【投石】いよいよあのお方が
同日同刻
桃ノ木川東岸
大胡是政
(大胡鉄砲隊の主力中隊隊長。鉄砲の腕には自信がある)
また厄介な物を持ってきやがったな。
厩橋ではまんまとしてやられた。まさか火薬樽と油壷が飛んでくるとは思いも寄らなかった。おかげで俺の隊から3人重傷者を出してしまった。
あれがまた来たか?
厩橋の城まで飛ばしていたから、桃ノ木川程度では軽く飛び越すな。
2町(200m)は届きそうだ。
竹束などで防備されたら鉄砲では崩せない。放ち始めたら無理せず引けと殿は仰ったが、悔しい。
穴を掘り、板などで屋根を作ればよいと具申したが、
「ここ少し掘ると石がごろごろでしょ? 無理かなぁ。他でやるね、それ結構いい『あいであ』かもだから」
と仰ってくれた。
「殿から信号。第2線に退く用意をせよ、とのこと」
「了解と伝えよ」
殿の物見櫓からは、飛砲の配備が見えるのだろう。そろそろ第1射が飛んでくるということか。事前の評定では、河原の丸石を飛ばしてくるであろうと予測した。よって改良して量産できるようになった予備の大盾を各小隊にいくつか配備している。
これでは全く足りないが、ないよりかはましだろう。
とにかく、桃ノ木川東岸近くに布陣しておかないと不審がられるからここにいるが、最初から第2線でもよい気がする。
殿のお考えだから何かあるのだろう。
いよいよ飛砲から石礫が飛び始めた。
また俺の隊かよ! 盾を持っていてもあれが当たれば怪我するな、これは。
着弾。
そこかしこで悲鳴と呻き声が聞こえる。
「メディ~~~ク!」
なぜか衛生兵のことを呼ぶときは、こう叫ぶことになっている。殿の悪ふざけだろう。もっと皆が笑える奴をお願いしたいが。
「殿より、後退せよと指示」
手を上げ、
「はんどさいん」にて答える。
「ちぇっくめいときんぐつう、こちらほわいとるうく」
と呟きながらはんどさいんをせよとか、付き合っていられないことばかりが取り決められている。
勿論俺はやらないが。
俺の兜の後ろには太い縦線で白塗りがしてある。
これが指揮官の印だ。
「これで味方からは指揮官がどこにいるか倒れていないかを確認がしやすいです、はい」
とか言っておられたが、乱戦となったら兜の前も後ろも関係ないと思うがな。まあ前立てのついている兜よりも目立たないか?
次弾が来る前に第2線へ後退する。いよいよこれからが俺たちの時間だ。
鉄砲の何たるかを教育してやる!
◇ ◇ ◇ ◇
同日同刻
桃ノ木川東岸物見櫓
上泉秀胤
(まだまだ戦慣れしていない?参謀)
「是政隊、損害軽微。首尾よく第2線へ撤退しました」
「よかった~。ここへきちんと食いついてくれたね。これで狙い撃ちできると最高~」
これで、折角ここへ誘き寄せたのに防備が硬いと思われ、他の渡河地点へ行ってしまうのは避けられた。第2防御線は自然堤防上に置かれた「有刺鉄線」を狙い撃てる距離にある。その距離およそ20間(40m)。
もし有刺鉄線を排除しようと作業すれば、是政隊の鉄砲上手が他の者の鉄砲を順繰りに使い、作業する足軽とそれを指揮する武者を討ち取る。当分はこれで相手を減らせるであろう。
この場所は既に耕地として耕されている地。
2尺程度なら掘り返せる。
各所に散在して10名程度の鉄砲使いが入れる掩体壕(是政殿が提案したものよりも簡易だが)を掘って土嚢を積み、立射ができるように深掘りされている。
鉄砲は銃口から火薬と弾を込めねばならぬ故、必ず立っていることが必要。敵が弓だけでなく鉄砲を持っている場合には、こちらも相当な被害が出る。この掩体壕はそれを防ぐと共に、こちらの兵数を悟られないような効果がある。
今回は簡易な野戦築城だが、長対陣ともなれば雨風にも強いように、この上に天蓋をつけることになろう。
此度は、飛砲の狙いを定められないように分散しているのだが、吉と出るか凶と出るか……
「だいじょぶよん。時間を稼げば、あの人とあの人とあの人が活躍してくれる~」
わざわざ伏せて言わなくてもいい気がするが、幾つも手が打ってある。そのうち一つでも今日中に間に合えばよいだけだ。
あとは夜戦に気を付けよう。
もう1刻で日が落ち始める。
無意識に南の方を見やった。
◇ ◇ ◇ ◇
同日同刻
本隊対陣地点より南東方1里
山中修理亮
(北条親族衆。新編成の騎馬隊を率いるが自信がない)
無事、配下の騎馬隊800、
桃ノ木川を渡河できた。
これより索敵をしつつ北上、弱敵ならば攻撃、強敵ならば迂回して敵主力の後背へ出てから攻撃を開始する。
順調なれば、あと半刻もしないうちに、大胡勢に一泡どころか二泡も三泡も吹かせてやるわ!
討ち取られた味方の分を倍返しだ!
「申し上げます! 物見が帰って参りました!」
「通せ!」
物見がすぐさま近づいてくる。
「馬上より御免! 前方、整備された道を小荷駄が北上中! その数50あまり!!」
これはよい獲物ぞ。
幸先がいいわい。
「よし! 4本の縦列、そのうち半数は二手に分かれ包囲殲滅せよ! 半数は手前にて待機。討ち漏らしを逃がすな」
皆の者が大声で歓声を上げ、速歩(12km/h)にて行動を開始する。手には抜き放たれた太刀を持っている。
騎馬の威力は、その人間との体格差から来る威圧感と、上段から振り下ろされる太刀の威力だ。
苦手な長柄は回り込めばよいだけ。これは虐殺になるな。自然と皆の顔が獰猛になる。
「右手に敵!!
騎馬ですっ!!
数500!!!!」
!!!
物見は何をしていた??
「旗差し物などはあるか?」
「馬印は、……武田の?? 原虎胤! 鬼美濃ですっ!」
甲冑から旗差し物・馬具に至るまで全て赤で統一された赤い騎馬隊が、こちらの側面へ急速に近づいてきた。
儂は怯える配下を叱咤激励し、馬首を東へと巡らした。
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関ヶ原で見たいもの
https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860661677940
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