episode13 彼方から

 西暦2021年8月。東京。

 観測史上最高気温を更新した真夏日。

 正直そんなことなどどうでもいいニュースが昼のワイドショーでは取り上げられるも、暑さに負けることなく人々には活気がある。

 公園で遊ぶ子供達。仕事の取引先へと商談に向かうサラリーマン。部活帰りの学生。

 ランチに行くため集う主婦。

 それぞれに目的こそあれ、今日もまたこれまでと大差なく過ごす日常がすぐ側にこれからも変わることがないと疑わなかった。

 だが日常は非日常に音を立てる暇を与えず、すげ変わり人々の暮らしは呆気なく崩れ去っていく。

 人々が築き上げた文化の城は瞬く間に蹂躙されていき生活圏は狭まっていきこのままでは生命の灯火は潰えてしまう。

 誰もが口に出さずとも不安感を覚え心細いそんな気持ちに陥るのも無理はない。


「知ってるこんな噂……」


 人間の生活圏内は地下へと追いやられてしまった彼らの間でまことしやかに流れる噂話。

 その内容は人々に希望を与える物語。

 そしていつしか願うようになる。

 きっと私達の救世主が地獄からいずれ救ってくれると。


「……人は死ぬんだ…ヒノミ」

「彼は生きてるわっ!」


 少女の希望的観測を誰も信じない。

 東京の空に開いた大きな天の穴。そこから這い出る悪魔ウォンデッドは次々と人間を喰い物にしていった。

 自衛隊が出動するも人類の叡智は化け物には有効打を与えること叶わず敗北した。

 後の世に「東京第一次大戦」と呼ばれる人類史敗北の幕開けを告げる始まり。

 それから一年後。悪魔と戦う術を手に入れた人類の反撃は開始され勝利を重ね人々に勇気を与えた。

 いよいよ人類は悪魔の総本山東京に乗り込む算談を整え最後の決戦を挑んだ。

 「東京第二次大戦」。だがこの戦いは敵に作戦がバレており敗北は濃厚。もしも大敗を喫するようであれば人類に勝ちの目は更に無くなってしまうことになった。

 皆を逃がすため独り残った者がいた。

 彼を人は主人公ヒーローと呼んだ。

 人々が自然と彼を呼ぶようになったのではない。彼自身が一人の女の子を励ます為についた一節。

 ただその言葉が人々に流布し意味合いが変わってきた。

 だからこそ彼も己に言い聞かせる。

 僕は主人公なんだって。


「もうあれから四十八時間が経過した」


 彼を独り残し命からがらベースキャンプまで撤退した一行は、彼が持っていた無線に何度も語りかけた。

 返事をしてと。

 だが言葉は何一つ返ってこなかった。

 意味する答えは彼の死を物語る。


「涼介、貴方は彼と何度も戦いを共にしたのだから分かるでしょ彼の強さを………なのにどうして彼を信用出来ないの」


 ひのみの声は震えていた。自分でもそんなこと分かってる。

 けどどうしても吐き捨ててしまう。

 こんな自分正直嫌気が指すのは当然だ。

 彼女は泣き縋るしかない。彼に託すことしか出来なかった無力な自分を恥じて。

 共に歩んだ仲間に己が想いをついぶつけてしまう。


「それは……」


 言い淀む。涼介だって本当は親友の生存を望みたい。でも叶わぬ願いだと知っていた。

 アイツでも流石にあの数を独りで相手にするのは無茶だ。

 しかも後ろにはがいた。

 悪魔の中でも言語を介しアイツとも何度も渡り合った強者。正直俺らが無事に撤退出来たことが奇跡なのだ。


「生きていて欲しいが嘘でも俺には言えないアイツはもう」


 それ以上言えなかった。

 人類側にとって大きな損失。この作戦に携わった全ての者に影を落とす。皆が意気消沈となりこれから先。

 視えぬ未来の戦いへと臨む彼らの明日を語るほどの力を心身共にこの四十八時間で回復した者はこの場には誰もいない筈


「ちょっとぉ〜何黙りこくってんだ」


 哀しい気持ちで溢れ返る空気をぶち壊す勢いで彼は乱入してきた。

 後方支援担当技術者神村誠。

 悪魔に対抗する為人類の武器制作を一手に引き受ける男。神村も前線には出ていなかったが主人公が消息不明になった報は知らされている筈。

 なのにこの男は……と皆の意見が満場一致する。


「黙りたくもなるわよ!!が……ヤマトが死んだのよ」


 自分は主人公だと宣言し、皆の希望の星となった男の名前をひのみは叫ぶ。

 そう愛しの彼を。

 ひのみに勇気を与える言葉を伝えて隣に立った大空ヤマト。


「死んでないだろ彼」


 ヒノミは神村の胸ぐらを掴みかかる。

 どうせ彼は後方で話を聞いただけだから事の重大さを理解していないのだろう。

 涙が溢れる。

 嘘でも彼が死んでないと否定した神村の言葉が相反する二つの感情を混ぜぐちゃぐちゃだ。


「何を言って……」

「んっ?気づいておらぬかひのみ。接続兵器コネクトウェポンを彼に与えた巫女だからこそパスが繋がってると思っていたのだが、私の勘違いか?」

「パス………嘘っそんなことってあるの?」


 神村に指摘されるまで全く気付けなかった手段で彼の生存を確かめた。

 そして気づく。

 膝から崩れ落ちていくひのみに涼介は駆け寄る。


「生きてる」


 小さな声だったが涼介は彼女が確かに希望を紡ぐ言葉を言い放ったのを聞いた。

 次の瞬間彼女はこれまで見せたことのないような笑顔で笑う。

 動転のあまり気付けなかったが、彼と結んだ縁はか細くとも確かにまだ存在していたのだ。

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