≪TU-01 -還らざるときはもう戻ってこない- 2/3≫

 臼井はマスクを外し、タブレットを操作する。


「えーと二週間以内に海外に行ってたり、今、現在風邪の症状だったりはございませんか」


「そんなんまで確認するようになっちまったのか」


 はえー。と声を上げて戸石はタブレットを受け取った。


「さっきネットで見たけど、なんか全国の学校を休校にするとかいう話もでてるみたいですね」


「……マジかよ」


 戸石はタブレットに指でサインをして、臼井に返す。


「コースは60分ですよね」


「もちろん。ポイントってまだ残ってる?」


「今日の分はまだありますね」


「じゃあ、これで一万円いれておいて」


「ありがとうございます。じゃ、お着替えで。カゴはもう置いてありますから」


 戸石は財布から一万円を出して、臼井に手渡し、更衣室に向かう。


「でもよぉ、一体どうなっちまうんだろうな。これから」


 戸石は更衣室のカーテンを閉めずに着替え始める。


「ただの風邪じゃないかって話もありますけどね。旅行会社の方とか不動産屋さんとか大変みたいですよ、話を聞くと」


 臼井は話をしながら一万円をレジに入れて、タブレットを操作してポイントカードに入金処理を行う。


「そうなのかい?」


「全部、旅行の予定の話、とんだそうです。不動産屋さんは新入学生の入居予定が全部とんだって」


「そんなに!?」


「大学の入学式がどうなるか、わからないって話ですからね。僕らも他人事じゃないですよ。特にマッサージなんかは直に身体を触りますからね」


「おいおい。やめてくれよ」


「まあ僕は毎日、カレーパン食べて予防してるんで平気ですが」


「なんでカレーパン?」


 笑いながら戸石は問いかけた。


「ネットでインドの人たちのグループは感染してないって話があって、普段からスパイシーなカレーを食べてるからじゃないかって」


「いやまあ、カレー食ってりゃ風邪ひかないかもしれんけど」


「ま、気休めです」


 タブレットの処理を終えた臼井はベッドの支度をする。

 戸石は更衣室から出てきて、臼井のベッドに仰向けになる。


「どの辺からいきます?」


「肩、首、腰で」


「了解です」


 臼井は大判のタオルを戸石の身体にかけて広げ、手の平で全体を軽くさする。

 そして、ハンドタオルを首元にかけて指を当てて、圧をかけ始める。


「力加減、大丈夫ですか」


 問いかけに、戸石は指でわっかを作ってOKサインを出す。

 臼井は首元から頭の付け根、そこから背中から肩甲骨にかけて手の平で圧をかけていく。


「これ、いつぐらいにおわるのかね」


「なんか夏の前、梅雨明けくらいには終息するんじゃないかって言われてますよね」


「早く終わってほしいよな。春先ってただでさえ稼ぎ時なのにさ。大損害だよ」


「ほんとですよね。自分は夜メインだから影響はまだ少ないですけど」


「ワンオペってやつか。夜中一人でお客さん総取りだもんな」


「会社には人増やせ、夜中に入れろって言い続けてましたけど、こうなるとね」


 カランと店の出入り口を開ける鐘の音が響く。


「へっへ~。タクミさーん、きちゃった~」


 入ってきたのは夜の接待業と思しき女性の姿。


「マイさん、どうしたんですか」


 臼井はちょっと待ってください。と戸石に小さく声をかけて、店に入ってきた女性、マイの元に駆け寄る。


「お客さんに飲まされちゃってさ~。朝まで泊めてぇ?」


「それはいいですけど、今、お客さんいるから」


「え、マジで。仕事中なんだ。ごめんなさい」


 急に素面しらふに戻るマイ。


「大丈夫ですよ。奥のベッド使っていいから、早く着替えてください」


「はぁーい」


 マイはささっとスニーカーを靴棚に入れて、更衣室に駆け込みカーテンを閉める。


「カゴカゴ」


 臼井は荷物入れのカゴを更衣室のカーテンの隙間から差し込む。


「上着は中のハンガーにかけたままで大丈夫です。出てくるときはカーテン閉めて出てくださいね」


 臼井の指示にはぁーい。とマイは中から返事をした。

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