【継戦】指揮権継承は何よりも大事

 1553年11月末日夕刻

 桃ノ木川東岸に架かる橋上

 世田谷忠武

(北条方先手衆中央橋前備え)



 手負いになる兵があまりにも多い。

 足軽頭なども狙い撃ちされている。大胡を見習い、急遽、兜の前立てを外した。もののふとしての矜持が許さんという者もいたが、そいつは真っ先にやられた。


 武士は犬畜生になってでも生き残るのが本当の道であろう。


 俺など、足軽の菅笠を被っている。


 しかし、これでも指図する仕草をすれば、すぐに鉄砲の弾が近くに集中する。


 糞! 

 身動きが取れぬ。


 敵陣中央にわざと開けられていると思われた鉄の螺旋が途切れている橋の東端。目の前に来るとそこには、無数の針金が縦横無尽に張り巡らされていた。


 その高さ、わずか5寸(15cm)ほど。だがこれでも足軽の前進にとっては、十分に障害となりえる。


 今回はこの針金を切るために、「金敷」と「玄翁げんのう(金槌)」「横に長い楔」を用意してきた。これならば針金も切れる。


 しかしこの切る作業をしていると、どうしても体を起こさねばならない。そこを狙い撃ちされてしまう。既に50近い兵が、あの橋の向こうで悶え苦しんでいる。

 あの者たちを引っ張ってこようとすると、その者が撃たれる。


 「なんと卑怯な!」と兵が叫ぶも、これが戦だ。左右でも同じような光景が繰り広げられていた。


 特に北が酷い。

 どうやら弓での狙撃もあるらしい。こちらよりも遥かに多くの死傷者が出ている。それでも撤退はしないのは立派なのか?


 このままでは無駄死にだ。


 その時、やっと目の前にあった散在する敵の小さな陣地の半数が飛砲により沈黙した。


 よし! 

 これでうまく作業が出来るぞ。と思ったのがいけなかった。立ち上がりかけた俺の左肩を鉄砲の弾が貫いた。


 「殿!」


 「もう駄目じゃ。早く後ろへ下がって殿の傷を何とかせねば!」


 「撤退して代わりの備えに任せようぞ」


 くぅ。せっかくこれからというのに。


 領主の俺が居らねば、俺の備えは戦えん。仕方のないことだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 同日同刻同場所

 大野忠治

(大胡橋東端是政隊分隊長)



 上を大きな丸石が飛んでいく。


 皆、ひやひやしながらも訓練の成果を発揮し、確実に狙いをつけてから、作業をしている北条兵や指図をしている武将を討ち倒していく。

 一人に対して3人が集中して射撃するので、ほとんど外さない。


 俺は2年前の館林の戦での働きにより、後藤隊から引き抜かれ是政隊へ移った。鉄砲上手であったことが理由であったようだ。


 その後、射撃の指揮を出来るかどうか、皆で試された時に一番の成績であったことから分隊20名を任されるようになった。


 只の百姓が出世をしたもんだ。


 親はびっくりしていたが、やはり兵隊には否定的だった。

 まあいいさ。

 ここ大胡では、百姓でも職人でも流れ者でも能力があればその機会を与えられる。


 俺は行けるとこまで行くぜ。



 次の射撃を準備している俺たちの掩体壕に、とうとう丸石が着弾した! 3名の者が重傷を負った。呻いている負傷者を2人で両脇から支えながら後退する。


 敵の矢は遠矢なのでまずは怖くない。これが鉄砲を敵が撃ってくる戦場だと、もう死ぬのを覚悟しての撤退だろう。そうはなりたくはないが。


 斜め後ろの小隊長が守備する掩体壕まで退いた。

 そこで指示を受けるつもりだ。


「小隊長。負傷3名。死者なし。まだいけます!」


「そうか。ご苦労。次は右後ろの……

 グッゥ!」


 音もなく丸石が降り注いできた。その丸石が小隊長の左肩に直撃。きっと骨がバラバラだろう。


「し……指揮……ゴフッ」


 小隊長が血を吐き倒れながら、呻きつつも俺を見て小隊指揮を継承する。


 そうだ、まだまだいける! おれは頷き、周りに聞こえるように大声で宣言する。


「小隊長負傷!

 指揮は第1分隊の大野が引き継ぐ!

 引き続き射撃を続けよ!!!!」


 そして北条の陣に大胡の鉄の意思を声にして叩きつけた!



「おいっ! 北条の奴ら! 

 俺たち大胡はまだまだずっと戦えるぞ! ずっとずっとだ。かかってこいやぁ! 俺たちは大胡国民だぁ!!」


 うちの小隊はまだまだ戦える!!


 ◇ ◇ ◇ ◇


 同日同刻

 太田隊北雑木林内

 蘭

(公園育ちの少女。コンパウンドボウの名手。風の中で50m先?の的に当てるとか超人的な腕を持つ(草))



「もう一度言ったら殺す」


 詩歌しいかが矢をつがえたまま、こんぱうんどぼうを洋一の右目に向けて今にも放とうとしている。


 洋一が詩歌の養父、絵師楽絽らくろ様の悪口を言ったのだ。


「そんなに怒るなよ。あぶね~なぁ。わ~ったよっ。もう悪口は言わね~から、それ下ろしな」


「洋一。お前は女子にモテると自分では言っておきながら、女の扱いが下手だな」


 洋二はまだ真面まともだが、一般的に言うと身勝手な大人は嫌いだ。私たち親のない子供を作り出しても平気でいる。


 戦をするのは大人だ。


 私たち2人は賢祥様に拾われてこなければ今頃は野垂れ死んでいた。賢祥様に連れられてきた極楽のようなお寺で、小柄ないつも子供のような笑顔を絶やさない殿さまに出合った。華蔵寺では自分の得意なものを選んで仕事にするように言われた。


 私は迷わず弓を練習することにした。父が誰かは知らないが「猟師」であったことだけは知っている。


 それを継ぐ訳ではないが、何かその……守りたいんだ。この大胡を。そこに住むみんなを。


 名前を付けてくださったのは政賢様だ。

 何処の養子にもならないと伝えると、幸せが舞い込んでくるようにと蘭という名前を付けてくださった。「遠くの国では花言葉」というものがあるらしい。


 楓様とご一緒させていただいた時、髪も整えてくださり今も同じ髪型だ。


 ついんてえる、というらしい。


 「これで金髪ならナイスなんだけどなぁ」と政賢様が仰られた。


 詩歌もその時髪型を整えてもらい、2本の三つ編みというもので後ろで止め、蝶々の様な可愛い結び方でにしきの布切れを使って飾っている。


 はあふあっぷ、というらしい。


 それから2人ともずっとその髪型だ。


「もう3人とも無駄口は叩かないで仕事しましょう。風が弱くなってきたよ」


 ここは太田様の中隊の北側雑木林。

 いくら風上とはいえ、この弓に番えることに特化した専用の軽くて細い矢では正確な射撃は出来ない。


 それでも当てる自信がある者だけがここにいる。洋一洋二の二人組。そして私と詩歌。


 殊に私たち二人の弓は今年14の私たちの体に合わせて弱くなっている。

 それでも正確さでは誰にも負けないつもりだ。


「よ~し。これから3射で終わりにしよ~。給料分は働いたはずだ。帰ったら焼酎入りの蕎麦茶を飲もうぜ~」


「おまえさんのは、 蕎麦茶入り焼酎だろ? 飲みすぎるなよ」


 これだから大人の男は!!


 その後私たちは累計一人10人以上を射殺いころし、林を後にしたのだった。


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 リアルなら芋砂イモスナイパーは危険です

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860661916511

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