第12話:危機の足音

教会歴五六九年四月(十歳)


「レオナルド様、向こうにこんな草がたくさんあったよ、これは使えるかな」


 俺が紙作りを覚えさせると決めたエルフ族の男の子が、両手いっぱいに草を抱えて走ってきたが、とても愛らしい。


「レオナルド様、僕も新しい草を見つけたよ、見て見て見て」


 今度はドワーフ族の子供が草を抱えて走ってきた。

 エルフ族の子供とはまた違った可愛さがある。

 もう護衛の近衛騎士達は何も言わなくなっている。

 パピルスが高く売れる事を知った近衛騎士達は、俺が新しい紙を作り出そうとしている事を知って、その邪魔はしないと覚悟を決めてくれたのだ。

 紙作りは俺が発明した事だから、俺以外は誰も奴隷に教える事などできない。


 もし礼儀作法に拘って邪魔したら、紙作りは分家や戦士の仕事になってしまう。

 騎兵として戦う事と牧畜に誇りを持っている彼らは、どれほど金になろうと自分達の手で紙を作ろうとは思わない。

 そんな雑事は従属民や奴隷にやらせればいいと思っている。

 だから俺が奴隷達に紙作りを教える事は黙認すると決めたのだ。

 いいだろう、誇り高く戦って死んでいってくれ。

 俺は自で軍資金を稼げないような連中に用はないのだ。


 子供達が集めて来てくれた原材料を使って紙を試作した。

 中には竹紙のように、半年以上水に漬けて発酵させてからでないと繊維を解せない原材料もあるが、最初から一朝一夕に完成させられるとは思っていない。

 何度も試行錯誤して一番いい方法を探し出すしかないのは分かっていた。

 だが中には直ぐに結果のでる原材料もあった。

 俺が見ても直ぐわかる麻のような植物だが、結果は上々だった。

 それでも多少の問題があるのだが、それは名付けだった。


 ロアマ人の言葉は理解できるが、イタリアエルフ人の言葉は理解できない。

 従属民や奴隷には俺達の言葉を覚えさせるが、以前の草原地帯になかった草木を表現する単語はないから、奴隷の言葉やロアマ人の言葉で表現するしかなかった。

 だが俺には、まだ日本語の方が分かりやすく、思入れもある。

 なんと言っても五代もの平八郎の記憶があるのだから、しかたのない事だ。

 だから、似たような草木は日本語に直して呼んでしまう。

 氏族もロアマ人も俺に従って呼ぶようにしてくれればいいのだが、どうなるかな。


 最初に高価な商品として販売できると確信したのは麻を原材料とした麻紙だ。

 次に試作に成功したのは芭蕉を材料にした芭蕉紙だ。

 三番目に成功したのはパピルスに使った高草を原料とした高草紙だ。

 四番目に成功したのは楮を原料とした楮紙だ。

 五番目に完成したのは葦を原料にした葦紙だ。

 既に完成していた藁半紙は数に入れるのを止めた。

 麦藁まで原料にしたら家畜のエサが減ると分家や戦士が怒り出す。


 一番有力なのは麻紙なのだが、麻は布に加工する事ができる。

 芭蕉も同じで、芭蕉布に加工する事ができる。

 帆船用の綿布が完成するまでは、麻布や芭蕉布で代用するしかないのだ。

 それに、従属民や奴隷の服をどうするかという問題がある。

 布はとても高価で、そう簡単に奴隷達に与えることができない。

 特に毛織物は分家や戦士達が大切にしていて、身分を表す物にもなっている。

 奴隷達を少しでも暖かく冬を越させようと思えば、麻と芭蕉は使えない。


 そうなると残された材料は高草と楮と葦という事になる。

 だが既に商品として確立しているパピルス作りを止める訳にはいかない。

 俺の資金源としても、乞食団の老人が胸を張って生きてくためにも、利益になる仕事を止めさせるわけにはいかない。

 最終的に残るのは楮と葦という事になる。

 楮紙なら俺の知っている和紙と同じだから、十分商品になるだろう。


「いいか、麻と芭蕉は繊維を解して布を編むぞ。

 全部お前達の服になるのだから、冬でも暖かく過ごせるように丁寧にやれ」


「「「「「はい」」」」」


「高草はパピルス作りに使うから、その心算で刈り取れよ。

 パピルスが高価に売れるからこそ、他の氏族の老人奴隷のように捨てられる事も殺される事もないのだぞ、しっかり働けよ」


「「「「「はい」」」」」


「お前達が稼いだ分だけ食事を豊かにしてやる。

 パンが欲しければパンを焼いてやるし、オリーブオイルを塗ってやってもいい。

 大粥が食べたいのなら、腹一杯食わせてやる。

 稼ぎがよければ大麦粥に肉や魚を入れてやる事もできるのだぞ、しっかり働け」


「「「「「はい」」」」」


 段々と智徳平八郎が持っていた良心が摩耗している気がする。

 戦国武将だった本多平八郎の価値観を優先しているような気がする。

 胸の痛みが完全になくなったわけではないが、小さくなっている。

 生き残るためには、この弱肉強食の世界に合わせなければいけない。

 そう智徳平八郎以外の記憶と感情が言っている気がする。

 叛乱に失敗した大塩平八郎も、勝たなければ意味がないと考えてる。

 俺も、その気持ちの方が強くなっている。


「大変でございます、とんでもない事になりました」


 思考の海に沈んでいると、父上の近衛騎士が飛び込んできた。

 母の脅迫以来、俺の献策を全て認めてくれている父上だが、親子間の確執を生まないように全てを報告している。

 親兄弟で争う事がどれほど氏族の力を損なうかを本多平八郎の記憶は知っている。

 だから俺が何時何処で何をしているかを必ず父上に報告しているのだ

 父上はご存じだったが、今まで急使を派遣してくる事は一度もなかった。

 我がストレーザ公国に関する重大事件が起こったとしか思えない。


「何事だ、包み隠さず全てを報告しろ」


「はっ、申し上げます。

 アオスタ公国がオーク王国に攻め込みました」



「バカが、愚かすぎて吐き気がする。

 まだイタリアすら制圧していないのに、オーク王国とまで戦争を始める気か」


 あまりに愚かな行動に、近衛騎士を前に吐き捨ててしまった。

 心の中以外で王や氏族長を悪く言ったのは初めてだ。

 我がランゴバルド人がバカなのは分かっていたが、これほど愚かだとは思っていなかった。

 確かにクロタール王は息子のクラムと諍いを起こしている。

 何度も父子で小さな内戦を繰り返しているが、まだ和解の余地があるのだ。


 クロタール王は兄弟や甥達を皆殺しにして、分裂した王国を再統一したほど苛烈で果断な王ではあるが、親子の情が全くないわけではない。

 今回のアオスタ公国の侵攻をいい機会にして、親子が和解する事もあり得るのだ。

 娘を我が国の王に殺されても、復讐よりも国内の統一を優先するほど、感情よりも王としての責務を優先する王でもあるのだぞ。

 領地を侵されたと知ったら、何を置いてでも逆襲してくるぞ。


「直ぐに戻る、敵の刺客が潜入しているかもしれない、油断するな」


 まず何をすべきだろうか、優先順位を決めなければいけない。

 国の事よりは、我が氏族が生き残る事を最優先に考えなければいけない。

 そのためには、王家を裏切ってオーク王国に寝返る事も視野に入れておく。

 我がランゴバルド王国に勝つ可能性が少しでもあるのなら、愚かで身勝手な各氏族を一致団結させなければいけない。

 とは言っても、国よりも自分達氏族の利益を最優先にする連中を一致団結させるのは、そう簡単な事ではないだろう。


 無理だと思えば、裏切るしかないが、それが結構難しい。

 裏切るギリギリまで忠誠を尽くすと思わせなければ、王に攻撃されるな。

 最高の方法は、上手く謀叛を起こして王家に取って代わる事だ。

 それにはオーク王国を二度と手出しできないくらい叩く必要がある。

 だがその前に、敵対しそうな有力氏族をオーク王国に叩かせておく必要がある。

 どこまでやれるか分からないが、父上を王に戴冠させる策を考えよう。

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