第32話:家族
教会歴五六三年十一月(十四歳)
「レオナルド兄様、女王陛下の事は私にお任せください」
女王の侍女見習いとなった妹のソフィアが自信満々で話しかけてくる。
母上が手塩にかけて育てたソフィアは文武に秀でているが、それでもまだ十一
俺が期待するのは、母上がソフィアにつけた侍女達だ。
母上は将来ソフィアが他家に嫁ぐ時の事を考えて、自分の侍女から選抜した精鋭を指導役にして、将来性のある少女をソフィアの侍女として教育してきた。
選抜された精鋭侍女と将来性のある見習い侍女達が王家後宮に入った。
彼女達が期待通りの活躍をしてくれたら、ストレーザ公国の王家後宮支配は完璧となり、女王や女王義母の安全も確保できる。
何より余計な情報が後宮から漏れる心配がなくなるだろう。
精神に不調をきたした女王が口にした支離滅裂な話しを伏せることができたら、他国や族長達がそれを利用する事もないので、俺は女王を殺さずにすむ。
「ソフィアが後宮にいてくれるから安心して外征できる、頼んだよ」
俺はソフィアとリッカルド叔父上に、王都ティーキヌムと以前王都としていたパヴィーアを任せて外征を行った。
ティーキヌムとパヴィーアは直ぐ側にあるので、二つの都市を一体化させる軍事工事を行わせているが、これは天然痘による被害を受けた王国領への救済策だった。
何の仕事もさせずに飢えた民に食糧を配給するわけにはいかないので、王都増強工事の代償に食事を配給していた。
配給の元となる食糧は、俺の農業革命で手に入れた余剰穀物だが、その穀物を何の代償もなく王家に支援したわけではない。
王国内の奴隷や従属民を、ストレーザ公国領内の農地開拓に使う事が条件だったので、首都と副都の統合工事が済んだら新領地の農地開拓に使う。
いや、農地開拓だけでなく、天然痘の被害で放棄されてしまった耕作地で穀物を作ることになっている。
俺は二十五万に膨れ上がった奴隷徒士団のうち十万を指揮して移動した。
南部と北部に分かれたランゴバルド人の支配域。
その間にあるローマ以外の広大な地域を占領するための外征を任された。
イタリア北部の内、王家直轄領とジェノバ公国領以外は我がストレーザ公国領となっている状態で、更にローマを除いた中央部を支配下に置くのだ。
「レオナルド殿、よく来てくださいました。
ボローニャの民はレオナルド殿の到着を一日千秋の思いで待っていました。
レオナルド殿が食糧を分け与えてくれるのなら喜んで奴隷になると言っています。
ラヴェンナ総督府の兵士は、ボローニャの食糧を奪い、支配者のロアマ人を引き連れてラヴェンナに戻っていきました。
そのラヴェンナ総督府も天然痘によって苦しんでいいます。
平民だけでなく兵士の半数も死んでいる状態です。
今ならレオナルド殿がボローニャの入っても、ロアマ軍はラヴェンナから出て来ないと思います」
一番下の叔父、アントニオが少し興奮したように早口で話しかけてくる。
父上やリッカルド叔父上に比べれば、実戦経験が少ないので仕方がない。
今回ロアマ人が支配している都市と民を無傷で手に入れる外征で、降伏の使者という大役を与えられて気持ちが先走っているのだろう。
だが急に決まったわけではなく、事前に知らせて時間をかけて調査交渉させた。
だから失敗する確率はとても低い。
ロアマ人が支配している都市は、俺に対して戦力も経済力も圧倒的に不利な状況で、更に天然痘という疫病に襲われたのだ。
ロアマ人に抵抗する力などないから、全面降伏する可能性はとても高かった。
降伏の使者がよほど愚か者でない限り降伏勧告に失敗する事はない。
だが哀しい事に、その失敗をしかねないのがランゴバルド人だった。
誇り高いロアマ人のプライドを傷つけてしまい、命懸けの戦いを始めさせてしまうという、大失敗をする愚か者が多過ぎる。
だがアントニオ叔父上はそんな失敗をしなかった。
気持ちが先走ることはあっても、相手の誇りを傷つけるような愚かな言動をしなかったのだろう。
アントニオ叔父上のためにも父上のためにも俺のためにも本当によかった。
「ありがとうございます、アントニオ叔父上。
この成功は大きな手柄でございます、きっと父上から大きな褒美がありますよ」
「おお、神の予言者であるレオナルド殿にそう言ってもらえると、とてもうれしい。
私もリッカルド兄上に負けない手柄を立てて、領地をいただき独立したいと思っているのですよ、レオナルド殿」
「アントニオ叔父上がロアマ人奴隷を上手く使って、父上から預けられた都市とその周辺を繁栄させる事ができれば、そこで独立できますよ」
「そうなるといいな、いや、そうしてみせますよ、レオナルド殿。
レオナルド殿が神の啓示を受けて行われた農業は私も学ばせてもらいました。
その通りのやり方で任された都市を支配し農地を耕作します」
「ええ、そうされたらきっと都市も周辺の農地も繫栄しますよ。
アントニオ叔父上は父上に信頼されていますから、重要な都市を任されるはずですから、頑張ってください。
兵力や食糧の支援は私が責任を持っていたします。
安心してロアマ軍の監視と農業に励まれてください」
俺はアントニオ叔父上の案内でボローニャに入城した。
城内に破壊の痕跡はなかったが、ガリガリに痩せた人間ばかりがいた。
ロアマ人でもエルフ族でもない、別の民のようだった。
ロアマ人よりも前にイタリアに住んでいた民なのか、それともロアマ人の支配が弱った時期に侵攻してきた民なのかは分からない。
だが、ロアマ人から差別されていのだけは確かだった。
ロアマ人の支配者層がボローニャからラヴェンナに撤退した時に、置きざれにされた民なのだから。
しかもロアマ人は無慈悲にも全ての食糧を持ち去っている。
ボローニャの民が進んでランゴバルドの奴隷になるのも当然だ。
「今直ぐ大麦粥を炊き出しするから集まれ。
家族はもちろん知り合いのボローニャ人にも知らせてやれ」
これからはボローニャの民をボローニャ人と呼ぼう。
今まで俺が奴隷や従属民にしてきたロアマ人と一緒にするのは問題があるだろう。
このままアントニオ叔父上にボローニャの支配を任せて、奴隷がボローニャ人だけの分家を作った方がいいだろうか。
それとも今ローマに行っているアンドレア叔父上に任せるべきだろうか。
「ありがとうございます、直ぐに街中の民を集めてきます。
この御恩は決して忘れません。
ロアマ人を皆殺しにするために戦えと申されるのでしたら、命を懸けます」
ボローニャ代表の言葉に嘘偽りはない。
それくらいロアマ人を恨んでいるのだろう。
ロアマ人を殺して喰えと言ったら、喜んで喰うかもしれない。
もしかしたら、飢えのあまり死んだ同族を喰って生き延びたのかもしれない。
本多平八郎や大塩平八郎の記憶にはそんな悲惨なモノがある。
智徳平八郎の知識の中にもあるのだから、ボローニャでもあったのかもしれない。
「そうか、分かった、だったら私の近衛騎士配下の奴隷になってもらう」
叔父上達の奴隷にするのは止めておこう。
これほどロアマ人を恨んでいるのなら、万が一ロアマ人が俺を裏切った時に、同調して俺を狙うような事はないだろう。
ボローニャ人は、俺を絶対に裏切らない近衛徒士に育てよう。
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