≪GT-01 -再開、姉と弟- 3/3≫

「むかしむかし、あるところに、とても仲良う暮らしちゅう、賢い姉と可憐な弟がおったそうじゃ」


 可憐な……弟? ショウは自分の耳を疑った。語り口も何かおかしかったが、可憐な弟という言葉の響きに、ショウは思考の全てを支配された。

 ショウはリョーコの次の言葉を待つ。


「…………」


 ショウはリョーコの次の言葉を待った。


「………………」


 リョーコの返事は沈黙。


「……まさかその先、何も考えてないとか言いませんよね?」


 ショウはリョーコの次の言葉を待てなかった。


「だって姉と弟が主人公の昔話って思い浮かばなくない?」


「そういう話ですか?」


「なんでだいたい兄弟主人公だと兄と妹なのかしら、昔話って不思議ね」


「……可憐な弟ってなんですか」


 あえてショウは問い詰める。リョーコはそっぽを向いた。


「弟って、かわいいじゃない? あなたもお姉さんに女の子の服を着せられたりお化粧させられたりしなかったの?」


「しませんよ、全力でプロレス技をかけられた記憶しかありません!」


 ちらりと向き直ったリョーコの主張をショウは全力で否定した。


「……もったいない。まだ未成熟な身体だからこそかもし出せる魅力があるのに」


 もじもじとするリョーコに、ショウは頭痛が痛くなる。


「……じゃあ、今からでも女装してあげましょうか?」


「えっ!」


 リョーコは席を立ち、その表情がパッと光り輝く。

 マズい事を口走ったか。ショウは内心、そう思った。


「……ごめん、ちょっとキモイ。勘弁して。あなたの趣味にはつきあえないわ」


「ひどい!」


 せっかく話を振ってあげたのに。

 ショウは悲しくなった。決して、ちょっと女装に興味があったからでも、メイド服とかなら着てみてもいいかな。と思ったからでもない。

 確かに普段、筋トレをして体つきにも気を使っているので、おそらく肌も露わな女性の恰好をしようものなら、キモイのは自分でも否定できなさそうなのが悲しみに拍車をかけた。


「世間は今、大変なことになっているのに。僕らはこんなことをしてていいんですか」


 気力を振り絞って、ショウは話題の変更を試みた。受け取ったお菓子も口にした。


「それは確かにそうなんだけどね」


 カタカタ、カチカチとキーボードとマウスを操作する音が聞こえる。


「今、あなたのフォルダにファイルを入れたから見てもらっていい?」


 口の中に広がる自然な甘さを感じつつ、ショウはフォルダに入っていたリョーコのファイルを開く。

 それは新型コロナの影響を受けた事業者に対する行政の相談窓口設置に関する記載があるファイルだった。

 経営相談、資金繰り支援、給付金、設備投資・販路開拓支援、経営環境の整備、税・社会保険・公共料金など多岐にわたる内容。

 とても一目で見て、飲み込める内容ではない。

 その物量に圧倒されたショウは思わず口の中に残っていたお菓子を全部飲み込んでしまった。

 そして、ショウはゴホゴホとせき込んでしまった。


「大丈夫?」


「なんですか、これ」


「見ての通り。行政の対応一覧」


 ショウは再度、ファイルに目を通す。


「これ全部、みんながみんな当てはまるわけじゃないけどね。でも行政はもう動いている。緊急事態宣言もやるわね」


「緊急事態宣言? ロックダウン……都市封鎖ですか」


「そう、会見でも言葉が出てきてるからね。給付金の話もあるし」


「……まさか」


 ショウはまさか、と思う。これじゃあ映画か何かのフィクションの世界だ。


「だってもう外国では移動制限が始まってるし。我が国でも学校は休校になり、スポーツや芸能の興行もどんどん中止になってきてる。今年やるはずだった国際大会もたぶん中止、よくて延期になるでしょ」


「まだ決まったわけじゃないでしょ」


「もう中止に向けて動き出してないと対応できないでしょ。報道とかで言葉が出始めるってのはそういうこと。社会人何年やってるの」


 厳しいながらも懐かしさのあるお言葉。


「相変わらず手厳しいですね」


 ショウは笑った。


「現実は、直視しないとね」


 リョーコも笑った。


「おいしいでしょ、これ。私の地元のお菓子なの。本当はそれぞれの家でお母さんが作るとこも多いんだけどね」


 リョーコは木の葉型のお菓子を手に持って見せて、口にした。


「正直、味なんかわかりませんよ。今のこの現状じゃ」


「さっきおいしそうに食べてたじゃない」


「ここまで現実を突きつけられるとって意味です」


「おいしいものを味わう余裕は大切よ。私達がどんなにがんばっても世の中の何かが変えられるわけじゃないんだから」


 ショウはまだ残っている木の葉型のお菓子を口にした。

 じっくり味わってみると、広がるのはもっちりとした感触と素朴な甘さ。

 よくあるお菓子特有のべったりとした甘さではなく、素材本来の甘さ。

 お母さんが作るお菓子というのはまさにその通りなのだろうな。と感じた。


「……おいしいですね」


「でしょ」


 率直な感想にリョーコは笑ってくれた。

 ショウはリョーコに色々と聞きたいことがあった。だが何から聞いていいのかわからない。

 なぜ突然、会社をやめたのか。どうして急に結婚をしたのか。そして、なぜ再び会社に戻って来たのか。


「……お子さんもいらっしゃるんですよね」


「そうよ、男の子。今、2歳。写真、送ろうか?」


 ぽつりと出た言葉ではあるにも関わらず、リョーコがあっさりとこちらの意図をくみ取った返答をするのはさすがだなと思う。


「いや、いいです」


 だが、別にそれが見たいわけではない。


「は?」


 ショウの返答にリョーコは憤慨していた。


「いや、は?じゃなくて」


「弟のくせに、姉の子供をめでたくないという訳。あの日あの時の、兄弟仁義の盃は嘘だったというんかい、われぇ」


 後半は演技がかった言い回し。


「いやそういうことじゃなくてですね」


「ちなみに今、愛するのでるとお祝いのめでたいをかけてみたの。わかった?」


 聞いちゃいねえ。会話が成り立っていない。どうして女って生き物はこうなのか。

 ショウはため息がでた。


「何、ちょっと失礼ね。もしかしてあきれてる? この親バカが、とか思って」


「んなわけないでしょ。これでも会社来なくなったとき心配してたんですよ、何があったのかと思って。お元気そうでよかったですよ、ほんとに」


「そりゃ……どうも」


 ショウは、強い口調の言い返しにリョーコが何か言い返してくるかと思ったが、リョーコは意外にもかしこまった。


「リョーコ先輩。これから一年、よろしくお願いします」


「こちらこそ、ショウくん」


 ショウとリョーコは改めて席を立ち、お互いに手を差し出す。

 だがそれは触れ合わない、形だけの握手。

 それも感染対策の一環である。

 ショウはこれから先行きの見えないこの一年に不安を抱えつつも、もう会えないと思っていたリョーコが今、目の前にいることがとても頼もしく思えたのだった。

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参考文献

新型コロナウイルス感染症で影響を受ける皆様へ

https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf

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