#5
あれから二週間ほど経ちだんだんと気温が下がり寒くなってきた。
そろそろ衣替えか。
制服はいいが私服が金欠だったためやばいくらいにない。
「幸い今日は土曜日だ。買いに行くか」
さて出掛けるかと決心し支度をしようとしたらタイミングが良いのか悪いのか誰かから連絡が来た。
誰だ?せっかく服を買いに行こうと思ったんだが……
そう思い面倒くさがりながらもスマホを手に取り見てみた。
「愛理さんか……丁度いいな」
どうやら愛理さんも服を選ぼうと思っていたらしいが俺と一緒に行きたいらしい。
『分かった、行こうか。俺も丁度選ぼうと思っていたから助言を頼む』と最初の一文だけでは気恥ずかしくて二文目を付け足して送った。
『今から新居に集合はどうですか?』
『それでいい』
『分かりました。先に向かってますね』
俺はあまり待たせないようにすぐに仕度を済ませ家を出た。
扉の横のドアベルを鳴らして愛理さんが出てくるのを待った。
「樹さん樹さん中に入ってください!家具置かれてましたよ」
多少興奮しているのかぴょんぴょんと少しばかり跳ねている愛理さんの姿がそこにあった。
そんなにか?
中へ入ってリビングの扉まで歩いて開けた。
「……凄いな。設置まで任せておいて正解だったのかもしれないな」
部屋が美しく見えるように家具が置かれているのが分かった。
「私たちもそろそろ引っ越さないとですね」
「ああ、これだけ揃えば生活はできるだろうしもう引っ越しても良さそうだな」
「いや~外まで見えるの良いですね~」
満面の笑みでこちらを見てきた。
……不意打ちはやめてほしい。
あれだけの笑顔を見せられたら人によってはすぐに落ちるだろうと思うぐらいには綺麗で少し無邪気な笑みだった。
「じゃあ部屋も見ましたし行きましょうか」
「そうだな」
俺らはこの部屋を背に服屋へ向かった。
俺はセンスがないのにどうして呼んだんだろうか?
ふと頭に疑問を浮かべたがただ単に付いて来てもらいたかっただけという可能性があるためこれ以上考えることは無駄だと判断しやめた。
「これとかどうですか?」
タワマンが位置する場所は都市の中心部なので幸いにも服屋、デパートや百貨店も多く存在するおかげでそこまで着くのに時間が掛からないためすぐに選び始めることができた。
で、服の感想だが正直なところを言うと愛理さんはどれも似合う気がする。
「似合っていると思うぞ」
「そうですか?じゃあ……」
そういってまた着替え始めた。
早くしてもらいたいんだがなあ。
なぜかというと周りの視線が痛いからな。
美貌を持っているうえに何を着ても着こなしてしまっている愛理さんがいるのとそれに釣り合わない俺がいることが原因だろう。
「これとかどうです?」
「いいんじゃないか」
「……もっと他に言葉はないんですか?」
「いやそう言われてもな全部似合っているからな、今着てるのは可愛さが増して可愛いしさっきのは色気が増している。どれも似合っているし雰囲気も変わっている」
「かわっ……うぅ、照れるじゃないですかぁ」
体をもじもじさせながら少し顔を赤らめていた。
ふ、ふ~む、この答えが合っているとは思えないな。
ラノベとかでありそうな感じで答えてみたがこれは良くないな。
「どっちがいいと思います?」
「そうだな……今着ているのでいいと思う」
「分かりました!じゃあどちらも買いますね」
そういってまた試着室の中へ戻っていった。
俺に聞いた意味あったか?
疑問に思っている中、店員からの視線も刺さってき始めたのでそろそろこの場を抜けたいと考え始めた。
着替えが終わると試着室から着て来た元の服に戻っていた。
「じゃあ樹さんの服を選びましょう」
「適当でいいぞ」
「ダメです!私が頑張って選びますから」
そういって俺に買うことになった服を持たせて小走りで服を探しに行った。
今分かった、呼んだ理由は荷物持ちか。
少しばかりため息をつきながらも後を追った。
愛理さんに追いつき一緒に服を選び始めた。
「これとかどうです?」
「似合うと思うか?」
「まあ確かに言われてみればそうかもしれません。これだと樹さんの色気が強くなりすぎて他の女が近寄ってきそうですし」
「おい」
「事実」
愛理さんがとんでもない発言を口にした。
何が事実だ。
俺はただ単に似合わないと思ったからやめてもらったんだがなあ。
「これとか……」
「却下だ」
「これは……」
「ありではある」
「じゃあこれは候補で……」
そういって何も思わないように俺に服を持たせた。
荷物持ちの気持ちを考えてくれ。
いや荷物持ちだから荷物を持つのが当然か。
自分の言葉に自分でツッコみを入れる結果になった。
「私がこれ着たらどう思います?」
「絶対に却下だ。それを着ることは俺が許さない」
「はい……」
俺は"ちょっと"よろしくない服を手に取っていた愛理さんを全力で止めた。
あんなもの着られたら俺の理性が飛ぶのと罪悪感と愛理さんの清楚要素が完全に消える。
なので俺は止めることにした。
そんなことを思っている合間にも俺の腕にはたくさん服が積み重なっていった。
「じゃあ試着しましょう」
俺たちはさっきの地獄みたいな場所へ戻った。
戻るとまたも店員と他の客に睨みつけられた。
「はい、じゃあこれから」
そういって服がセットにされて俺に渡された。
これが俺に似合うとは思わないな。
愛理さんの希望なので仕方なくも着替えた。
「どうだ?」
「ちょっといいですか?」
すると目の前まで近づいて俺の前髪をどかして顔が見えるようにした。
うっ……こんなに光が目に入ってくるのは久しぶりだ。
俺には眩しすぎて目を細めながらも周りの様子を窺った。
「えっ……誰ですか?」
「それはひどくないか、愛理さん」
「いやいや見違えましたって」
俺を一回転させ後ろにあった鏡で俺の姿を確認させてきた。
……まあ、確かに服のおかげでだいぶましに映っているみたいだな。
いつもの恰好よりは全然ましだと思う。
そんなことを考えていたが別のことに興味が行った。
先ほどまで俺に冷たい視線と殺気が込められた視線が来ていたはずなのに今は来なくなった。
「前髪は下ろさないでそのままこっちにも着替えてみてください」
「ああ、わかった」
また俺の手に服が渡され着替えることになった。
なぜか愛理さんはウキウキした様子だったが。
また着替えて出てくると愛理さんは驚いた様子を見せた。
「今日新居によって帰りましょう」
「なぜだ?」
「この格好をしてもらってソファに座って耳も手で囁かれたい」
「細かい要望を出すな。俺は絶対にやらんぞ」
「そ、そんな……もったいない」
「何がもったいないだ」
驚いた様子を見せたのは自分の性癖に刺さったからなのか?
俺は今後の身の危険を感じたが今更もう遅いとも感じた。
「じゃあ……」
「じゃあこれとこれとこれと……」
「……」
俺は結局何着も着ることになった。
適当に決めるつもりだったんだがなあ。
あまり腑に落ちないが愛理さんについて来たからには覚悟をしておけばよかったのかもしれない。
次一緒に出掛ける機会があれば今回の反省を生かそうと決めた。
服を選び昼飯を食べた後、折角なのでそのまま街を歩くことになった。
「デートですね」
「い、いや違うだろ」
「明らか演技みたいに動揺するのなんなんですか?」
「あ、バレたか」
「演技下手過ぎて驚きましたよ」
愛理さんの心無しに放った言葉が意外と心に刺さった。
そんなに演技下手だったか……
「ああ!落ち込まないでくださいよ」
「いやいいんだ。俺がふざけたことをしたのが悪いからな」
愛理さんが慰めてくれるたびに心の傷口が抉れていく。
演技力がないのは分かっているんだ……
この話を終わらせるべく話を無理やり逸らした。
「もう、忘れてくれ…………この後どうする」
「話の逸らしかた雑すぎません?」
「うっ……もうやめてくれ、俺のライフはもうゼロよ」
「そこでそれ突っ込んでくるならまだ心に余裕ありますね」
ふむ、あまりふざけすぎるのも良くないな。
どんどん心が追い詰められていく。
すると何かに気づいたのか愛理さんが反応を見せて俺の肩を叩き指を指した。
「あの店行きましょうよ!」
興奮しながら俺が答える前に先に行ってしまった。
雑貨屋か。
愛理さんが向かった店は小物が並べられている雑貨屋だった。
「女子だな」
そう呟き愛理さんを追い店の中へ入った。
店員は裏に入っているのか?店が開いてるからな。
特に問題なさそうなのであまり気にせずデザイン性も良くあまり華美過ぎず俺は好きだった。
しかしこのデザインどこかで……
俺は妙な既視感を覚えているとカウンターの奥のドアが開いて人が出てきた。
「あ、いらっしゃ……?」
「やっぱりか、久しぶりだな。ようやく念願の店が開けたのか」
「二年?三年ぶりぐらいですかね。お久しぶりです」
「え……え?」
懐かしい顔を見た。
愛理さんは分からなくても当然だろう配信でも言ったことがないからな。
「そちらの方はお連れ様ですかね。初めまして」
「そんな喋り方だったか?」
「一応店主ですからね。今はこの喋り方に変えましたよ」
「そうか……ああ、そうだ紹介をしていなかったな。こいつは俺が中学の時に仕事をするために……いやこの話はあとにするか。名は……」
「この店の店主を務めています、
店の中に置いてある小物達に目を向けながらそう紹介し終わった。
愛理さんは俺の話を聞いてから理解を始めていた。
「えっと……」
「ああ、私のことはあまりお気になさらずごゆっくり店の中を見ていただければお客様ですからね」
「……そうします」
何を話せばいいのか分からなくなったのか錬弥さんの言う通りに店の中を見て回り始めた。
「店はどうだ?」
「何とも言えませんね。やはり個人経営というのもありますし、あまり店の中が広いというわけでもありませんが、しかし店を開けたことには、あなたに感謝をしなければなりませんね」
「いや気にしないでくれ、お前には世話になったからな。その礼だ」
「……ありがとうございます。一つ気になったことがあるので質問を。お連れ様とはどういうご関係で?」
俺は聞かれるであろう質問を答えるべく口を開いた。
「許嫁だ。まだ会って間もないがな」
「そうでしたか。許嫁とはまた珍しいですね」
「お前なら分かっているだろう?家がどういうところか」
「ええ、勿論ですとも私が店を開けたのもそのおかげですからね」
確かに錬弥さんの言っている通りだ。
俺が世話になった代わりに店を開ける程度の資金を渡した……いや礼金というべきだな。
そんなこともあったなと当時のことを思い出した。
「しかし腕は相変わらず落ちないな。売れないのがおかしいぐらいだ」
「あはは、ありがとうございます。まあ、そこまで売れてはいませんね」
「俺は好きなんだがな」
「……あなたのためにも恥じぬようこれからも精進していきたいと思います」
俺は売れないことに疑問を抱きながらもその意気だけはいいものだと思った。
さて、愛理さんのほうは……
俺は店の中をうろついている愛理さんへ近づいた。
「どうだ?良いものはあったか?」
「どれも繊細に作られていて……選び難いですね」
「そうか。ゆっくりと選ぶといい」
俺は数年ぶりに錬弥さんの作品を一つ一つ見ることにした。
また再びこの作品と錬弥さんに会えるとは思ってもいなかったな。
二、三年前から一切会ってこなかったからな。
偶然とはいえこの再開のきっかけを作ってくれた愛理さんには礼をしないとな。
「ん?これは……」
「ああ、それですか……」
後ろから声を掛けられ少し驚いたがそれ以上にこの物に驚いた。
「同じものは二度作らないと言っていたよな?」
「ええ、その通りです。それは今も昔も変わりませんよ。あなたが今見ているそれは全く一緒の物ではありません。少しデザインを変えてあなたとの思い出の記念に作ったのですよ。他と違い特別な箱に入れて値札も付けずあまり目立たない場所に置いているんですよ」
「そうか……間違えて買おうとするやつはいないのか?」
「いや、今のところ一人もいませんでした。周りの装飾品と見なしているのか目がついていないのか」
まだこれと"似た物"は家で保管していたはず……
それを思い出しながらもほとんど一緒の物が作られていることに驚いた。
「あ、それならあなたのお連れ様にそれはプレゼントしましょう」
「は?何を言っているんだ?これはお前にとって特別な物だろう?」
「ええ、確かにそうですがほこりを被ってしまいます。それにあなたと再会できた記念、あなたと愛理様がこれから歩んでいく記念、これを渡せば色々な記念が重なっていくと思ったからです。この話がくだらないと思うかもしれませんが、これらのことから愛理様にお渡しするのが一番だと私は考えました」
「…………そういうことなら愛理さんにプレゼントすることにしよう」
「こちらは先にカウンターに持っていきますね」
そう言って手に取りカウンターへ戻っていった。
数年で人は変わるものだな。
それは当たり前のことだろうだが何か少し寂しいものを感じる。
俺は寂しさを感じながらも愛理さんの様子を窺うために近寄った。
「どうだ?何か目ぼしいものはあったか?」
「…………あ、一つ気になるものが……」
どれだけ滅入っていたのか俺が声を掛けても反応が遅れていた。
気になるものがあるであろう場所まで付いていった。
「これです」
「これか?わかった。支払いを済ませてくる」
「私が払います!」
「こういうものは男が買うべきだろう?」
「それでもです!」
「いや俺が払う。ここは譲らないからな」
そう言って愛理さんの頭に手を置いて「任せておけ」と伝え物を持ってカウンターへ向かった。
ん?あまり触れるべきではなかったか。
まあ、やってしまったものどうしようもないので仕方がないと思いながらカウンター物を置いた。
「へえ、かごですか」
「ああ、気に入ったみたいでな」
「では……合計500円で」
「ん?かごは確か1000円ぐらいじゃなかったか?」
さっき持ってくる際に軽く確認したがそれぐらいだったはず……
俺の言葉を否定するように言い張ってきた。
「……そういうことなら」
「最初から500円ですがね」
軽く笑い飛ばしながら会計を済ませていた。
本当に人が変わったな。
「これはあなたの手で直接渡してあげてくださいね」
「うっ……尽力を尽くす」
そう言ってかごとは別に渡された。
さていつ渡したものか……
俺がいつ渡そうか悩んでいると、
「今渡してきてあげてください」
「ま、まじか……」
錬弥さんに一押しされ逃げることができなくなってしまった。
愛理さんはまだ店の中を見ていた。
俺は勇気を振り絞って愛理さんの元へ向かった。
告白でもプロポーズでもないんだがな。
「終わりましたか……?」
「ああ、終わった。それと愛理さんにこれを」
「これは……ブローチ?どうしたんですか?」
「店主からな。俺と店主が知ったきっかけのある物の似た物まあほとんど一緒なんだがな」
「はあ、私の名前を出したら駄目じゃないですか。もっと「俺からの贈り物だ」とか言ったらどうなんですかね?」
錬弥さんが歩いてきて呆れながらからかい交じりに話してきた。
「できるわけないだろ」
「はあ、これだから……」
「えっと、店主さんありがとうございます」
「いえいえお気になさらず。言ってしまえば樹さんが決めたことですからね」
「おい、さっきのこれだからの続きはなんだ?」
「さあさあお二人はまだ行くべき場所はたくさんあるでしょうから。私のことは気にせずこんなところからは去ったほうがいいんじゃないんですか?」
俺の質問に答えずさっさと出て行けと遠回しに言われた。
何なんだ……
まあ、これ以上は訊けなさそうなので俺たちは店を出た。
また今度来ないとな。
幸い近所でもあるし行こうと思えばいつでも行けるんだがな。
そう思いながらも残りの休日を二人で楽しんだ。
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