第15話 ファーストミッションはJKのストーカー

 勝手な思い込みで情報集めを怠っていた僕も悪かったが、紛れもなくヒョウリはアイドルデビューをしていた。さらに、驚くべきことにあの日悪の軍団ヒュドロスとして目立った侵攻作戦をする前からヒョウリは、この地球で芸能活動を行っていたらしい。特撮関係の芸能人の名前しか知らない僕は、ただただ衝撃を受けていた。


 侵攻作戦をする数か月前、世情調査をしつつ仕事を探していたヒョウリに声を掛けたのは芸能事務所の人間だった。最初はアイドルという存在がピンと来ていなかったが、好奇心の強いリュミカの後押しもあり、ヒョウリはアイドルのスカウトを受けることにした。しかし、口数も少なくリズム感が皆無のヒョウリには荷が重く、アイドル活動中はリュミカが中心に歌手活動や役者としての仕事も受けているそうだ。

 広いマンションの部屋のソファに腰を下ろし、無造作にテーブルに置かれていた雑誌の表紙には見覚えのあるリュミカらしい弾けるような笑顔の写真が写っていた。


 「今話題の二面性を持つニューアイドル……表裏流美加ひょうりりゅみか


 雑誌の表紙に書かれた文字を声にして読みながら、思わぬ場所から侵略のアプローチがあっていたことにまだ思考が追い付いていなかった。


 「驚いたか? というか、知らなかったことに少しショックだ。こう見えても、それなりに売れているつもりだったんだがな。大半はリュミカのお陰だが」


 「そうはいっても大胆過ぎる……」


 「これが中々便利な仕事なんだ。メディアの一部として仕事をすることで情報も集めやすいし、いざ侵略が始まれば、こういう偶像的な立場は後々役に立つこともある」


 乱雑に置かれていた雑誌をテーブルの角でまとめて積み上げたヒョウリは、キッチンから運んできたグラスを僕の前に置いた。そのグラスの中には、よく冷えた炭酸飲料が注がれていた。

 いただきます、と呟いて口に付けた地球製の炭酸飲料は久しぶりに飲んだからか非常に美味だった。改造の際、消すこともできた味覚をそのままにしておいてくれたペッサラには感謝だ。

 喉を潤した僕はヒョウリに疑問を投げかけた。


 「ボスから詳しく聞いてこなかった自分も悪いのですが、ここまで地球に馴染んでいるなら僕の役目はいらないんじゃないのですか」


 「そう思うのも分かるが、少し事態は変わった。これを見てほしい」


 ヒュドロスの基地で団員に一人一台ずつ配られた液晶端末だった。タブレット端末のようなこの機械の機能の一部として、この液晶画面から立体映像を発生させることができる。こうした立体映像を活用することにより、円滑にマキナソルジャーや基地ヒュドロスの整備に役立てているのだ。

 そんな立体映像には、精巧なフィギュアのように歩く一人の女子高生の姿が映し出されていた。


 「この子は……」


 「ブルーガイアの例のロボットの操縦者の一人だ」


 「う、嘘だろっ!?」


 思わず前のめりに黒い長髪の制服姿の女子生徒をまじまじと見つめた。どこにでもいる……と言うには失礼なぐらい顔立ちの整った女子生徒は、クラスで一位二位の美人いや学校で一番と呼んでもいいかもしれない。

 あまり同世代の女子にときめいた事のない僕ですら、彼女から浮世離れした美貌を感じていた。


 「もう少し体を低くしたら下着がのぞき込めるぞ」


 「え、本当ですか? どれどれ……て、違いますからっ! 単純に学生が地球を守っているという事実に驚いているんですよ!」


 「ノリツッコミ……本来はそんな性格なのか、意外とノリがいいな。そういうヒイロだって、同じぐらいの年齢で地球を侵略しているじゃないか」


 「清々しいぐらいに反論できませんね……」


 びっくりするぐらいヒョウリの言う通りだ。むしろ、女子高生が世の為人の為に地球を守るなら漫画やアニメで耳慣れた話だが、こっちは自分の母星を葛藤することなく侵略しようとしている男子高校生だ。僕の方が圧倒的にマイノリティと言えるだろう。


 「ヒイロがヤベェ奴だという事実は、今さら掘り下げてもしょうがないだろ、さっさと本題に入ろうヤベェヒイロ」


 自覚しているので、僕は複雑な表情のままで頷いた。


 「察しのいいヒイロなら何となくは理解しているかもしれないが、ブルーガイアのこの子の調査をお願いしたい。他のメンバーは自分達の基地に常に駐留していると世間に公表している……が真実は分からない。奴らの正体を探るには、彼女を狙うのが一番だということだ」

 

 「僕が学生だから、彼女に接する機会も多いと?」


 「ああ、彼女に近づいて情報を引き出すんだ」


 「お言葉ですが……まともに異性の友人も居なかった僕には、かなり荷の重い仕事になると思うのですが……」


 仕事には向き不向きがあると僕が考えるが、この任務は明らかに後者だ。正直、同世代の異性の考えていることが全く理解できない。そんな連中と仲良くしろと言うのは、僕にはかなり酷な仕事に思えた。

 出来ればやりたくない、そんな僕の切実な感情をヒョウリはバッサリと切り捨てた。


 「駄目だ、これはヒイロにしかできない仕事だ。他の男達では目立ちすぎるし、便利な機械で外見だけうまく溶け込んでも結局のところ形だけ真似をしても接近したらバレる恐れもある。……これ以上、ヒイロに頼まない理由はあるか?」


 必要なら他の理由を述べられるぞ、といったヒョウリの眼差しを前にしては僕は降参するしかなかった。


 「……謹んでお受けします」


 「それでいい、こちらで準備は済ませた。早速だが、明日からの登校を頼むぞ」


 「明日! そんな、あんまりいきなりすぎ――」


 じろりと射貫くようなヒョウリの視線に僕は声を詰まらせた。


 「――情けない、いきなりウチの組織に飛び込んできた覚悟はそんなものか。こんな所で弱音を吐くのか。……未来の幹部候補が聞いて呆れるぞ」


 「ぐっ……うぅ……はい、誠心誠意この仕事を全うさせていただきます。もう異論はありません!」


 「よし、それでいい」


 せっかく悪の軍団になったのに、また学生生活に戻されるなんて……。げっそりとした精神状態の僕を置き去りにして、重要任務の前夜は更けていった。

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