第19話 親鴨への憎しみ

その目は、何か強い光を宿していた。


俺は知っている。これは、復讐の光だ。大切なものを失ったとき、人間は悲嘆するか、憎しみを抱く。この可憐な少女はいったい何に対して憎悪を抱いているんだろうか。






「雛。これが私が話した初鹿野唯光よ。みてくれは破落戸だし中身も相応だけど、こういった事柄に関しては役に立つことを保証するわ。逆に、それ以外には役に立たないし気が利かないから期待しないで。人に対する態度は、全般的になってない人間だから」


「よくもそこまで平然とブーメランを投擲できるもんだな」


「だって、唯光にぶつけようと投げているから安心よ。命中すれば戻ってくる心配もないでふぃふぁふぃふぁふぃふぁふぃぃぃ!」






禄でもないことを吐き出す口を強引に閉じるため、頬をつまんだ。かなり強く。


十秒くらいで放してやる。角川がぽかんとしてるからな。


赤くはれた頬をさすりながらふにゅふにゅと恨み言を吐いてくる女王・・・いや、もうういいか。馬鹿女。






「ああ、もう。なんでもかんでも力を使えば解決できるなんて思ってる野蛮人は、本当に」


「美音」


「う、何よ。怖い顔しないでよ」


「俺は、貴重な休日を潰してここにきてるんだ。お前と絡むのも嫌いじゃねえんだが、そろそろ本題に入りたいんだ。あんまり調子乗ってると、今度は頬じゃなくて・・・」




そう言って視線を落とす。びくんと身震いして胸を隠す美音。馬鹿だ。


角川が「今日は平日じゃ・・・」と呟いていたが勘違いだろ。




「次は首だ」


「殺す気⁉」


「その覚悟でいろってことだ」


「せめて胸にしなさいよ!性的な展開全てすっ飛ばしていきなり殺しにかかるってどういうことよ。おかしいじゃない」


「お前もその発想は大概おかしいと思うがな。なんだ、性的に蹂躙されてえのか。悪いな、断る」


「ううう、屈辱・・・絶対許さない」




いや、無残に純潔散らされるより首刈られて死んだほうがましな気がするんだがな。いや、本当にこいつはいずれそうなる可能性があるんだよ。馬鹿で高慢で、見た目がいい女ってのは鴨が葱鮪鍋セットを背負って歩いているのと同義だ。




「うふふっ」




角川の口から、笑い声が漏れた。え、なんだよ。今の会話に笑える要素があったか?あれか、茶番に対する失笑か、嘲笑か。いや、かなりかわいらしい顔で笑ってるけどな。顔も知らない焼津進馬に少しエンヴィーを感じる。リア充死ね。死んでるけど。




「何だか、意外と温かい方のようですね。少し安心しました。私は角川雛、一年生です」


「ん。そうか。初鹿野唯光、臼間の二年だ。今の一言でお前も異常な感性の持ち主だと解ったぜ」


「どうしてですか?」


「糞むかつく話だが、初鹿野唯光にポジティブな印象を受ける人間ってのは世間的には異常者なんだ。ここにる馬鹿女とか」


「はぁ?私がいつ唯光にいい印象を抱いたっていうのよ。普通に嫌いなんだけど。頬つねるし」


「つねられながら俺に絡んでくる時点で普通に異常なんだよ。俺の近くにいて耐えられる女なんて、お前しか知らねえんだよな。いい玩具だ」


「だって、それは唯光が・・・・・・ん、別にいいわ。幼馴染だから、相手してあげてるだけよ。それになんだかんだで唯光も私に絡んでくるじゃない。どうせ本当は私が目当てなんでしょう」


「ああ、いずれは手に入れてえもんだな。お前の首」


「やめて」






どうでもいい話で角川との話が進まん。いや、半分は俺のせいなんだが。角川は、微笑ましいものを見る目で観察している。




「つーかお前一応は女王様キャラ通してるんだろうが、こんなんで大丈夫なのかよ」


「ああ、それは問題ないですよ、唯光先輩。美音先輩はこのキャラで通ってますから」


「お前・・・いや、お前に演じきれるわけがなかったな。俺が間違っていた」


「間違ってるのは私に対する考え方よ。もっと崇めなさい」






「やっぱり、唯光先輩は良い人ですよ。世間の正常が異常なんです。唯光先輩みたいな人が必要以上に恐れられて、あんな人間の風上にも置けないような奴が人の上に立って尊敬されてるなんて、それが異常なんです・・・」


「・・・何の話だ」




そろそろ、本題に入ったってことか。美音も察知して黙った。








「進馬君を殺したのは、父の差し金に違いありません。唯光先輩、父・・・鴨蔵への復讐に力を貸してください!」








穏やかに笑っていた眼が、再び強い炎をたぎらせた。憎しみの炎が、めらめらと揺蕩うのが見える。




「根拠は何だ」


「鴨蔵は進馬君との交際にとても反対していました。私たちが絶対に別れないと反抗すると、進馬君の家に言って脅し上げたんです。進馬君のお父さんが秘密裏に借金を作っていることをかぎつけて、そんな人間の息子に娘はやれないってそういっていました。でも、そんなの方便です。私が進馬君と交際することは、鴨蔵にとって屈辱だっただけなんです。私は角川商社を大きくするためのツールでしかないんです」


「まあ、そういうこともあるだろうな。だが、いくら富豪でも日も暮れねえうちから弾丸ぶっ放すか?」


「いえ、できます。鴨蔵には政治的にも司法的にも後ろ盾がいます。それに、汚いことを全て引き受ける暗部が存在します」




暗部と来たか。本当なら相当に危険な男らしい。だが、肝心なことが疑問として残る。




「だがな、実際に藤沢から味原にかけて射殺事件は五件も起きてるんだぜ。それらもすべてお前の親父の仕業かよ」


「・・・・・・それは、わからないです」


「あの射殺事件は仲睦まじいカップルを狙って発生する、お前らが目についたとしても不思議じゃねえだろ。それに暗部といってもわざわざ射殺するのは不自然だ。普通に刃物で片付けたほうが楽だ」


「それは・・・」




しかも、と心の中でダメ押しをする。焼津を仕留めた銃はどうも長筒らしい。拳銃の類ならまだわかるが、たかが高校生一匹仕留めるのにそんな本格的な狙撃中を用いるのはおかしい。




「でも、鴨蔵が関与していないわけがありません!あの人はに睨まれて間もなくこんなことが起きたんです。暗部の仕業か、もしくはその射殺魔に依頼したのかも」


「それは、まあありえるがな。だからってどうしろってんだ。俺の手の負える相手じゃねえだろ」


「そうかもしれません。・・・無理は重々承知しています。でも、私ひとりじゃもっと無理なんです!美音先輩から聞きました。唯光先輩は、本当に困ったときには誰よりも頼りになる人だって」


「・・・余計なことを言わないで頂戴」






そうか、いいことを聞いた。あとあとのネタにするとして、今は角川の半紙に集中しなきゃな。






「お願いしたいのは、暗部を調べてほしいんです。おそらく七、八名の構成で、頭角の名前が沖田忠兵衛、怪力自慢の荒くれ者です。その腹心で暴れまわってるのが、熊村勝男。この二人は鴨蔵と話しているのを見かけたことがあります」


「ふーん。しかし、暗部つっても、いったいどこを根城にどういった活動をしてるんだ?」


「そこまでは、私も・・・ただ、暗部とのつなぎ役は恐らく屋敷御用雑務役筆頭の税所辰宣だと思います。時折挙動不審に出かけるのを見かけましたし、その時はケースを後生大事に抱えていましたから」


「なるほどな・・・で、俺はその税所を尾行して暗部の根城を突き止めろってことか」


「はい。お願い、できませんか」




深々と頭を下げる角川。いや、しかしな、相手が大きすぎるだろうが。県内有数の富豪と人殺しも厭わない暗部、ガキが相手にするもんじゃねえだろう。










だが、角川の眼をみりゃその真剣さは理解できる。一度ついた炎は簡単には消えない。恋もそうだが、恨みの炎はもっと消えない。恨みを晴らすか、自分が死ぬまで。










俺は、この少女が死にに行くのを笑って見送るのか。












それで、太陽の下を歩けねえなんて、被害者面ができるのか。












そんなんで、他人の好意を喜んでいられるのか。










柳一とか、会長とか、美音とか、そんな奴らを、人の気持ちも知らないやつと笑えるのか、どうなんだ初鹿野唯光。














これは、関係ないこととして切り捨てていいのか。














「角川」


「はい・・・」


「詳しい暗部の情報と、税所がつなぎ役だっていう確証が得られたら美音を通じて連絡しろ」


「!・・・それでは、」


「下手すりゃ死ぬ。射殺魔に暗部、豪商と来やがる。だがな、これでも理事長の息子だ。そこらへんのガキよりかは食らいつけるかもしれねえ。だがな、雛」


「ッ」




あえて、呼び捨てにして委縮させる。これからやるのは、この世で最も残酷な行為だ。












「生半可な気持ちじゃあやれねえぞ。角川鴨蔵は、殺さなきゃならん」
















「はい。馬鹿にしていた進馬君の命が、どれだけ重いものだったのかを分からせてやりたいです。覚悟はできてます」






「それならいい。・・・・・・気をつけろよ」






「大丈夫ですよ。鴨蔵も、娘たちには未だにある程度に信頼を寄せてますから」


「そうか。じゃあ、そういうことで。ほら、美音、喉を詰まらせた鶏みてえな顔してねえで行くぞ」


「え、あ、うん。え、どこに?」


「いいから、来い」


「え、ちょ、乱暴しないでよ。ていうかどんな顔よ」




扉を出る前に、一度だけ振り返る。






少女の瞳は、入室時と全く違わぬ光を宿していた。
























「意外ね、自分には何ら関係ない依頼を受けるなんて」


「ああ、自分でも驚いてる。・・・まあ、あのまま拒否して自殺でもされたら面倒だしな。せっかくの休日が台無しだ。つーか意外に思うんならそもそも俺を推薦してんじゃねえよ」


「ふふ、冗談よ。期待してたわよ。唯光は溺れそうになっている人間は引き上げようとしてくれるし、綱を渡ろうとしてる子供がいたら引き留めるくらいの良心はあるわ。ただ、引き留める方法が拳で殴って危険から引き離すから、それを見た馬鹿な野次馬が勘違いして評判を広めただけ。でもね、当の殴られた子供は、意外に真意を理解しているものよ」


「なんだ、いきなりどうした。ものすごくやりにくいからできればポンコツ女王に戻ってくれねえかな、今すぐ」


「偶には素直にならないとね。でも、唯光のロクに使いもしない脳みそじゃ言いたいことも理解できないかもね」














「この事件が終わったら、少し時間をとってもらえないかしら。というか、無理にでも作りなさい。久しぶりに、幼馴染するわよ」


「・・・幼馴染って、動詞じゃねえだろ」


「その反応は、いいってことね。その時、少し伝えたいことがあるから・・・・・・唯光は別に鈍感じゃないから、うすうすわかってるとは思うけど」


「まあな。伝えられたことを受け取れるかは保証できんが。あんまりお勧めはできねえぞ」


「そう」






















はあ、幼馴染じゃねえっての。まあ、だけど人と馴染むなんて、意外といつでもできるのかもしれねえな。幼い必要なんてないんだろう。馴染んで、その果てに何があるかはまだわからん。相手が美音だということもいまいちだ。










昔から、この女はいつもそうだ。何の影響か高慢の皮をかぶっちゃいるが、中身はお子様、普通の少女。だが、その皮のせいでいくつもの危機に見舞われた。俺がこいつを曲がりなりにも助けたりしたのは、まあ下心あってのことだ。俺はこいつに下心があって、こいつは俺に恩義と多少の慕情を抱いている。なら、なるようになるかもしれない。ならないかもしれない。














どうでも、いい。なんだかんだで、さっさと解決しようと思っている自分がいる。












窓の外を見やる。二羽の燕が並んで飛翔している。親子か、つがいか。






親子なら皮肉な話だ。先ほど、親鴨を殺そうという雛の憎しみを聞いたばかりだから。








つがいなら、どうだろうな。誰かを愛して、並んで飛んでいくってのはどんな気持ちなんだろうな。




















俺も、ああなるのか、なれるのか、どうなんだ。









<ダリアの言葉>

お分かりかと思いますが。

唯光君は、かなりロマンチストでポエミックな人間です。

石田もそうですが、不良というものを暴力以外の側面からも描きたく、そのために彼らには詩を紡いだり、変な渾名を考えてもらったりします。


事件の解決には暴力で臨む輩ですが、稀に愛らしさを感じていただければうれしいです。


今回は少しラブコメらしかったですかね。二人の「幼馴染」の結末は、二章最終話にて。いや、もちろん三章も続きますよ

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