【台地】真面目に逃げようぜ!

 1556年1月9日午の刻(午前11時)

 品川北西5町

 武田信繁

(あまり必死ではない落ち武者、武田弟)



 起伏のある斜面を上り下りして西へ向かって品川を離れる。

 戦で落ちのびるのは初めてだ。砥石崩れの時は躑躅ケ崎に居りやきもきしたものだが、こうして己が退陣どころか敗走するとは思ってもみなかった。


 喉が渇くものだな。

 この寒空でも汗をかく。

 体が熱い。

 しかし頭は冷静であらねば成らぬ。


 勘助は如何したろう?


 まずは助かるまい。

 退き口がない。


 敵は同数とはいえ鉄砲を多数持っている。

 機動力も高い。

 幾ら策に長けているとはいえ、敵の部将(東雲尚政と言うたか)も頭が回る。


 しかも肝が据わっている。

 新しき戦を仕掛けてきた。


 あれは相当に肝が据わっておらねば実行に移せぬであろう。


 馬場は川向うへ脱出できたらしいが、刀槍甲冑を全て置いての渡河だ。

 しかもずぶ濡れ。

 戦力にはなるまい。


 内藤や保科、仁科の東搦め手勢は?

 首尾よく品川湊を占拠出来たか?

 さすれば辛勝とも言える。


 大損害であろうとも初期の目的は達せられる。

 兄者の本隊も無傷であろう。


 品川からの収入で武田は一息つけよう。

 あとは儂が品川砦跡に辿り着き、内藤らに繋ぎを付けて合流、品川を完全に武田の物とする。

 

 騎馬でこの斜面は移動し辛い。


 下馬の指示を出す。

 この方が却って早く動けるであろう。

 平地に出たときまた乗馬すればよい。


「典厩様。兜をお脱ぎなさった方が宜しいかと。もし敵の追っ手が来たとき狙われまする。落ち武者狩りもあり得まする」


 水牛の角が2本。

 相当目立つであろう。


 陣に座る様は味方の士気を高めるために有用であるが、敗走の時は正に討ってくれんばかりに目立つ。じゃが桶側胴の正面に大きく武田菱、紺糸素懸威の大袖。


 遠目でも名のある武将と目を付けられること必定。

 今更じゃな。


 そのように言い断る。


 やっと少しばかり平らかな場所に出る。

 今までは枯草の中を歩いて来たようなものであったから、視界が開けやっと背伸びが出来るようになった。狭いながらも耕されたような土地があり、あぜ道もある。


 先頭を行く馬周りが20間先まで様子を見に行き安全を確認した後、乗馬しようとした。


 右顎に衝撃が走る。

 矢を射られたか?


 そして頭の左が……



「典厩様~~~~!!!!」





 武田典厩信繁

 品川攻囲戦にて討ち死。



 享年32


 ◇ ◇ ◇ ◇


 同日同刻同場所

 那須洋二郎

(いつもクールなスナイパー)

 


「今日の酒代、ありがとうな」


「糞! 高々40間、それもほぼ無風。俺としたことが外すとは。何か弓に問題が……」


 やはりこの台地が敵さんの逃げ場になるよな。

 ここで伏せていてよかった。


 結構大物を仕留めたみたいだな。


 洋一が自分の失敗の原因を探している。まあきっと、大したことでもない事のせいにするのだろう。

 それよりも早くこの場を立ち去らねば。


「ああああ! こいつかぁ!? さっきの枯草が挟まっていやがった。洋二、今のはやり直し。まだ敵は沢山いるから、どっちが数多く射止めるか勝負しようぜ」


 もっと頓珍漢だった。

 呆れる。

 いつもの事だが。


 絶対にやらんと言って、早々に立ち去るように宥めすかして静かにその場を後にした。


 あとは東雲隊長に「武田菱の入った胴と水牛の角の兜」を身に着けた武将を討ち取ったと報告して、仕事は終わりだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 同日同刻 

 品川湊北2町

 東雲尚政

(御髭がダンディー? 狐先生)



 敗走する敵の武士のみを狙えと指示したが、武田の武者が兜を脱いで逃げるため判別に苦労している。


 武田は何度も敗走した経験があるからな。

 潔いというか、泥臭いというか。


 生き残るためには何でもしそうだな。

 大胡が士分のみを討つと知って、敗走する際には鎧兜を脱ぎ捨てるだろう。


 一度この場で討ち漏らすと後が大変だ。

 できるだけここで仕留める。


 後方から馬を連れてきたが、乗馬して騎馬にて追撃しても、松林や台地へ逃げ込まれるともう追いつけないか。


 だが既に追撃するだけの余力はない。残敵掃討は諦め、品川を奪還する方法を考える。


 革の腰帯に付けていた望遠鏡で大手門上の味方の様子を見る。既に交戦はしていないようだ。


 政輝の奴がこちらへ向けて


「さむずあっぷ」をしていやがる。

 あとで褒美の拳骨をくれてやろう。


 交戦をしていないという事は、品川内部の敵が休息をしているか撤退の準備をしているかだ。


 よく観察すると煉瓦の壁に開いている狭間が塞がれている。釘で板を打ち付けたのであろう。


 あの釘を抜くのは専用の道具がなければ難しい。


 政輝の事だから壁上へ登り口も塞いでいよう。それで品川の防御を諦めたのか?


 西の馬場隊を追い散らしていた中隊から伝令があり、品川西の様子を知らせに来た。


「敵。河船にて対岸西町へ渡河中! 既に500以上が渡河した模様」


 俺でもそうする。

 品川には水兵糧はあるが、武田が必要としているであろう矢や弓弦、革製品、そして銭はほとんど置いていない。


 あるのは鉄砲と弾薬、それの大胡札が少々。

 酒も多分捨てているだろう。


 殿が言っていた焦土作戦だな。

 絶対に土地をやらん。


 少々手当したとしても使えぬよう、一時的に無価値とすることで敵は撤退するしかない。大胡に忠誠を誓っている、大胡の善政を信じている者達は、その後の復興が「好景気」になることを知っているのだ。


 だからそれが可能。

 ほかの大名にはできない、大胡ならではの作戦だ。


 さて、これで捕虜が連行されるようならば追撃をするが、河を騎馬が渡るには目黒川は深すぎる。もっと上流へ迂回するしかないが、壁面を登り壁から狙撃するのが良いか?


 間に合うのならばそれが一番だ。

 とりあえず大手門上に増援を送るか。


 ……政輝の奴、これを見越してか?


 鉤縄を下ろしてやがる。

 その先回りの才を認めて、拳骨をもう一つくれてやろう。


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 別の世界線でもアーチェリー界は変な奴ばかりらしい。

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16817330648527405064

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る