女のみ愛せ
ひろたけさん
第1話 違和感
あたしは今、猛烈に焦っている。あたしの初めてにして最愛の一つ年下の彼女、
ある秋の日のこと。高校の文化祭での喧噪も過ぎ去り、やっと理沙との平和な時間を持てるようになったあたしは、理沙を家に呼んだ。お家デートってやつね。
あたしら女同士のカップルは、男同士のカップルに比べればまだ白昼堂々とデートすることに対する世間からの冷たい目は少ない。女子はカップルじゃなくても、友達同士で仲良く手を繋ぐこともあるでしょ? でも、あたしも理沙も外で堂々とデートすることにあまり積極的ではない。女同士のカップルであっても、誰かにあたしたちがレズビアンであることを噂されるのはまっぴらごめんだからだ。女好きな女であることが他の誰かに知られれば、好奇の目で見られるに決まっている。そんなもの、こっちから願い下げだ。
だから、今日もお家でデート。とはいえ、することも特にないから、あたしは机に向かって宿題、理沙はあたしのベッドの上に寝転がって漫画を読んでいる。
「ねぇ、
遥が漫画に飽きたのか、あたしに話しかけて来た。
「一郎先輩」とは、理沙が所属する料理部の部長
そんな一郎ともわたしは知り合いだ。暇をぶっこいていた夏休みに、理沙が料理部の合宿にあたしも特別に参加させてくれたのだ。そこで出会った一郎は、いつもひたむきで、高校生にもなってこんな純粋な男がいるのかと思うほど純粋無垢な男だった。
顔もどちらかというと可愛い系で、ノンケの女ならあいつに母性本能をくすぐられてもおかしくないだろうな。まぁ、ゲイである一郎はあたしらレズビアンにとっては人畜無害な存在だ。なんたって女に露ほども興味を抱いたことがないんだからな。せっかく見つけた彼女に近づき奪うような真似はしない。もっとも、理沙もレズビアンで男には興味がないから、そんな心配などいらないのだろうが。
理沙はそんな一郎のことが大好きだ。もちろん「先輩」としてだが。レズビアンである理沙が高校に入学した時に、一郎の所属する料理部に入部したのは、ゲイをオープンにしている一郎の元でなら、男に恋する「普通」の女子を演じる必要がなかったからだ。理沙は男女の別はあれど、同じ同性を愛する人間としての一郎に尊敬と愛着の念を抱いているのだ。あたしと一緒にいる時もよく彼の話題が出る。
さて、話が大きく逸れたが、理沙は楽しそうにあたしに話し続けた。
「きっと疲れていたんだろうけど、昨日の部活中にね、部室の隅で椅子に座ったまま口開けて寝てたの。本当、一郎先輩ったら無防備な寝顔晒すんだから。でもそれだけじゃないの。寝言まで言い出したんだよ? 『
理沙はクスクスと笑った。「翔」とは一郎の彼氏、
「へぇ、それはおかしかったね」
あたしは興味なさげに返事をした。正直、あたしは一郎と翔の関係にそこまでの興味はない。そもそも、あたしは男というものに大した興味はないのだ。女にイヤらしい目を向けさえしなければ、いてもいなくても同じ存在だ。あたしには可愛い女がそばにいてくれればそれでいい。
「本当、一郎先輩ったら可愛いんだから。もう、ずっと見ていたい」
と熱っぽく話す理沙に、あたしはいささかの不快感を覚えた。
いや、わかってる。理沙はレズビアンだ。レズビアンはイコール男を愛することのない女。女にのみ恋愛感情を抱く女のことだ。バイセクシュアルとは違って、男に興味を抱くことなどないから、あたしは安心して理沙と付き合っていられるのだ。だから、この「可愛い」「ずっと見ていたい」というのも、恋愛感情であるはずがない。いうなれば、可愛いぬいぐるみや小動物を見ている感覚に違いない。落ち着け、あたし。
「はぁ・・・。もう、一郎くんって放っておけないんだよね。可愛くて、ちょっと頼りなくて。先輩で部長なのに。可愛いなぁ、一郎くん・・・」
理沙がうっとりした表情でそう言った。
その瞬間、あたしはある違和感を理沙のセリフに感じた。いつも、理沙は一郎のことを「一郎先輩」と呼んでいる。そりゃ、あいつは理沙の先輩だからな。だけど、今、理沙はなんと一郎のことを呼称した? 「一郎くん」? あたしの心がざわつき始めた。
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