鮮血魔女編

第5話 吸血鬼初任務

「……それで?お前の隣にいるその娘は誰なんだ?」


翌朝、裏ギルドにカーミラを連れてきていたルカはリリガーノに詰められていた。


「この子の名前はカーミラです。えー………吸血鬼です………」


ぺこりと会釈するカーミラ。


「…………???」


肝心のリリガーノはというと。鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしてルカ達を見つめていた。


「吸血鬼…だと……?!………………。まぁ、いい。それよりブラッドリースライムの討伐、ご苦労だった」


あ、この人思考を放棄したぞ。長寿のエルフ族にとっても吸血鬼は珍しい存在なのだろうか。


「はぁ…どうも。それよりこの子は吸血…」

「次の任務だ!!」


話を遮られてしまった。どうやら本当に考えるのを辞めたらしい。コホン、と調子を整えてからリリガーノは二本指を立てる。


「次の任務は、二つある。中央ギルドでのセクハラ問題調査と連続失踪事件の調査依頼だ」


「どちらかを選んでもらうつもりだったが…相棒を見つけたというなら…話は別だ。この任務はその娘の裏ギルド入会試験も含んでおく。心して挑む様に」


相棒、と言った時リリガーノはカーミラを見つめていた。


『代行者』は本来信用に足る人物1名のみ相棒として任務に協力してもらう事が出来る。

1度のみ、かつ記憶抹消を前提とした協力が基本となっているが、その1度の協力である程度の成果を上げた相棒は『代行者』としての資格が与えられるのだ。

例に挙げるならば、現在一応『代行者』であるアキハは元々リリガーノの相棒だったという過去がある。


「分かりました。頑張ります」


「……頑張ります」


『代行者』とは何か。自分は普通の冒険者ではないこと。代行者の相棒となること。そのためには成果を上げなくてはならないこと。代行者として認められなければ、いつでも血を飲むことは出来ないこと。

それら全てを昨晩知ったカーミラは決意を固めた様子をみせた。全ては食欲、血の為だろう。貪欲な子である。だが、それでも頑張ろうとしてくれることがルカは少し嬉しかった。


「よし。今回は、協力者がいる。中央ギルドのアリス・ブラックローズという受付嬢だ。セクハラ問題については彼女から聞いてくれ。あと必要な物はいつもの店で調達するように。


では、以上!」


リリガーノの言葉を受け、ルカとカーミラは副ギルド長の間から退出する。


必要なもの、変身薬を手に入れるために。


代行者はその実態を明らかにしてはならないという制約の為、表ギルドで任務を受ける時には変身薬などを用いて身分を偽る必要があるのである。





…ガタンと木のトラップドアを開き、薄汚れた部屋へと這い上がる。薬品などが並べられたその部屋は、元『代行者』の身でありながら薬品店を営むブレイク薬品店の倉庫であった。

ルカとカーミラは裏ギルドの秘密地下通路を通りこの倉庫までやって来ていた。

中心に中央ギルドとカンパネラ聖堂を構え、放射状に広がる都市構造をした聖エストリル王国の外縁部にひっそりと位置するこの薬品店には、今日も客は居ないようだ。


カーミラに手を貸し地上に引き上げると、倉庫から誰もいない売り場へと歩いていく。


「よっすブレ爺」


「おお久しいの。クソガキ」


この荒々しい語気のお爺様は、ブレイク・エーデルワイス。元代行者という身分であり、現在は薬品屋として裏ギルドを支えてくれている。齢120だと自称しているが、こんな筋骨隆々で金髪オールバックな120歳などいないので多分嘘である。というか普通に人間なので絶対嘘である。


「今日は変身薬が欲しくて来たんだけど…ある訳ないよね?」


「勿論だとも」


自分の口ひげを弄りながら自信満々に取扱の悪さを誇るブレイク。


「ないなら……作ればいいのだよ」


ドヤ顔のブレ爺は、傍にあった老眼鏡を装着し、制作机に腰掛ける。


「流石俺たちのブレ爺だぜ 変態奇才なボケ老人!」


「フフフ燃やすぞクソガキ」


ブレイクはフラスコの中に次々と怪しい薬や草を投入していく。


「明日までには仕上げよう」


緑色の煙がフラスコの中から溢れ出る。その中に何かの生き物の目玉をすり潰した粉末を注いでいく。


「サバ読み過ぎですよお爺様」


「……バレては仕方ないの。5分待て」


時短ってレベルじゃねーぞとツッコミたくなる自分を抑え、ルカは興味深くまだ倉庫にある薬品棚を観察しているカーミラの元へと向かう。


「なんか欲しいの、あった?」


カーミラは赤色の薬品を指さす。


「これ…」


「これ…か。ん、?!え、『語尾がニャになる薬』?!これ…欲しいの?」


こくんと頷くカーミラ。


「…美味しそう…」


血だと思っているのか…!!食欲旺盛なこの子には赤が全て血に見えていそうで怖い。


「これ…はやめとこう…ね?」


「…………欲しい…」


きゅっとルカの袖を掴むカーミラ。


………買うかぁ…

ルカが初めてカーミラに負けた瞬間であった。




「おおい、完成したぞ」


と、店の方からブレイクの声。どうやら制作時間5分もサバ読みだったようだ。


「お爺様?2分もたってなくない?」


「伊達に120まで生きとらんからな」


ハッハッハと笑うブレイクの視線は、ルカの手に握られた『語尾がニャになる薬』と、まだ袖を掴んだままのカーミラに向く。


「………フム、そういうこと…か」


指をパチンと鳴らしニヤリと笑うブレイク。


「今晩はこの薬とその薬、あとその子でセイクレッドヘブンという訳だな…?」


セイクレッドヘブンとは神話級魔法『蘇生魔法』の名前である。至って真面目な、回復魔法である。


「こ…ちょ…おい!こらこのジジイ!!何の勘違いを…!!」


慌てふためくルカの口を人差し指で抑え、


「それ以上の言葉は、要らないとも…。領収書…要るかい…?」


渋くも甘い声で囁くブレイク。


「ン……!要るよ!!!名前はリリガーノで!」


もう半分ヤケクソのルカとキョトンとした何も理解していないカーミラ。


「おお…上司に払わせるとは…。中々やり手になったのぉ…。但し書きは『食費』でよろしかったかな?」


「もういいよそれで!飲む訳だし!!!」


「ほぉ…飲む…?! 中々…」


「ちゃうわい!」


顔を真っ赤にしてあたふたするルカの袖を引いて、何も知らないカーミラは呟く。


「……美味しいの…はやく飲みたい…」



「…ほぉここでか!いいのぅ若いのぅ~」


関心関心とニマニマするブレイク。


顔を真っ赤にして目線を泳がせるルカは、カーミラの手を引っ張って店の外へと飛び出した。


「ああぁぁぁぁ!!んぬぁ!また来るッ!!」


バッターンとドアは勢いよく閉まり、客は再びゼロになる店内。


「達者でな」


窓の外を走るルカに向かって満面の笑みで親指を立てるブレイク。


「…ン。金を貰い忘れたな」


まぁ、いい。弄りすぎた代金として今回は見逃してやろう。とブレイクはフフと笑った。



赤面したルカは無言でカーミラの手を引き、通りをただひたすらに歩く。貨物や人を乗せた竜車が道の真ん中を走っていく。

中央から放射状に広がる4km程の大通りを方位に沿って16本持つ円形都市であるこの国の、最南端にいたルカ達は現在南通りを歩いて中央ギルドに向かっていた。


中央ギルドまで残り1kmとなった所で、カーミラは突然足を止める。


「…どした?手…痛かった?引っ張りすぎたかな」


そんな心配をカーミラは頭をふるふると振って否定し、


「ん……」


と、とある建物に目線を向けた。


「…魔法学校…かぁ…」


魔法学校。それはこの世界での基本教育が受けられる学校であり、このメーティス魔法学校は初等教育から高等教育まで幅広く扱う国立学校だ。見た目だけで言うならばルカもカーミラもまだ学校に通っているような年齢である。


「…行きたいの……?」


「……………。」


反応はない、が少し俯いたように見える。


「……任務終わったら…行ってみようか」


カーミラの表情は髪に隠れて見えなかったが、手を引いて急いでギルドに向かおうとする様子に、ルカは少し笑みを零すのだった…。





ーーーーーーー 時は戻り、場所は裏ギルド。


ルカとカーミラが部屋から出て、暫くしてから。




部屋に一人残されたリリガーノは、ぼそっと小さく呟いた。


「吸血鬼…………………………まだ生きていたのか」


どこか曇った表情で親指の爪を噛むリリガーノ。


その瞳はとても血走っているように見えた。

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