顔触れなのにそんな風に気持ち揺さぶられる。一体彼らには僕はどんな風に映し出されているのかと知りたい反面。

 知りたくない。

 知れば彼らの期待を裏切ってしまうのでないかと二律背反する思考が渦巻いた。

 僕の戸惑いは行動にも現れ。

 次元の裂け目を通りこちら側に来た際率先してやってきた二人のうち、柚子ではなく見覚えのない同世代の青年の方が近寄る。

 彼になんと声をかければ良いのだろうか。

 親しいからこそ柚子と一緒に駆け寄ってきたのだろうが、うん。全く記憶にない。

 そう記憶に…。


「扱いぞんざい過ぎだろ」

「すみません貴方はどちら様ですか?」


 よくドラマとかで描かれる記憶喪失になった者が、病室のベットで目覚めた邂逅一番の台詞と同じ聞き方をしてしまった。

 そして相手の反応は。

 微妙に曇る表情。

 こうなることは予測出来ていた。なのに僕には酷い印象を与えかねない言葉で問う選択肢しか考えが至らなかった。

 戸惑いはあったのかも知れない。

 目の前に立つ彼は一息し苦笑するも、僕の態度にある程度納得した晴れ晴れとしたものだ。


「神村から話は聞いていたが、ひのみでも記憶を呼び起せなかったか」

「ちょ!その言い方は聞き捨てならない!そもそも神村博士の先行調査から、ヤマトが記憶封印処理を施されていたのは涼介も知ってたでしょ。しかも異空間の時間軸は何故か悪魔ウォンデッドの大侵攻前の日本。たとえ我々が単刀直入にヤマトと接触し真実を話したとしても、それは敵の罠。だから策を講じて現実世界に連れ戻す。その策を実行する上で決して自分からは名乗りでない。それがルールって取り決めたの分かってる筈だよね!!」


 ヒノミが珍しく早口口調でテンパるように言葉を並びつらねた。

 少し頬を赤くして。

 てかこれまで接してきた普段の彼女らしくない言動に違和感を覚えた。


「涼介ちゃん下がって。改めておかえりなさい私は霜山。大空ヤマト。これまでの出来事、そして我々が虹の橋計画ビフロストの全貌をお教えしましょう」

 

 虹の橋計画。

 第一フェイズ。

 主人公が囚われている異空間への先行調査。神村博士が単独潜入し事態の把握。

 調査報告書。

 手始めに神村は大空ヤマトに接触を試みるも記憶操作されていたのか、全く自分との面識がないことが判明された。

 そこで記憶を目覚めさせる為の第二フェイズへと移行する前段階として、ある程度存在を認識させるため架空のゲームを制作した。

 名を「ワールドエンドウォー」。

 主人公の視点は過去に、大空ヤマト自身が通った道程を追体験するような物語となっていた。

 何故記憶を想起させる手段としてゲームを選択したか。理由は至極明細。

 当時の彼がゲーマーだったから。

 それだけの理由で選ばれた。 

 ただ……まさかこの手段が用いられるとは当時の誰も予測してはいなかった。

 神村は自他ともに認める天才(対悪魔研究に対しては……)。けれど他分野においてははの才覚はないはずだった。

 悪魔との戦争にて物資の枯渇した時代。

 真っ先に削られるのは娯楽だ。以下にして現実世界にて、彼の記憶を呼び起こす可能性のあるゲームをどのようにして用意するか様々な案が計画されるもその全てが可能性乏しく排された。

 その中で最も馬鹿げすぐに取り消しとなった案が、実際に彼の過去を追体験してもらえるようなゲームを造るというもの。

 提案者は画期的なアイデアだと豪語したが即却下。

 理由は先にも述べたように一つの新作ゲームを創る余力など人類には残されていなかったからだ。けれど神村の考えは違った。

 仮想世界にダイブしている彼だからこそ至る認識。それはは所謂過去の人間社会が投影されており、そこには物資が溢れかえっている。

 つまりは仮想世界ではゲームを制作可能というわけ。ただし大勢仮想世界に突入すれば一発で悪魔に気配を察知されてしまう。

 そこでダメ元で一つの案が出た。

 ゲーム作りの専門知識を持たぬ神村が、ゲーム制作に乗り出す。

 実現に向け悪魔から身を護る避難所にいたゲーム制作者が名乗りを上げゲーム作りのノウハウを伝授した。

 神村が仮想世界に乗り込む方法は彼が、接続者橋本岬の助力で作った転移装置トランスポーターを使い入るもので片道切符。

 戻るには仮想世界にて同型の装置を作る必要があった。

 そこでゲーム制作の傍ら、並行して装置の制作に着手した。

 ゲーム開発は順調に進み結果から言えば成功した。


「ただおかしいんだよね。これほど普及してもなんら妨害工作に出ようともしない。この状況は奴らにデメリットしかないってのに」

 

 とある日。

 通信装置を使い、現実世界と接触コンタクトを試みた際おもわず不思議に感じたことを向こう側にいた霜山に問うた。

 

「なによいきなり……。貴方乗り気だったじゃない」


 ゲームを開発させた神村は、ただヤマトに手渡すだけで良かったのにあろうことか本人曰く傑作の「ワールドエンドウォー」を大々的に展開したいと公言した。

 そこで彼はとある中小ゲームメーカーに売り込み販売にまで漕ぎ付けた。(大手メーカーには門前払いを喰らったかららしい。)

 そこからはトントン拍子でゲームは爆発的ヒットとなったのであった。


「この世界が仮想世界だとしても、最低限監視はあるはず」

「そうね。だから貴方一人を行かせたんでしょ!」


 転移装置を作るのに協力した橋本岬を行かせる案もあったが、敵の罠を考慮し力を持たぬ者を選定した。

 人混みに隠れる上で強大な力を持つ接続者は対象外となったのは言うまでもない。


「頭では理解していた…けれどつい己が欲求に負けゲームを幅広く展開したいと思った。ただ、どうしても腑に落ちない」

「それがさっきのに繋がるわけ?」

「あぁ、奴らにとって悪魔は彼に知られず秘することを命題としていると思っていたが現状は……」

「その逆なわけね」

「君の言う通り逆なんだ。奴らの狙いは一体?」


 その後霜山と神村の間で何度も同じ話をしたが結局答えは導き出せず、多少の心配もあったが第ニフェイズの準備が整った為に舞台は次へと移ることとなった。

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