【休戦】こんな罠にかかるなよ

 1552年6月下旬

 上野国八斗島やったじまの河岸料亭豊受

 松田盛秀

(ちょっと抜けてて頼りない北条の外交担当)



 ここには2度目じゃな。


 前は那波が落ちたときじゃった。

 あの時、無理にでも大胡との関係を改善しておれば、綱成殿と地黄八幡は今でも健在であったものを。


 大胡や長尾の好きにはさせんでいられたであろう。

 今さら言うても詮無きことじゃが、悔やまれるな。


 此度は氏康様より『休戦の儀』を何としてでも、もぎ取ってくるように仰せつかった。氏康様は今年3月に嫡男の新九郎氏親様を病で失い、益々傷心しておられる。


 ここで関東管領を上野から追い出さねば北条の領国経営が回らぬ。合戦を2~3年休み、領国の仕置に再度専念して民を慰撫せねば北条は瓦解じゃ。

 氏康様にもお休みいただかねば。


「やあ、松田殿。再びお会いできるとは光栄でござりまする」


 大胡政賢殿が入室された。腰を下ろすや否や口を開く。


「今回は一体、何の御用ですかな?

 また某に『だが断る』と言わせていただけるのかな?」


「いやいや。此度は大胡にとっても、我が北条にとっても有益な話でござる。釣り合いの取れた武将同士の交渉とお考えいただきたい」


 先の話し合いは、居丈高いたけだかに臨んだ末の物別れだった。


 此度はこちらが窮している。

 相手はその間に実力を示した。

 むしろこちらが請い願わねばならぬのであるが、それを見透かされる訳には行かぬ。


 難しい交渉よ。

 北条の外交・調略を担う儂以外に出来る者はおらぬ。


「これはこれは。まずは先だっての物別れ。いささか大胡殿を勘違いしており申した。お許し願いたい」


 まずは下手に出よう。


「ほう。では今回は許していただけぬと」


「逆でござる。今までの仕儀、お互い水に流しましょうぞ。そして同盟、と申せば断られますな。ならば休戦、という事では如何でござるかな?」


「ふむ。その心は?」


「これ以上お互い戦いますれば、疲弊して共倒れは必定。それぞれの意に反することになり申さぬかな?」


「ほう。某の意とは?」


 ここが勝負どころじゃ。


「大胡殿は関東管領殿がお邪魔と見える」


 じっと、政賢殿の様子を見据える。

 少し、眼が驚いた様に動いた。

 これはどうやら当たりのようじゃな。


「邪魔、とは如何なる理由か、お教え願えますかな?」


「されば。前回、関東管領殿の平井ご退転の際、大胡殿は動座先にと申し出なかったそうな。その後、中立とも取れる戦の忌避をされたとのこと」


「それは少々間違うておりますな。某は関東管領殿からの評価が厳しい。某を頼りになさってくれませぬ。

 ゆえに白井城の要害の方を頼られたまでのこと。また長野一族までが北条方に行かれましては、こちらも手出しが出来ませぬ。

 ただひたすら城に引き籠っており申した次第。ハハハ」


 白々しい言い分だが、一応の筋は通っておる。


「その後の長尾殿の越山に際しても、出来得る限りの馳走を致しました。これでも関東管領殿が邪魔だと申されるのか?」


 儂は決定的な一言を言う。


「ではこのまま上野を武田と長尾、そして北条の草刈り場にするおつもりか?

 それを防ぐ力はもう関東管領家にはござらぬ。誰かが代わって新しく治めねば、全ての国衆豪族がその3勢力によって摺り潰されましょうぞ」


 政賢殿は眼を瞑り、黙って聞いていた。

 儂が焦れるくらいの長い間があり、眼を開くと共に口が開いた。


「まあ、そだよね~。誰が代わりになるかは分かんないけどね。憲当にはご退場願おうね」


 急に砕けた口調になったが、言葉の意味は辛辣であった。


「だから大胡は北条と休戦してあいつを追っ払おう。越後に逃げるかな?

 別に北条が始末しても構わないからね~。そうでないと後で怖~い怪獣が来るからね」


 始末……暗殺か、討ち取るか。

 怪獣とは越後の長尾景虎の事か? 

 戦の天才とも、毘沙門天の化身とも聞く。


 せっかく上野から憲当を追い出しても、長尾が担いで関東にちょっかいを出し続けると。


 あり得る。


 だが、そうかと言って暗殺は拙い。

 直ぐに誰の仕業か漏れるものだ。

 いや、大胡のせいにするという事も可能か。


 氏康様に報告だな。


「では、北条が西上野を席巻して関東管領家を追い出しても構わぬと。邪魔だて手出しはせぬと、確約していただけると?」


「そだね。でもその後に北から来る龍とは多分戦わないよ、僕」


「本当に来ますかな? 大きな山を越えて毎年攻めて来ねば、上野は支配できますまいに」


「そこは氏康さんの考えることだね。僕は僕の考えがあるから♪」


 これはしたり、至極当たり前の事であった。


 儂としたことがこの若者の煙に巻かれたか。

 外交の知恵者との自負がどこぞへ行ってしもうたの。


 これもこの者の手の内か?

 気を付けねば。


「では、これにて一時休戦という同意でよろしいかな?」


「はぁ~い。じゃあ期間は来年末まででいいかな? このくらいがお互い適当なんじゃない?」


 今少し、できれば2~3年欲しいところじゃが、今後の情勢がどうなるか分からぬ。特に武田との同盟如何によっては早期に大胡を潰せるやもしれぬ。


 儂はその期間で合意をした。

 これで大胡の首根っこは押さえた。この密約を密かに漏らせば、大胡の背信が上野の国衆の噂に上ろう。

 諸刃の剣ではあるが、今度こそ恫喝してやろうぞ。


 🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸


 異なる世界線でも一党独裁体制は……

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860630530111/episodes/16816927860636572290




 松田さん。

 それって大胡に都合のいい時期に開戦ということになりますよ~

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