第3話 春日局現る

 女の声は男の動きを止めた。さらに、その場にいた町人や桃子の動きさえも止める。それほどの脅威を見せる女とは一体。


「娘の腕を離すのじゃ」


 男と桃子の間に入り、男の点となった目に訴えかける。その目は真っ直ぐと強い意志を放っていた。

 男はぎりぎりと歯を食いしばる。女は何ともないように澄ました顔をしている。


 男は女の目力に負け、桃子の細い腕を離し、しおしおと去っていた。


「怪我はないか」

 と女は桃子の顔を覗いた。

「別にないけど。てか助けられなくても平気だったし」


 桃子は顔を背け、口を尖らせた。すると、女は微笑んだ。


「そうか、随分と気丈な女じゃ」


 先程の凛とした声とは異なり、柔和な声色になった女の声。それが気になり、桃子はチラリと女に顔を向けた。

 桃子の目に写る女は眉は短く吊っており、切長な瞳はこれまで見てきたどの女よりも艶があり、綺麗だと感じた。きゅっと結ばれた口も品があり、桃子は若干萎縮した。


「そなた、名は」

「え、なんでおばさんに名前教えないといけないの。プライバシーなんだけど」


 桃子には助けられた恩など一滴もないのであった。すると、女の連れであろう若女が声を上げる。


「あなた!このお方は!」

「紫乃!よい!下がれ」


 紫乃と呼ばれた若女は女の咎める声に肩を跳ねさせ、こうべを垂れ、下がった。


「名はよい。そなた、どこの娘じゃ」

「だからそれもプライバシー!言わない!」


 女の執拗な尋問にいよいよ桃子も怒りを見せ始めた。

 そんな鬼の形相になりつつある桃子を目にし、女は突如、高らかに笑い声を上げた。同時に帯びに差し込んだ扇子を取り出し、口元を隠す。はっはっはっ、と笑う女の声に桃子は一瞬震えた。


「面白い。よい。妾はそなたが気に入った」


 女は扇子を閉じ、強い眼差しを桃子に向ける。


「行くあてはあるのか」

「ないけど‥」

「ならば、妾についてきなさい」

「え」


 桃子は魚のように口を半開きに呆然とした。

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