第8話 先生に話を聞く

昼休み、社会科準備室にて。


「全く、時間にルーズな大人ってどこにでもいるものなのね」

桂間数弥先生に話を聞くことになったが、約束の時間を過ぎても先生が来ない。生真面目な会長は、腹に据えかねているようだ。俺は待たされることには何も感じないが、延々と会長の嫌味を聞き続けるのは苦行だ。他人へに向けられた嫌味をなぜ俺が受け止めねばならん。腹が立つのでさっさと来い、桂間。


「来ないわね」

「そうだな」

「先に井筒先生のところへ行く?」

「そうだな」

井筒先生が、庄和望と雑賀葉詠の担任だ。犯人が庄和を狙ったのか葉詠が狙いだったのか、完全に行きずりだったのかわからないが、とにかく二人の情報を集めたい。本当は葉詠に聞ければいいんだが。

しびれを切らし立ち上がろうとしたとき、ごそごそっと厚紙をかきわける音がした。社会科準備室は、それはそれは散らかっている。主に、プリントやロール紙、ボール紙などの紙類で。火事でも起きようものなら一番危ない部屋かもしれない。奥には大きなデスクがあり、上にも下にも紙がうずたかく積まれている。

「その人物」は机の下からのそりとはい出てきた。

紙の海から現れた男は、地理教師の桂間数弥その人だ。


「いやーわるいわるい。今日は朝から主任にさんざん絞られた挙句、今日の授業は出るに及ばずって言われちゃってさ。俺、なんかしたっけなぁ。そんなわけで朝からやることなくて、簡易ベッドで寝てたわけ」

桂間は、寝起きの象徴のような跳ね髪をぼりぼり搔きながら薄暗い部屋で紙に埋もれていたわけをわかりやすく説明してくれた。わからんが。会長も、待たされた怒りよりも奇妙な人間をみたショックのほうが大きいようだ。さっき石田を相手にしたばかりだからな。

「うーんと、さ。なんか俺に話があるって聞いたような気がするんだけど、君たち?」

「ああ。そうです」

「ええ」

俺と同時に会長も相槌を打つ。そんな会長の顔をしばし見つめ、桂間は言った。

「君、二年生?どこかで見た顔だね」

「な!」

まじかよ、こいつ。教職員が生徒会長の顔を知らんとは。まぁ俺も副会長以下の名前も顔も知らなかったが。

「二年三組の辰己祭です!」

「たつみ、まつり・・・・・・」

うーん、と少し考えている。会長が言葉を次の紡ごうとしたとき、

「あ!辰己祭ってあれか、【百合の女王リリーティアラ】か!」

「ちがいます」

なぜそうなる。

「いや、なんか授業中にこそこそ話してるやつらがいてな、何をしてるのかって思ったらリリーティアラだのイーヴィシュニーシュだの聞こえてきたから、詳しく聞いたら教えてくれた。お前、あれなんだってな。天国大陸を統べるミルヘーラ統一国の女帝なんだってな。すげーじゃん。臼間にも、そんな人材がいたんだな」

「いません。そんなのいません。ていうか貴方地理教師でしょう?そんな馬鹿げた話を真に受けたのですか?」

「いや?異界アスタグラムの話だから一般人には認識されてない言って岡本が言ってた」

「二年で、岡本君は一人しかいませんね。初鹿野君、退学処分にしましょう」

「いや無理だろう」

「桂間先生、貴方も馘首です」

「なんで?」

はは、なんでだろうな。

お前がクビになるのは反対しない。こいつ、石田よりもおかしい。

「はーあ。冗談だよ。まさか、俺がそんな話を本当に信じてると思った?これでももう二十四だぜ」

「少なくともやることがないからと言って資料の海でふて寝するような二十代を、信用したくありません」

激しく同意。

つーか、全く話が始まらねぇな。

「時間がないんで、話を始めますよ。木曜日、先生は第二管理室の当番だったんだよな?」

「うん。そうだよ」

「誰か、怪し気な奴が来ませんでしたか?生徒なんですが、挙動不審な人」

「さあ」

「真面目に考えてください」

「寝てたからわかんないな」

「はぁ?」

おいおい、ふざけんなよこいつ。

「いや、そんな目で見るなよ。鍵っつっても各教室とか、視聴覚室放送室部活棟とかそういうところの鍵だけだぜ。屋上とか危険物倉庫とか実験用薬品管理室とかボイラー室とかそういった危ないやつは職員室の奥に保管されてるんだ。正直いちいち入念にチェックするほどの物はないぞ」

「焼却炉の鍵はあったんじゃないのか?」

「へー。そんなのあったのか」

「本当に大丈夫かしら、こんなのが教員で」

会長が額に青筋を浮かべながら蟀谷を揉んでいる。石田からも、こいつからもまともな情報は得られないのか。

「全く、どんな教育を受けたらこんな人間ができるのかしら」

ダメ人間に対してよく言われる文句だが、教師を対象に言うケースは珍しいんじゃないか。日本の教育のためにも、珍しくあってくれ。

「どんな教育って、臼間の教育だよ。俺、ここが母校だから」

「私、転校するわ」

「おい・・・そうか、止めねえよ」

「貴方も一緒に来ない?火ノ鳥学院にでも行きましょうよ」

虚ろな目をして譫言のようにつぶやく会長。

「いや無理だろ、あそこ女子高じゃねえか。それより、親父に頼んで掃除してもらったほうが楽だぞ」

汚いものを片付けて、掃除をしたという事実すらも片付けてしまうのが親父だ。つまり、隠蔽。

「おーい。俺が臼間の恥みたいに言わないでくれるかなー」

「恥じゃないわ。汚点よ」

「黴だな」

「俺、先生だよ。忘れないでくれ」

正直この部屋を出たら即効で忘れたい。

「で、結局鍵を持ってった奴の中で、おかしな人間は関知していないわけだな」

「うん。鍵を借りてった生徒は名前と学籍番号を書くから一応わかるはずだよ」

「そうか」

「あ、でも焼却炉の鍵はわかんないかなぁ。そもそもそんな鍵があることすら知らなかったし、少なくとも壁の鍵かけにはないと思うなぁ」

「そうですか」

会長はもうこいつから話を聞くのはあきらめたようだ。

「だが、鍵の話は役に立つな。なあ、夜の十九時以降に鍵を返しに来た生徒を覚えていないか?」

「覚えてないけど、なんで?」

「いや、別にいい。・・・俺としてはもう聞くことはないが、会長はどうだ」

「何も聞きたくないわ」

「そうか。先生、もう行っていいですよ」

さっさとどっか行けというと、困ったように眉を顰める。

「おいおい。どっか行けって、俺は今日授業ないんだぜ。無断で帰宅するわけにもいかんし、ここでゆっくりしたいんだけど。というかさ、君たちは何か調べてるんでしょ?出ていくのは君たちだと思うんだけどさ」

ちくしょう。つい格好つけてお前は用済み発言をしたら最後に正論を食らった。・・・・・・いや、こいつもこいつで堂々と職務怠慢を宣告してるわけだが。

妙に悔しい気持ちになりながら、社会科準備室を後にした。



「初鹿野君。さっきの話なんだけれど」

「ん」

「鍵の話よ。十九時以降に鍵を返しに来た人がいるのかって話。犯人がわざわざ鍵を返しに来るのって不自然じゃないかしら?うまく盗み出せても返すときに見つかるかもしれないでしょう。むしろそのあたりに投げ捨ててるのではないかしら」

「いや、実際に鍵は返されてるだろ。だって、二十二時に焼却炉が稼働していたのを見つけた時、職員は鍵をとってこれたんだ。あの桂間はともかく、焼却炉の鍵が第二管理室にあったことは当番になったことがある職員なら知っているだろう。少なくとも、発見した教員は。つまり二十二時までには鍵が第二管理室に返されてたってわけだ」

「そう、そうなるわね」

だが、確かに不自然ではある。人を犯して殺して燃やして、犯行に使用した施設の鍵を平然と返しに来るのは、なかなかおかしい。まあ変質者はおかしいから変質者なんだが。


とりあえず桂間と話して分かったことは

「焼却炉の鍵は第二管理室にあった(但し桂間は認知していない)」

「十九時以降に鍵を返しに来た、もしくは返しに忍び込んだ生徒がいる(但し桂間は認知していない)」

「鍵を借りに来た生徒のほぼほぼを桂間は認知していない」

「桂間は事件そのものを認知していない」

「桂間は辰己祭が生徒会長だと認知していない」

「桂間は臼間高校出身」


収穫はゼロに近い。多少は得るものもあったかもしれないが、桂間数弥と知り合ったというだけでなんだか刑罰を受けた気分だ。


「次は、五限目と六限目を使って井筒先生に話を聞くわよ。お願いだから、まともな人であって」

会長がデウス様、ブラフマー様、オーディン様、仏陀様と世界中の神に祈り始めた。気持ちはよくわかる。俺と辰己祭がほぼほぼ同じ感情を共有した初めての出来事であったかもしれない。


「ああ、アドラメレク様」

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