理事長の息子は権威を笠に着て練り歩く

大魔王ダリア

想いの灰は見つからない

第1話 よくいる理事長の息子とよくいる鈍感主人公

「ねぇ、りゅうくん。今日のあいつ、一層荒れてない?」

ひそひそと幼馴染に耳打ちする。囁き声の主は、工藤篠芽というくりくりした丸目とよく通る可憐な声がクラスでも人気の女子だ。


そう、よく通るんだよ。声が。ひそひそでも普通に聞こえてるんだよ。俺が荒れてるってんなら、てめぇが益体もないこと呟くからだ。犯すぞ。大好きな幼馴染に処女取っておきてえならわざわざ俺を話題にすんな。

その声を拾ったのは、俺でもなく幼馴染くんこと雑賀柳一でもない。クラスの一隅にたむろする地味ギャル共だ。


「うっわー。ほんとにやばい目つきしてるよ」

「ほんと、犯罪者じゃん。絶対なんかやばいことやってるっしょ。」

「揉み消してもらえるからって、威張り散らしてほんと最悪。きっとレイプの一つくらいしてるよ」


ガタリと乱暴に立ち上がる。馬鹿が。俺だって親父が揉み消せる範囲とそうでないもんくらい理解してる。こいつらこそ、本気で俺がどんな悪事も許されているとおもっているのだろうか。

そりゃ、俺の親父はこの臼間高校理事長職の初鹿野政五郎だ。だがそれがレイプや集団暴力を了解してると考えているなら頭に糞が詰まっているとしか思えない。

時折女の弱みを握ってちょっかいをかけたり、小規模な不良集団を手懐けてカツアゲの上納金や喧嘩の仲裁をしたりしてるが、俺ができるのはその程度だ。弱みを握ったからといって肉体関係を迫れるわけもない。一度問題になって、唾液や精液なんかが検出されればどうすることもできない。カツアゲや喧嘩だって少し加減を間違えるだけで危ないことになる。大人に対するみみっちい根回しだってやらないわけにはいかねえ。


そんないらだちを顔に浮かべ、ギャル共に近づく。ひいっ、と息をのむ音がする。ああ?雑言いわれて、黙ってると思ってたのか?俺は「レイプの一つでもしてるような凶悪犯罪者」だぜ?そんなやつの悪口言って、自分たちだけは安全だと思ってるのか?はあ、殴るぞ。俺は、女でも殴る。男でも女でも、むかつく糞野郎はいるし、俺に向かってくれば躊躇なく殴る。

それに、お前らは俺に聞こえるように話してたろ。工藤はあくまで幼馴染との話題としてささやいた声が聞こえただけだが、あいつらは違う。当てつけのとしての雑言、俺には直接に言う気がない、だが自分の不満は聞かせたい。たとえ怒らせても多人数で話していれば攻撃しないだろう。そんな思考が伝わる。やべえ、本当に殴ってもいい気がしてきた。


だがまぁ、今殴るのはまずいな。この頭弱いギャルだけならどうとでもなりそうだが、クラス内での暴力行使は面倒だ。

放課後に集めてまとめてやるか。いや、だがこんな馬鹿共のために午後を苛々しながら過ごすのも癪だ。

そう思って精一杯睨みつけながら側を通って、通り過ぎざまに唾を吐きかけた。そのままずかずかと教室から出ていく。

あーあ。ついさっき唾液は証拠になるって考えたばっかりだってのに、やっちまった。まぁあいつらなら面倒にはならんだろ。

山﨑さん、大丈夫?とかティッシュあげるよとか後ろから聞こえてくる。前者は雑賀、後者が工藤だな。あの二人はいけ好かないリア充だが、人間としては善玉だ。工藤は悪口を言うことはあるが嫌らしくない。さっきみたいに荒れてる、とか汚いとか自身の不快感情を表すことがあっても憶測や噂で他人を貶めることはないし、雑賀は基本的に八方美人で俺にも友人になろうと言ってくる奇特な奴だ。考え方が甘いし態度が豆腐みたいにふにゃふにゃしていて嫌いな奴だが、ああゆう人間が好かれるのはわからないでもない。仲良くする気は全くねえが。


昼休みはもうすぐ終わる。当然授業が始まるだろうが、戻る気はない。粋がって勉強が無駄なんてほざくつもりはないが、くさくさした気分で教室に居座るつもりもない。


そう考えていると休憩終了のチャイムが鳴った。人通りが急に絶えた廊下を、俺だけが歩いている。ふと、窓ガラスにうっすらと映った自分の歩き姿を見て思わずつぶやく。

「ちぇっ。随分と”様”になってんじゃねえかよ。おもしろくもねえ」

ついてくる人もすれ違う人もいないというのに、肩を怒らせて風を切るような歩き方が身に沁みついてスタンダードになっている。この前、生徒会長にも文句言われたな。歩き方にいちいちいちゃもんつけんなと吐き捨てて去ったが、確かにこれは威圧的で、どこか滑稽だ。今時「風紀が乱れる」って注意をした会長も大概だと思うが。


少し寂しくなって、それでも姿勢は変えずに、俺は廊下を練り歩いた。

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