第13話 ちょっと王都まで
「うおわわわっ」
梅は桜を背負ってメープルの背中に張り付く。
そしてそのまま大空へと飛び上がった。
ふっ、風圧がっ!
ひーっと顔面をベロベロさせて飛ぶ梅。桜には念のためにと風避けの御散歩用シールドをかけておいたので大丈夫のようだ。
軽く空を一周して降りてきた三人に、あわててサミュエルが駆け寄っていく。
メープルの背中から降りた梅は、足元がおぼつかずフラフラしていた。
「大丈夫ですか、ウメっ!」
サミュエルに手を取ってもらい背中を支えられ、ようやく梅は真っ直ぐに立つ。
「大丈夫だけど..... ちょい、眼がまわるぅぅ」
気軽に頼んでみたが、無理っぽい。まるで絶叫系の乗り物のようだ。
そういや、スピード系は平気だけど、回転系や浮遊系は苦手だったな、アタシ。
たはははっと乾いた笑いを漏らして天を仰ぐ梅。
それを心許ない顔で見つめ、サミュエルは小さな梅の手をギュッと握りしめた。
こんなに小さくて柔らかい手。人並みに農作業もやるし、桜の面倒も見て、当たり前のように街の管理にも参加している。
だから忘れていた。梅が、まだ幼い子供だという事を。
梅がメンフィスの街にやってきて半年。街は格段に豊かになった。
不毛な荒野を掘り返して、細々と暮らしていた貧しい街。
始終魔族に襲われ、疲れて荒れ果てた街。
そんな街にやってきた幼子は、背中にさらに幼い子供を背負い、せっせと働き、自活する。
それどころが、食べるにも困窮する街の状況を見て、手助けすらしてくれたのだ。
毎日炊き出しをし、農作業に使える道具を貸し与え、丈夫に育つという野菜や穀物の種まで提供してくれた。
おかげで、街は息を吹き返す。
何より、小さな子供の頑張る姿が人々を奮い起たせたのだろう。
こんな幼い少女が額に汗して働いているというのに、いったい自分は何をやっているのかと。
誰もが梅に刮目し、その後をついていくように努力を始めた。
魔族に翻弄され、全てを諦めて俯いていた人々が、一斉に顔を上げ、進み始めたのだ。
今では農耕地も拡がり、十分な収穫を得られるようにもなって、街の人々の顔も明るい。
魔族の襲撃に怯え、毎日、地を這いずるように暮らしていたのが嘘みたいだ。
最近は魔族の襲撃もなく、王都から送られてくる塩を差し出して良好な関係を築いているし、前には騎士や兵士を役立たずと罵っていた人々も、巡回している自分達を労い、声をかけてくれる。
今思えば、荒みきった街の状況が人々から人としての心を奪っていたのだろう。
何かに憤りをぶつけないと心の均等を保てなかったに違いない。
それが前線で戦う我々だったのだ。
良い戦果を上げられぬサミュエル達に、街の怒り全てが向けられていた。
もはや、遠い昔のように感じる記憶だが。
たった半年で、街は見違えるように変わった。
食べるにも暮らすにも困らず、暖かな平穏は人々を穏やかにして人として在るべき姿に戻してくれた。
梅の貸してくれた道具を参考に、似たようなモノは作れまいかと技術者らが頑張っている。
新たに考案された道具類が、さらに人々を豊かにしていた。
まるで神々が与えてくれた起爆剤のように、梅の存在はあらゆる処を刺激している。
細く柔らかな指を揉みつつ、サミュエルは花のごとき笑みを浮かべた。
女神様に心からの感謝を。ここにウメを遣わして下さり、本当に有り難うございます。
手にしていたウメの指を掴んで己の額にぬかづける騎士様。
その一挙一動を観察していた周囲は、呆れたかのように生温い笑みを顔にはいている。
お前、子供あいてに何をやっとるんだ。端から見たら、まるで愛しい恋人にする態度だぞ? まあ、そうなってくれれば、こちらとしては好都合だが。
胡乱げに眼を泳がせる伯爵様。
なにぃ? あの男ぉ。ウメにベタベタして気持ち悪いぃ。あ、あれなのぉ? 幼女趣味とかいう、倫理から外れた輩なのかしらぁ? ウメに何かしたら、ただじゃおかないわよぅぅ!
辛辣な眼差しを向けて、サミュエルを睨めつけるメープル。
他もそれぞれ思う処があるのか、苦い顔。
ちなみに、そんな周囲を余所に、ウメはこれからどうするかを考えていた。
空を飛ぶのは無理っぽいなぁ。アタシがもたない。何か装備を作って、ゆっくり慣らしていけばイケるかもしれないが、今のとこ手持ちで使えそうなのはヘルメットとゴーグルくらいだ。
過去の飛行機の歴史では、ゴーグルのみをつけて翔んでいた記録もあるが、ウメは素人である。そんな偉人らの真似は出来ない。
どうするか。
うーんと思案する梅を抱き抱え、サミュエルは当たり前のように家路につく。
「ウメ? サクラがおねむのようですよ?」
「へあ? あ、そっか」
慌てて背中に視線を振り、サミュエルのシャツを掴む梅。
それに破顔して歩く騎士様は、しっかりと梅を抱き寄せてた。
見ようによっては微笑ましい親子のような姿。彼等が他人なのだと知らぬば、きっと誰もが柔らかく眼を細めたに違いない。
周囲の生温い笑顔に気づきもせず、梅は何ともし難い現実に行き詰まる。
空を翔んだって探す手間は同じだけど、行き帰りの時間が超短縮出来るのに.....
陸路で行ったら何日かかるか。ここと樹海を挟んで真反対なんしょ? うーむ。
悩む梅。だがしばらくして、王都から辺境へ召喚状が届き、梅と伯爵は王都へ向かうこととなった。
「どゆことなん?」
「書状には、前線の平穏を勝ち得た功績により、俺を辺境伯に任命するとかの戯言が書いてあったがな」
大量の塩と引き換えに魔族との和平を築いたメンフィスの街。
当然、今までのように多額の支援を回す必要も無くなり、王宮は、ひゃっほいしているらしい。
塩も安価ではないが、海から幾らでも調達出来る日常品だ。武器や大量の食糧に比べたら微々たる物。
それは既に聞いていた。相応だろうと納得もした梅。
「いや、そーゆーんじゃなく、なんでアタシまで同行するん?」
馬車の中には伯爵と梅。梅の横にはクーハンで眠る桜。そして伯爵の横には騎士の略装のサミュエルが座っている。
「.....薔薇の砂糖と、《とりゅふ》だ」
「いっ?」
苦虫を噛み潰した顔で伯爵が宣うには、こちらの報告を快く受け取ってもらうための鼻薬が効きすぎたようだった。
国王陛下は二つ返事で了承され、ついては詳しい話が聞きたいと伯爵を呼び出したらしい。
なんでも異世界人の来訪そのものがオルドルーラ王国では秘匿案件だったようで、前回の大惨事を皮切りに各国へ情報が回ってきたのだ。
当然、伯爵も梅の詳細は秘密にしている。
「.....女神様に招かれた異世界の人間などと知られたら、なんに利用されるか分からん。サクラもいるし、出来れば普通に暮らさせてやりたかったんだが..... 力およばずだ。すまんな」
深々と頭を下げる伯爵。
いよいよとなったら梅の素性を明かすしかないと、彼は悲痛に眼をすがめる。
それは致し方無い事だと梅も思った。利用価値がありそうなモノに人は群がる。
平然と受け入れて、たまにお願い事を交えつつも、黙って見守ってくれていたメンフィスの人々の方が稀有なのだ。
「まあ、人生なるようにしかならん。アタシは平気さな。アタシに万一が起きようものなら、メープルが、かっ飛んでくるしな」
にっと悪戯げに口角を上げる娘に、片手で両目をおおい、天を仰ぐ伯爵。
梅の言うとおりなのだ。噂の御仁は姿を消しつつ、伯爵らの乗っている馬車の上にいた。
複数の部下らを連れて。
これが王都で暴れようものなら大惨事待った無しである。
「.....仕方無いしな。そうなったらなったで、メンフィスに帰って静かに暮らそう」
一人ごちる伯爵に頷き、サミュエルも満面の笑みを浮かべた。
「女神様の思し召しです。それに逆らおうというのなら、王都など滅んでしまえば良い。自然淘汰ですよ。ねぇ? ウメ?」
にっこり弧を描く瞳に宿る微かな狂気。
え? この人、こんな眼をする人だっけ?
まるで王国などどうでも良いようなサミュエルの発言に、梅のみならず伯爵すら驚きを隠せない。
「実際、ウメのおかげで人々は生き返りました。魔族らですら友好的です。この平穏をぶち壊してまでウメに喧嘩を売ろうと言うのなら、メンフィスの街は全力でウメを守るでしょう。違いますか?」
辛辣な三白眼で睨めあげられ、伯爵は言葉を失う。
確かにその通りだ。ウメを奪われると知ったら、メンフィスどころが魔族達をも巻き込む争乱となろう。
的を射たサミュエルの言葉に、二の句を継げぬ伯爵。
それを余所に、サミュエルはうっとりと梅を見ていた。
「女神様からの賜り物です。ウメは心安らかにメンフィスで暮らしてくだされば宜しいのです」
有無を言わさぬ彼の迫力に気圧され、コクコクと頷く梅。
なんとも表現し難いドス黒い雰囲気がサミュエルから漂っていた。
そんなこんなで不穏な空気を胎内に孕みつつ、伯爵一行は一路王都を目指す。
もちろん、この先も、思わぬ何かが起きるのは、既に梅のデフォだった。
合掌。
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