【首級】最後まで足掻くライオン

 1553年12月1日未の刻(午後2時)

 上野国桃ノ木川渡し場東岸

 北条氏康

(罠にかかったライオン)



 カッ!

 どどおおおおおん!!!!


 轟音とともに左翼に突入した兵がこちらへ吹き飛ばされた!

 続いて二回目の轟音。


 あれはなんだ?

 もしや、巨大な鉄砲か??


 それはなんでもよい。

 今見るべき、考えるべきものは、目の前に起きている「人であった赤い物」だ。


 兵100近くが一瞬で吹き飛ばされたようだ。

 勿論、士気は崩壊寸前。

 他の備えの兵も愕然としている。


 轟音と共に空いた穴からは、敵の精鋭らしき200余りの新手が突っ込んできた。


 全方面の敵が鉄砲を散発的に撃ち始め、それを合図に攻勢が強まり、こちらの備えに牙を剥いている。


 ここまで大胡は余力を残していたのか。


 半包囲されていく。数の上で有利なはずのこちらが包囲されて手が付けられぬ。


 総退却しかないのか?

 ここまで来て潰えるのか?


 儂の代で北条が潰える。

 唇がぎりりと鳴り、血が流れる。


「後方の川向こうに敵、騎馬兵の集団およそ1000!! 後備えと交戦中! 周りを囲まれてお味方が見えません!」


 くっ!


 やはり修理亮の騎馬隊は負けていたか。

 もう仕舞じゃ。引き鐘を鳴らさせようとしたその時!


 どどどどどおおおおおおおん!!!!


 耳がキーンとなり、何も聞こえなくなる。

 今度はなんじゃ?


 後ろを振り向いていた体を敵の方へ向けると、今まで居たはずの旗本の足元が大きくえぐれている。


 儂の前にいた100余りの精強な旗本どもが倒れ伏して居る。

 地面に火薬を仕込んでいたのか??

 あの平らな道路が大きく破壊され、そこに爆発した跡があった。


 士気が残っている兵はどれほど居る?

 周りを見渡しても怯え逃げ惑う兵か、腰を抜かしてへたり込んでいる者しか見当たらぬ。


「殿。ここはお逃げください! 某と影が残り、敵を引きつけまする。厩橋に残している500が居れば御家の再興が!」


 そう言うと盛昌は、儂の乗った馬の轡を取り馬首を返し、馬の尻を叩いた。儂は抗う気力も失せた。


 振動で兜は脱げ、前屈みになり馬の首にしがみ付くのがやっと。盛昌に指名された屈強な者10数名に守られ川を渡る。南方2町では騎馬に囲まれた後備えが最後の交戦を繰り広げていた。


 半分は赤い集団。

 もう半分は緑色の集団。


 ここまで自在に兵を操る大将がいるとは……



 負けた。

 初めてそう思った。


 戦略で負けた。

 内政で負けた。

 調略で負けた。

 諜報で負けた。

 武具で負けた。

 戦法で負けた。

 武将で負けた。

 

 そして

 戦を失った。



 その結果が、今、進行方向で返り忠をしたらしき和田勢が退き口を塞いでいる状況。


「もしや、そこの落ち武者。関東管領北条氏康殿ではござらぬか? 馬を降りて大胡の殿にひざまずく気持ちがあればお助けいたす。その護衛の者たちの命も儂の名誉をかけて保証いたす」


 後ろから近づいて来た真っ赤な装束の武者が、大声で投降を呼びかけてきた。周りにいた馬廻りの者たちは儂の顔を一斉に見た。

 その中の一人が儂の馬を引きずり、唯一の逃れ口である北へ向かって一緒に馬を走らせる。残りの者は口々に最後の別れの言葉を儂に告げ、赤い奔流へと突っ込んでいく。


 止めろ!!! 


 お主たちは生き残り、氏政のために働いてくれ!


 そう言いたかったが、もう声が出ない。


「殿。最早これまで。囲まれましてござる。御腹を召されるか、それとも敵陣に突っ込み果てまするか? もうそれしかござらぬ」


 最後までついて来た側使えが問いかけてきた。


 周りには上泉の旗差し物を背負った農民兵らしき集団。最後はもののふに首級を上げられず、農民に討ち取られるか。


「自刃は好かぬ。武士として最期まで抗おうぞ! それが北条の生き様よ! 続けぃ!!」


 かいなに最後の力が宿った。太刀を抜き、北西にたむろする足軽に突撃する。風上に向かい、最後まで風に逆らい駆け抜ける。


 これが儂の生き様よ!

 よく憶えておけ、氏政!

 抗うのじゃ。

 最後まで、最後までっ!!


 儂は農民兵に向かって太刀を振り下ろした。





「やった~~~~!

 兜首らしき武士の首、この荻窪庄吉が討ち取ったぁ~~~~~。これで俺も武士ぞ!!」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 申の刻(午後3時)

 爆発直後の爆心地東30間(60m)

 後藤透徹

(片手失った? 仁王さま)



 ひい、びっくりしたわい。


 ここまでぎりぎりでの爆発とは、聞いておらぬぞ!


 まあ仕方ないわな。導火線がまだ安定していないとか言うておった。点火時期を計るのは容易な事ではないからの。


 火薬を煉瓦の下に詰め込み、その場所まで誘き寄せた時に爆発するように点火するとか、儂にはどのような工夫をしたのか聞いても全く分からんぞ!


 本来は危険すぎると、最後まで取っておいた手段じゃ。それが儂と儂の部下を救った。


 直前まで敵の精鋭に囲まれ、儂と一緒に突入した手勢100、半数まで討ち減らされていた。


 儂の周りは敵兵たちで一杯じゃった。


 己が手勢をかばうような余裕はなかった。殿にいただいた朱槍をぶん回しぶん回し、敵を薙ぎ倒すが次から次へと囲んでくる。


 生まれて初めてこれはいかぬ、と思うた。その時を見計らったかの様にその爆発があった。


 周りを見渡すと、既に敵兵は散り散りになって逃げていく最中だ。手はずでは騎馬隊と後備兵がこいつら残敵を掃討することになっている。


 殿の仰っていた、なんて言うたか「釣り野伏?」を成功させたようじゃ。殆どの敵は討ち果たせるであろうな。


 周りで伸びている配下の兵たちに眼をやり声を掛ける。


「ようやったのぅ! みな鬼神の如しじゃった。後の世に語り継がれるんじゃなかろうか?? それよりも皆酒の方が良いかのぅ。儂はその口じゃい、わはははは!」


 少し皆に笑顔が戻った。


「なあ、官兵衛。今宵はぶっ倒れるまで飲み明かそうぜ! 今日くらいお主も羽目を外せ!!」


 後ろにいるはずの官兵衛に話しかける。



 ……返事がない。


 普段ならば、

「旦那。それやるとまた奥さんに叱られますぜ。娘さん達も臭い臭いとかうるさい位、囃し立てるんでしょうね」

 などと、茶化すはずだがよ。


 改めて周りを見ると、俺とお揃いと言って作った官兵衛の青い手槍が地面から生えていた。


 その下には……


 真っ赤に血塗られた小さな体が一つ。



「お、おおおい。官兵衛。な、何このくれえでくたびれて寝転んでるんだよ。おい、起きろ!」



 近づいて歩いていく自分の顔がサッと蒼褪めていくのが分かる。


 嘘だろ、おい!?

 起き上がれよ官兵衛。

 嘘でした、引っかかったな旦那、とか言って見せろや。



 膝を突きながら官兵衛らしき姿にいざり寄る。


 少し肩が上下している!

 まだ息がある!!


「おい、しっかりしろ! 官兵衛」


 儂はその小さな体を起こした。

 官兵衛だ。間違いない。


「……旦那? 

 しくじった。

 もういけねえ。

 ゴ。。フッ。


 もう旦那の役に立てそうになくなっちまったなぁ」


「何言っているんだ! まだまだ働いてもらうぞ! 俺の後ろを守るんだろう? 指図をするのがお前の役目じゃろう!? そういう約束じゃなかったんか!?」


「……ああ、そうだ。お慶に……奥方さんに伝えて下せえ。最後までお前の兄は旦那を守ったって。後は頼むと……」


「!!?? 

 兄だと!!??

 慶の兄なのかお前は??」


「ああ、ああ……こんな時は、恥ずかしさを紛らわせてくれるセリフを使わないといけないそうだ……あいむゆあぶらざあ……」


 そして官兵衛の時が止まった。

 儂は人生最大の友を失った。


 その友を抱えたまま、心の底から溢れ続ける慟哭どうこく音声おんじょうを天に放ち続けた。


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 地図ペタリ


 https://kakuyomu.jp/users/pon_zu/news/16816700429281900757




 たまにいるこういう設定マニア

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860662216317



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