【会談】それはずるいよ~

 重金属は危険

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927863018266924


 ◇ ◇ ◇ ◇


 1559年5月8日辰の刻(午前8時)

 上野国甘楽郡光厳寺

 武田太郎義信

(遂に重大な決断しちゃったよ、オイ)




 私が板の間に腰をつけ、両の拳を前につく。

 首を垂れた向こうに軽い足取りで現れた男が目の前に座った。


「頭を上げなされ」


 童のように高い声。

 歌うような言葉。


 これが首取り大胡の首魁、左中弁政賢か。

 この男に今、武田は滅ぼされようとしている。


 武田の直系の血筋を引き、伝統ある甲斐武田をこれから率いていかねばならぬ私が頭を下げねばならぬ相手。


 屈辱を今は耐えねばならぬ。

 いやずっと耐えねばならぬのか?


「で、話って何なの? もうこれから戦だよ?今日のうちに武田軍崩壊。これ決定事項。言うことがあれば早くしてね。決戦しよ~」


 ギリギリの間合いだったか。

 これ以上待てば仕舞だったのか。


 朝方まで東部からの侵攻具合を見極めていた。


 しかしうまく情報が入らぬ。

 大胡が大慌てであるという事だけは分かったが、それは昨夜の事。


 早朝、軍議を開いた。


 「今暫し様子を見れば大胡の東が揺れ動く。それまで耐えれば」


 「既に退路は断たれた。兵糧が尽きる前に決戦を」


 「後退して持久戦をすべし」


 様々な意見が飛び交った後、御屋形様からいつもの様にご裁可がある筈であった。


 しかし御屋形様はずっと黙っておいでだった。

 そして徐に私を名指しして寝所としている貫前神社で2人だけで話をするとして軍議を中断された。



 神社の一室にて御屋形様が腰を下ろして暫く私を見ている。

 そして静かな口調で私に問いかけた。


「太郎よ。謀反をするか」


 ドキッとした。


 一瞬、言葉に詰また後、それを否定しようと口を開くも機先を制され続けて問いかけて来た。


「咎めているのではない。むしろこちらから願うておるのじゃ」


「!何故でござるか!?」


 御屋形様は最近、絶対と言ってよい程脱がない小手を外した。


 覚束ない手つき。

 じっと待つ。

 力が入らないらしい。


 そして小手が外れ、見えて来た手の甲はどす黒くいた!


「足も動かぬ。皆の前では何とかしのいではおるが、もう限界よ。頭もよう動かぬ」


「医者は何と!?」


 名医と名高い永田徳本の下で医術を学んだ者が御屋形様を診ている。

 その者が手をつけられないのか?


「鉄砲の古傷じゃ。砥石崩れの折りに大胡の狙撃を受けた。その時の鉄砲玉が体の中で粉々になり取りつくせなんだそうじゃ。その鉛の毒で徐々に体が動かなくなり腐れる」


 あの時の傷が今になって!


 大胡により御屋形様が倒されることになるか。

 狙撃に失敗してもなお祟る。


 恐ろしい。


「故に謀反をせよ」


「何故ですか!? 普通に隠居し某に跡目を譲り余生をゆっくりと……」


 御屋形様はゆっくりと首を左右に振った。


「お前は若い。未だ皆の信頼を勝ち得てはいない。支配者は支配を受け入れる者たちの上にある。人は石垣ぞ。未だその石垣が出来てはおらぬ」


 御屋形様は更に続ける。

 息をするのも苦しそうだ。


「武田は甲斐信濃のものを結束できる力を失いつつある。あまりにも大胡が異質で強すぎるためじゃ。この儂ですら良いように操られた。無様なものよ。

 その大胡を敵に回して太郎。お前は勝てるか? 生き残れる自信はあるか?」


 思わず視線を下へ向ける。

 悔しいが全く自信がない。


 先の緒戦では勝った。

 だが犠牲も多かった。


 それも4倍の兵力差で臨んだにもかかわらずだ。


 次は敵の主力部隊との決戦だ。

 兵力も大して変わらない。


 無理だ。勝てぬ。

 そうとわかっていても武田は突き進むしかない財政状態にある。


「儂は敢えて戦力が落ちるにもかかわらず、好戦的な忠誠心の低い者どもをここへ引き連れて来た。どうしてだかわかるか?」


 馬場や高坂、虎昌の爺。

 あの者共が忠誠心が低い?


「それ以外には、太郎、お主に忠誠を誓うであろう者を連れて来た。内藤も連れてきたかったが、それは出来なんだ。儂が何をしたいか分かるか?」


 謀反。

 つまり切り捨てか?

 私に付いてきそうにないものを殲滅させる。

 大胡の手により。


「武田を残さねばならぬ。そのためには非情となれ。堅忍自重。忍耐じゃ。堪え難きを絶え、忍び難きを忍べ。大胡と内通せよ。そして父の横腹を刺すのじゃ。その功により……」


 苦痛に耐えかねたためか、小さな声になりつつもしゃべり続けていた御屋形様、いや父上がその言葉だけはっきりと、魂から吹きあがる意志を載せて私に手渡した。


「大胡の下で……生き延びよ! そしていつの日か……いつの日か……石垣を作り……」


 そこで息を詰まらせ前のめりに倒れた。

 私はその体を抱き起す。


 軽い。

 こんなにも父は軽くなっていたのか。

 逞しく、いつも強い父上。

 それがいつの間に。


 側の襖が開けられ一人の鎧武者が入って来た。


 顔は父上と瓜二つ。

 逍遥軒殿だ。


 しばしば影武者を務めている。

 此度も影を務めるか。


「太郎様。いえ御屋形様。軍議にて決戦の指示を出します故、左翼の備えをお任せいたす。そこから本陣へ……」

 

 そして今日の布陣となった。



「へぇえ。謀反ね。合戦の最中で。まあ、それなら悟られにくいよね。正史とは違うな。でもそれやると家臣に恨まれない? 秀秋っちゃわない?」


 噂には聞いていたがこの御仁、何を言うているのかわからないことが多いようだ。


「覚悟の上の決断でござる」


「ん~と、でもね。大胡は国衆や大名を生かしておかない。というかその地位を剝奪する方針だけどいいの?」


「致し方ござらぬ」


 大胡殿はその童顔にふさわしからぬ冷徹な目で私を見ながら思索を廻らしている。


 時折髷に手が行くがすぐに手を戻し、またしばらくすると髷に手が行く。

 癖なのであろう。


「ですが甲斐の国衆は土地のものと切っても切り離せませぬ。強き武田勢をお使い為さりたければ領地を安堵するのが宜しいかと」


「言われなくても分かっているよん。

 でもね。それやっちゃうと何時でも謀反できるからね。そんな兵力は要らない。

 だから……」


 背中が汗でびっしょりになっているのを感じる。


 今が決戦だ。

 ここで武田の未来が決まる!


「国衆の現在の当主と惣領息子は出家して華蔵寺で全員奉仕活動! 勿論ただ働き。それを養うのは次男以下の者。大胡の士官として働いてもらいます。その配属先は追って考えます。要は人質だけどきちんと養うには出世しないと収入がないよっと。結局、武田は飢えて侵略始めたわけだし、飢えなきゃいいじゃん。飢えない可能性を外へ向けないで出世のためにガンバ!

 そのためなら今までの領地の者を徴兵して精鋭部隊を作ってもいいよ。

 けど収入は俸禄に変える。胃袋を大胡で抑えさせてもらいます」


 よくわからないが、取り敢えず武田の家臣は生きながらえる道が出来た。領地は取り上げられるが絆は保たれる。これならば私について来てくれるものもいよう。


 大変なのは常の事。

 これから大仕事が待っている。


 父殺し。

 そして殺戮だ。


 その血で潤した大地の上に石垣を作らねば。

 そのような状況までに武田を追い詰めた小男が私の前に座り、複雑な笑顔でこちらを見ていた。


🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸



「大胡の鉄砲のせい」


 ではないと思いますが、たまたま鉄砲玉が骨を砕き破砕したのか? 

 この辺りの医学常識は確認しませんでした。


 因みにダムダム弾は作らない予定です。





「武田家臣団の扱い」


 家康は赤備えとして重用することで忠誠心を勝ち得ました。

 しかしそれも軽格の者だけ。

 有名な武将は皆討ち取られたので出世できたとプライドをくすぐられた部分もあったのでは? 


 でも大胡では結構大変そう。

 辻褄合わせるのが大変だぁw


 これが複雑な笑顔の意味です。

(作者の苦悩でもあります)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る