第24話 矛盾と理想を守るために

 ――一方その頃、ヒイロの現在位置から数キロ離れた半壊したコテージの前では――。


 『おやおや、やり過ぎてしまいましたかねぇ』


 ヒイロの消えた方向をわざとらしく右手を頭の位置に上げて眺めるのはブルーガイアのロボットだ。だが、改良をしたのか前回テュルフィングと戦闘した時よりも人間らしい滑らかな動作をしているようだった。


 『侵略者の一人だという可能性もありますからね、多少手荒になっても不安材料は消しておくべきでしょう』


 「――何をしているんですかっ!」


 よろよろとコテージの中から出てきた天次は、震える声でブルーガイアのロボットに向かって叫んだ。


 『おやおや、さすが私と同じ選ばれた戦士の一人だけあって回復が早い』


 同じ仲間のはずだが両目を充血させ、今にも倒れそうな天次に対してロボットの操縦者は冷静に対応していた。


 「彼が敵かどうか分からなかったのに、あんな風に攻撃したんですか!?」


 『攻撃? ……殺すつもりでしたが?』


 「説得させてほしいとお願いしたいのに、こんなのあんまりです……!」


 泣き崩れる天次にロボットに乗った男は舌打ちをした。


 『鼻につきますよ、めそめそと。映画やドラマでも油断して招き入れたら、そこから一気に基地が侵略されたり地球が滅びかけたりしているシーンを見たことありませんか。私がやったのは、そういうことにならないための水際対策の一つですよ』


 「少なくとも、彼は他者に危害を与えるような人じゃなかった! それなのに、わざわざ”ゼイアース”まで持ち出すなんて……!」


 地球が産んだ世界防衛の為の機動人型兵器”ゼイアース”は、とても人間一人に対して振るわれる力ではないだろう。天次の感覚なら、それは武力を超えた暴力だった。


 『貴女はまだブルーガイアの方針を理解できていない。ガイア様の意思の元、徹底して地球の害を与える可能性を潰すていくと誓ったではないですか。平和の為の、清浄なる世界。正常で清浄な、パーフェクトワールドを目指すことが我らの理念だったはずです』


 涙を拭った天次は、嫌悪の眼差しをゼイアースへ向けた。


 「だったら、悪意の有無関係なしに一人の命を奪うのも正しかったと!? 世界の為なら……いいえ、その理想を守る為なら一人や二人を殺しても許されると言っているのですか。――北原隊員!」


 北原隊員と呼ばれた男は、ゼイアースのコックピットで暇を潰すように眼鏡を拭いていた。その男は、ブルーガイアのゼイアースの操縦者の一人であり天次の通っていた高校の教師でもあった。

 言い争いになったのは一度や二度ではないのだろう、気だるそうに北原は返事をした。


 『殺したのは、ブルーガイアの理想の為です。しかし……私としては、面倒な生徒が死んだので嬉しい限りですよ』


 「――北原っ! 貴方という人は、正義を履き違えている! 正義という名目で暴力を振りかざすだけのケダモノだ!」


 何度も馬が合わずに口論になっていた二人だったが、ここまで強く天次が糾弾したのは初めてだった。そして、積み重ねた北原の憎悪はここで容易く決壊した。


 『ついでに、アイドル代わりにしかならないうるさい同僚も消えてくれませんかねえ。……ねえ?』


 嫌な予感を感じ、背後を振り返ると機関銃を構えた兵士の一人が立っていた。他の隊員達は昏睡状態だったのを確認したが、一人だけ無事だったようだ。

 そこに立っている兵士からは不気味な気配が漂っていた。全身が脱力したように肉体は重力の影響を受け、操られることのないまま紐でぶら下がっただけのマリオネットのようにも見える。


 「そ、そこで、何をしているの……」


 『ああ彼には罪はないです、僕の”能力”なら意識のない彼を操るぐらい簡単ですからね』


 含み笑いを浮かべつつ狼狽する天次の姿に北原は高揚していた。

 北原の”能力”を知っている天次は、ゼイアースを睨みつけた。


 「最初から貴方に正義はなかった! 許さない、悪に成り下がった貴方を絶対に許しません!」


 『はあ……。生きていたら、私に好きなだけ報復してくだい。生きていたら、ね』


 問答は無用とばかりに兵士は天次へと機関銃の銃口を向けた。そして、躊躇することなく引き金を引いた。


 ――ガガガン、と銃声と甲高い音が静かな森の中に響いた。


              ※

 ただ闇を切り裂く光が欲しかっただけだった。

 ただ弱者の祈りを聞き届ける存在になりたかった。

 ただ強者であることが誇りだと伝えたかった。


 それなのに、私は――。


 何故、殺されようとしているのか。

 何故、躊躇なく引き金を引いたのか。

 何故、こんなことになってしまったのか。

 そして、どうして――私は救われたのか。


 そんなことを考えられたのは、命を助けられたと気づいてからだった。


 『――やっちまった』


 天次と兵士の間にはゼイアースのものではない機械の右手が出現していた。そして、右手がゆったりと動いたかと思うと発砲を続ける兵士に軽くデコピンをした。コテージの壁を崩壊させるほどの勢いで吹き飛ばされた兵士だったが、アーマーに守られているなら大事にはならないだろうと二人に割って入ったロボットの操縦者は考えた。


 「その声……」


 命の危険から逃れることのできた天次だったが、今はそれよりも目の前に出現した個性の少ない人型のロボットに意識が向いた。そのロボット、マキナソルジャーは本来は敵機のはずで――テュルフィングと呼ばれていた。

 目の前のテュルフィングの姿に、つい最近の辛酸を嘗めた記憶が思い起こされる。ただし、この時は怒りや復讐心よりも驚愕と動揺の感情が上回っていた。


 「まさか、浅木君!?」


 天次を庇うように一歩前に出てゼイアースと向かい合うテュルフィングは静かに言った。


 『そうだよ、僕がコイツの操縦者であり、地球の敵だ』


 断言するヒイロに天次は、やはりそこでも怒りや憎しみを感じることはなく、ただ素直に――悲しい、と思った。


                 ※


 正体を明かした後の天次の反応を目にすることなく、僕は正面の敵と向かい合った。

 先程までの天次とこの機体の操縦者――北原のやり取りを聞いていたが、どうやら名前はゼイアースというらしい。この機体だけがゼイアースと呼称されるのか、それとも襲い掛かって来た複数の機体全てがゼイアースと呼ぶのか不明だが、少なくとも敵機の名前が判明したことだけは天次と行動した甲斐があったのかもしれない。


 『ほら、やっぱり私の睨んだ通りだろう』


 「お前もブルーガイアの一員だったとはな、北原」


 『先生を付けろ、先生を――なぁ!』


 ヒュン、と空を切るような音が耳にしたかと思うとテュルフィングのボディを揺らした。

 続いて、多量の石でも空から落ちてきたのかと錯覚するほどの装甲を叩く無数の金属音。


 『マスター、すぐにこの場を離れます』


 「――頼むっ」


 フィンの指示に従ってテュルフィングを後方へ撤退させる。しかし、無数の装甲を叩く音は鳴ることを止めない。


 「なんだ、これは!?」


 『解析しました、どうやら無数の小型飛翔体が本機を攻撃しているようです』


 「飛翔体て何だよ!」


 『拡大します』


 目の前のモニターにはテュルフィングに虫のように群がる大量の黒い球体が映し出されていた。

 目を凝らしてみると、その黒い球体はつい先ほどコテージから出ようとしていた自分の腹に直撃したそれと同じだった。


 「ちょっと待て、ロボットの攻撃をただの人間かもしれない僕にやったのかよ……」


 普通の人間ならあの一発で腹に穴空いていたはずだもんな。


 『提案です、マスター。飛行して敵の射程圏内から離脱しましょう』


 「賛成だ」


 テュルフィングにはジェットエンジンのような分かりやすい推進機関は備えていない。しかし、ボディの関節部分、足の裏、背中の一部には飛行能力を補う特殊な鉱石が埋め込まれており、内部のエネルギー炉と化学反応を起こすことにより爆発的な加速力を発揮する仕組みになっていた。

 この鉱石のことをタリスメタダイトと呼び、テュルフィングの心臓とも呼べる鉱石部品のことだ。その特性上、内蔵することができずに、常に外部に剥き出しになっていた。

 空に引っ張られるように、軽やかにテュルフィングを飛翔させたが蠅の大群のようにあの黒い球体が追いかけてくる。


 『あの飛翔体は一つ一つは大したダメージではありませんが、もしもテュルフィングのタリスメタダイトを狙っているようなら無視できる攻撃ではありません』


 「もしかして、一度の戦いで奴らはテュルフィングの弱点を調査したのか」


 『もしそうなら、非常に文明レベルの高い種族ということになります』


 「お褒めに預かり光栄だね」


 あえて口にすることはなかったが、前回まではこのような得体の知れない攻撃手段は持っていなかった。それなのに、この短い期間で装備を増強してきたというのか。


 『浅木ぃ……逃げ惑っているだけじゃ、戦いにならないぞ! 先生は、そんなことを教えた覚えはないぞっ』


 外見だけなら機械の肉体を持つ僕以上に機械のようだった北原とは同一人物とは思えないほど、彼の声は躍っていた。

 ゼイアースも背中のエンジンを点火し追いかけてくるが、どうやら運動能力に関していえば、前回から大きな変化はなかったらしい。しかし、それよりも厄介なのは常につきまとう無数の鉄球の群れだった。

 スピードだけなら脅威ではないが、どんどん数が増えて、自機の活動するスペースを奪っていた。


 『警告、警告、マスターこのままでは敵機にタリスメタダイトにダメージを与えられる可能性があります。速やかに、ここからの撤退を進言します』


 「んなことは、分かってんだよ!」


 自分でも馬鹿な事をしていると思っているが、北原は仲間である天次を殺害しようとしていた。ここで自分が逃亡してしまえば、間違いなく北原は天次を殺すだろう。

 ここまできたら、認めるしかない。

 この戦いは地球から脱出する為の戦いではなく、天次を救う為の戦いだ。僕は、本気で敵であるはずの天次を助けようとしている。


 だってそうだろ、あの女は僕に凄く近い性質を持っている。そんな奴の死に場所はここじゃない、もっと最高の舞台で僕と対峙しなければいけないのだ。その結果が、どちらかの死だとしても、僕はいや僕達はその結果を受け入れらるはずだ。


 「奴は、僕達ヒュドロスの脅威になる。ここで叩かなければいけない敵だ。奴をここで仕留めるぞ!」


 『了解です、マスター』


 主の希望を軽く受け入れてくれる人工知能に感謝しかなかった。もう少し人間らしい人工知能なら、無理やりにでも帰還していたに違いない。

 正体不明の敵にいつ増援がやってくるかも怪しい状況だが、ここで背を向けることは僕の望んだ悪の軍団の流儀に反する。

 これでいい、僕はここで奴を倒すんだ。

 

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